8.ソフィアを探せ
「そんで、モンドの奴は元気にやってんのか?」
「あ、えっと……祖父は亡くなりました。だいぶ前に、病気で」
「――! そうか。悪いこと聞いちまったな」
「いえ」
微妙な空気が流れる。
私の祖父は寡黙な人で、自分のことをあまり語らない。
交友関係もよくわからなかった。
鍛冶師になってからのことも、誰に教わったのかも。
ただ一つ、鍛冶に人生をかけていたことだけは、その手つきから、背中から感じ取れた。
「まっ、しゃーないな。剣と違って人間は打ち直しがきかねーし、病気じゃあいつの頑固さも敵わねーだろうよ」
「お爺ちゃん、昔から頑固だったんですね」
「おうよ。若い頃は師匠のところで毎日喧嘩してたぜ」
「毎日ですか」
なんとなく想像できるのが面白い。
きっと喧嘩の内容も、鍛冶についてのことばかりだったのだろう。
「死んじまったのは残念だが、あいつも本望だろうよ。こんだけ腕のいい鍛冶師を育てられたんならな」
「そう、でしょうか」
「おう。ワシは弟子もいないしな。羨ましい限りだぜ。で、ここに来たってことはあれか? ソフィアちゃんも宮廷で働くのか? 歓迎するぜ!」
「あーえっと……そういうわけじゃないんです」
「ん? 違うのか?」
私は誤魔化すように笑う。
祖父の友人がいる職場なら、リヒト王国の宮廷よりずっと居心地がよさそうだ。
ここで働くという選択肢も悪くないかもしれない。
けれど、私はやっぱり、自分のお店を持ちたいと思った。
「俺もそうあってくれると嬉しかったんだがな」
「陛下?」
「彼女は自分の店を持ちたいそうだ」
「――! そうなのか?」
「はい」
驚いた顔をするドンダさんに、私は小さく頷いて答えた。
数秒の沈黙を挟み、ドンダさんが笑う。
「かっははは! そういうところもモンドの奴そっくりだな!」
「え? お爺ちゃん?」
「おうよ。若い頃、ワシとあいつは一緒に宮廷に誘われたんだよ」
「そうだったんですか!」
お爺ちゃんも宮廷鍛冶師をしていた?
そんな話は一言も聞いていない。
驚く私に、ドンダさんは続けて語る。
「けどあいつ断ったんだよ。なんでだって聞いたら、俺は自分の店を作る。自分の手で、自分だけの城を作ってやるって言ってやがった」
「自分だけの城……」
鍛冶場を自分の城と表現するのは新しい。
でも、間違いじゃない。
鍛冶場は鍛冶師にとっての聖域で、誰にも侵されることのない絶対の領域。
天涯孤独でどこにも居場所がなかった私にとっても、宮廷の鍛冶場が唯一の安らげる場所だったように。
「そっからは別々だ。ワシは宮廷で鍛冶師を続け、あいつは旅に出た。連絡もよこさねーから、何やってるか知りもしねー……けど、充実してたんだろうぜ」
そう言いながら、ドンダさんは優しい表情で私を見つめる。
「孫まで作りやがってよ。ったく、どんな女だろうな。あの頑固者を惚れさせる奴は」
「私も知りたいです。お祖母ちゃんは、私が生まれるより前に亡くなっているので」
「そうか」
お爺ちゃんは自分のことを語らない。
私が質問すると、面倒くさそうに答えてくれる。
一度だけ、お祖母ちゃんのことを聞いた。
悲しそうな表情で、熱した鉄を見つめながら、お爺ちゃんは一言呟いた。
「俺が認めた女だ。そう言っていました」
「ふっ、格好つけやがってよ」
ドンダさんは呆れたように笑う。
「あいつの昔のこと、知りたくなったらいつでも聞いてくれ。ワシはあいつと違っておしゃべりなほうだからな」
「はい! ありがとうございます」
思わぬ出会いを果たして、私はグレン様と一緒に鍛冶場を後にする。
鍛冶場を出てすぐ、グレン様が私に尋ねる。
「よかったのか? まだ話したりないだろう?」
「はい」
本当はもう少し話していたかった。
「でも、お仕事の邪魔をしちゃ悪いですから」
「真面目な奴だな」
グレン様も呆れたように笑い、続けて言う。
「ドンダがあんな風に笑うところは中々珍しい。よほど嬉しかったのだろう」
「そうなんですか?」
「また、時間を見つけて話をしに行ってやってくれ。あいつは働きすぎだ。偶には息抜きをさせてやってほしい」
「はい。私も、たくさん話したいことがありますから」
仕事一筋、鍛冶のことになると凄まじい集中力を発揮する。
