9.お店の場所を探そう!
「ソフィア、今日は外に出かけるぞ」
「外ですか?」
グレン様が小さく頷く。
城内を案内してもらった翌日のことだった。
今日は王城の外を案内してくれるのだろうか。
「わかりました。すぐに準備します」
魔王と呼ばれた人が治める国、その首都である王都。
上空からほんの少し見ただけで、どんな場所なのかはわからない。
昨日は祖父の友人であるドンダさんと知り合えたこともあって、少しテンションが高い。
期待する私に、グレン様は言う。
「期待していろ。お前がこれから働く場所の下見も兼ねているからな」
「――! そういうことですか?」
「そうだ。店の場所だが、いくつか候補がある。今日はそこも見て回るぞ」
「はい!」
私は一番大きくハッキリと返事をした。
余計楽しみになってくる。
お店を出したいという私のお願いを、グレン様はちゃんと叶えようとしてくれていた。
これから私が働く場所、自分の鍛冶場、自分の城。
どんな場所だろう。
期待は膨らみ、ワクワクしながらグレン様と一緒に王城を出る。
「今日もお仕事はよかったんですか?」
「問題ない。必要なことは昨日の夜に終わらせてある。残りはレーゲンに任せた」
「ま、またレーゲンさんに。でも昨日の夜って」
グレン様、ひょっとしてあまり寝ていないんじゃ……?
私のために時間を無理やり作ってくれたのだろうか。
そう思うと申し訳ない気持ちになる。
「お前が気にすることじゃない。元々睡眠時間は短い。二時間も寝れば十分だ」
「二時間は、短すぎませんか?」
「昔から安心して眠れないんだ」
「そう、なんですか」
子供ながらに帝王となったグレン様のことだ。
私が想像する以上に過酷で、余裕のない生活を送ってきたのだろう。
少し、同情する。
王様に憧れる人は少なくないと思うけど、決して簡単な立場じゃない。
生まれながらに王として生きることを義務づけられた人たちは、一体どんな気持ちで玉座を見ていたのだろうか。
それから私は、グレン様の案内で王都を巡った。
繁華街、住宅街、貴族街といろいろなエリアに分かれている。
特に繁盛しているのは、いろいろなお店がならぶ繁華街だった。
お昼時という時間帯も相まって、人ごみで流れそうだ。
「すごい賑わいですね」
「王都での生活の中心がここだ。店を出すならこの辺りがベストだろう」
「……」
確かに繁盛しているし、人通りも多くてお客さんの目にも止まりやすい。
「空いている建物はあるんですか?」
「ない。だから作る」
「わ、わざわざここに?」
「そのつもりだ。お前がここを望むならな」
すでに様々な店舗が並び、お店を出す場所はもちろん、建物を建てるスペースも見当たらない。
このエリアに無理やり建物を作ったら、さぞ目立つだろう。
街の人たちも、何事だと注目するだろう。
繁盛は間違いない。
少なくとも、お店を始めて誰も来ない、なんて事態には絶対にならないと予想できる。
ただ……。
「そこまではして頂かなくても。他の場所はありませんか?」
「……なら次へ行こう」
「はい! お願いします」
私はグレン様に連れられ、繁華街の一番賑わっている場所から離れていく。
道中、ふと疑問に思ったことを口にする。
「あの、グレン様」
「なんだ?」
「どうして、誰も注目しないんでしょうか? グレン様がここにいるのに」
グレン様はこの国の帝王だ。
誰でも顔は知っているし、街を無造作に出歩けば注目の的になる。
と思っていたら、まったく意識されていない。
「当然だ。俺だとわからないように魔法で偽装している」
「そうだったんですね」
さすがは魔王と呼ばれる人だ。
自分の存在を誤認識させるくらい簡単にできてしまう。
それなら私も、変に注目されることなく歩ける。
「偽装なしで王都などで歩けないさ。さすがにな」
「そうですよね」
安心して私はグレン様の隣を歩く。
繁華街の中心から離れると、宿屋さんが多くあるエリアに入る。
ここは宿泊施設が多く、人通りは中心よりも少ない。
ざっと半分くらいだろうか。
それでも十分に多く、宿泊者がいるから人通りもある。
「ここは外からの客が多い。冒険者も多く使っているから、武器や防具の需要は高いぞ」
「だからそれっぽい人が多いんですね」
さっきからすれ違う人が、どこか屈強な男性や武器を持っている人が多かった。
彼らはここを中心に活動する冒険者たちだ。
冒険者は戦いを避けられない。
武器屋の存在は必須で、よく見るとチラホラそういうお店もある。
「空いている場所とかは……?」
「ない。見ての通り、だからここも」
「新しく建てるんですね」
「そういうことだ。どうだ?」
「……」
ここも十二分に活用の意味がある。
お店を出す場所としては申し分ない。
ただ、やっぱり違うと思った。
私は首を振る。
「他に候補はありますか?」
「……あるが、その前に一つ確認させてくれ」
「はい」
「ソフィア、お前が求める条件はなんだ? この二か所は、店を構えるのに十分な立地だった。建物のことは気にしなくてもいいんだぞ?」
グレン様が私に問いかける。
二度も好立地の場所を案内してもらって、否定的な反応を見せたからだ。
せっかくいい場所を紹介してくれているのに、私の我がままに振り回してしまった。
私は頭を下げる。
「申し訳ありません」
「謝罪はいらない。ここじゃないと思った理由があるだろう?」
「はい。その、とてもいい場所だと思います。人も多くて、お客さんには困らないです」
「だったならなぜ?」
「鍛冶場だから、です」
グレン様は首を傾げる。
私は続けて理由を説明する。
「鍛冶場では鉄を叩く音が響きます。鉄の匂いもありますし、熱気が外にも伝わりやすいです。私は鍛冶師なので気になりませんが、普通の人にはうるさくて迷惑になります」
「そういう理由か。なるほど、俺の配慮が足りなかったな」
「い、いえ! 素敵な場所を提案して頂けたのは嬉しかったです」
「ふっ、ならばその意見を踏まえた場所……そうだな、一か所思い当たる場所がある。行ってみるか?」
「はい! お願いします」
私の意図も伝わり、グレン様は再度候補地へと案内してくれた。
そこは繁華街からも離れ、住宅が多いエリアからも遠い。
王都の中でも外周に近く、街はずれという言葉がしっくりくるような場所だった。
周りには家がなく、ぽつんと一軒だけ、二階建ての家が建っている。
「ここはとある貴族が別荘に使っていた場所だ。今はもう使われていない」
「いいですね、ここ。街の中なのに植物も多いですし」
「その貴族が趣味で育てていた木々が残っている。こんな場所だ。客足は保証できないが」
「いえ、ここがいいと思います!」
周りに住宅もない。
迷惑が掛からない場所だ。
ここなら思う存分、鍛冶に打ち込める。
鉄を叩ける。
「素敵な場所をありがとうございます!」
「そうか。気に入ってくれたなら何よりだ」
こうして新しいお店の場所が決定した。