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アリスへの手紙  作者: まめ童子
1章
2/21

1話

 手元を橙色に染めるランプの光が揺らめいている。

 

 とろりとした灯火の輪郭をなんとなく追いかけながら、筆先に染み込んだインクをすっかり出し尽くして軽くなったペンを置いて、男は小さく息をついた。

 

 手元に視線を落とすと、手紙というには分厚い帳面のようになってしまった紙束が目に入る。

 

 その瞬間、彼の頭の中をこれまでの出来事が鮮やかに駆け巡った。そして途端に沈鬱な面持ちになって、組んだ指先に額を伏せてしまった。

 

 「――アリス」

 

 溜息のように、長らく声を聞くことが叶わなくなった友の名が唇からこぼれ出る。

 

 勇者アリス――この世界の救世主たる彼女が千年の眠りについてから、今日で一年になる。


***

 

 事の起こりはおよそ百年ほど前に遡る。

 

 その厄災は突如として現れた。


 彼が手を一振りすれば、天は赤黒く引き裂かれ、雷がほとばしる。


 彼が足を一つ踏み鳴らせば、大地はひび割れ、濁流が何もかも飲み込む。


 生きとし生けるものの楽園を、一瞬にして地獄へと変えた存在。


 人々は畏怖と憎悪の念を込めて、それを「魔王」と呼んだ。


 魔王は自然と巻き起こる天災とは違い、言語による思考を行い、確固たる人格を持った個人であった。


 それゆえ気まぐれに、しかして恣意的に人々を虐げ、その命を弄んだ。


 言語を介して意志疎通ができるようでその実交渉の余地はなく、むしろ言語を解するからこそ彼の悪辣で非道な行いは、人々の肉体だけでなく心をも深く傷つけた。


 その蹂躙(じゅうりん)は止むことなく、人々は為すすべもなく命を奪われ、やがてその数を減らしていく。


 いよいよ耐えかねて、人々は魔王から身を隠すために散り散りになり、わずかな土地にわずかな人数で息を潜めるように暮らすことになった。


 この選択が最良であるかは誰にも解らなかったが、幸いにも魔王は細かな索敵(さくてき)は得意としていなかったので、――否、ただそれを億劫(おっくう)に感じて行わなかっただけに過ぎないかもしれない――運悪く狙いを定められない限りは、明日をも知れない、という状況は免れることとなった。


 だが結局のところ人類は文明社会から隔絶され、衰退への一途を辿らんとしていた。


 彼らにできるのはなるべく目立たないように息を殺してなんとかこの生活を維持していくことだけだった。

 

 この脅威が何か奇跡でも起こって取り除かれることを願いながら――。



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