おしゃべりと言っていたけど、鍛冶をしている時は一言も声を発しない。
その背中を思い返す。
確かに、祖父の姿と重なって見える。
「俺が選んだ女、か」
「グレン様?」
グレン様はぼそりと、私の祖父のセリフを口にした。
彼は優しい横顔で呟く。
「もし叶うなら聞いてみたいものだな。何が決め手だったのか」
お爺ちゃんがお祖母ちゃんを妻に選んだ理由。
今まで気にしたことはなかったけど、私も知りたい気持ちが芽生えてくる。
会えなくなってしまった今だからこそ、知りたい。
お爺ちゃんが歩んだ道のりを。
その道の先で、私という命は生まれたのだから。
◇◇◇
ソフィアがいなくなったリヒト王国の王城は、今日も慌ただしかった。
理由は一つ。
聖剣が抜けなくなってしまったからだ。
「どうするのだ?」
「どうもこうもないだろう! 勇者が戦力にならなくなった今、こちらが圧倒的に不利だ」
「帝国軍の侵攻は未だ続いている。このままでは……いっそ、領土を返還するのはどうか?」
「馬鹿を言うな! 苦労して手に入れた領土をみすみす渡してどうする? 絶対に渡してはならん! なんとしても死守するのだ!」
大臣たちも頭を悩ませていた。
ヴァールハイト帝国との戦争、表向きは帝国からの侵略を守る防衛戦だが、実際は違う。
かつて奪った土地を奪い返されぬよう死守する戦いである。
すでに奪った土地の半分を奪い返されたリヒト王国は、これ以上失態を重ねるわけにはいかなかった。
しかし、肝心の勇者が戦える状態ではない。
戦況がギリギリ拮抗していたのは、勇者と聖剣の存在があったからこそ。
魔王と呼ばれるグレン・ヴァールハイト率いる帝国軍の総力は、リヒト王国の戦力を大きく上回っている。
勇者エレインがいても敗北が続いているのに、聖剣を失った勇者など勝負にならない。
「他の聖剣は用意できないのか?」
「馬鹿な! 聖剣はそうやすやすと作れるものではないぞ!」
「だが、あの聖剣は一人の鍛冶師が作った物だと聞く。聖剣とは作れるものではないのか?」
「その鍛冶師が異常だっただけにすぎん! 今回の件も、その鍛冶師の離脱が原因だという話じゃないか! どうなっているのだ!」
彼らは知らなかった。
ソフィアの離脱は、勇者エレインと王女エレナの策略が原因だったことを。
そう、あれは独断だった。
二人が結託し、気に入らないソフィアを追い出しただけだった。
大臣や国王は同意していない。
故に、当然の結論に至る。
「その鍛冶師を連れ戻すしかないだろう」
「早急に捜索隊を結成し、見つけ次第連行する。抵抗するようなら……止むを得ん。多少手荒になっても構わない」
「うむ。重要なのは技術だ。最悪、洗脳してでも連れ戻すのだ」
「誰に任せる?」
「――そういうことでしたら、勇者エレイン様にお願いするのはどうでしょうか?」
そう提案したのはエレナ王女だった。
国の方針を決める大事な会議、当然王族である彼女も参加している。
自分たちの我儘が原因で招いた事態。
内心では焦っているが、それを一切表に出さず、彼女は淡々と提案する。
「エレイン様は彼女と面識がございます。戻ってくるように説得することも可能かと」
「そうなのですか。では、勇者を筆頭に捜索部隊を」
「いえ、部隊を結成せずとも、エレイン様一人で十分でしょう。いつまた帝国が攻めてくるかもわからない状況ですので」
「エレナ王女がそうおっしゃるなら」
エレナ王女としても、この失態を隠したかった。
下手に部隊を結成され、自分たちが原因だとバレないように、エレイン単独での捜索に誘導する。
大臣たちとしても、戦争のための人員は減らしたくない。
聖剣を失い戦えない勇者は戦力外だ。
鍛冶師の捜索へ勇者を回すことに、反対する理由がなかった。
「では、決まりですね」
「はい。エレイン様には私からお伝えします」
「よろしくお願いします」
会議が終了し、大臣たちが去っていく。
そんな中、エレナ王女は唇を噛みしめていた。
「こんなはずじゃ……」
なかったのに。
勇者エレイン同様に、彼女も理解していない。
自分がどれほど大きな存在を追い出してしまったのか。
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