7.天才鍛冶師の実力は?
ヴァールハイト帝国の宮廷鍛冶師は、筋肉質で濃い髭を生やしている男性だった。
大きな体は筋肉の塊のようで、太い眉毛が吊り上がり、私を睨んでいる。
とても怖い。
すごく怖い。
同じ鍛冶師なのに、私とは大違いだ。
「てめぇ……何勝手に鍛冶場に入ってきてんだ?」
「あ、あの……私も鍛冶師で」
「は? 鍛冶師だぁ? そんな細腕で剣を打てるってか? なめてんじゃねーぞ」
「えっと……」
言葉と大きな体で詰め寄られる。
いつの間にか彼は私のほうに近づいていて、手が届く距離に立ち私を見下ろす。
身長も私よりは高い。
やっぱり怖い。
「そのくらいにしておけ」
怯える私を助けるように、陛下が間に割って入る。
鬼の形相だった鍛冶師の男性は、陛下を見て少し落ち着いた。
「ん? あれ、陛下じゃないですか。いつからそこに?」
「最初からだ。呼びかけたのは彼女じゃなくて俺だぞ」
「え、マジか。嬢ちゃんじゃなかったのか! いやすまん! 早とちりしちまったみてーだ」
「い……いえ……」
急に態度が軟化して、気の抜けた笑顔を見せる。
さっきまでとは別人みたいだ。
「まったく、集中しすぎて周りが見えなくなるのは悪い癖だぞ」
「いやーすんませんね。鉄の色と音に集中しねーと、最高のタイミングを逃しちまうんですよ。鍛冶師にしかわかんねーと思いますけどね」
「わからんな。ただ、彼女なら理解できるだろう」
「ん?」
再び男性鍛冶師の、ドンダさんの視線が私に向けられる。
威嚇された数秒前のことを思い返し、背筋がびしっと伸びる。
「彼女も鍛冶師だ」
「――! それ、本気で言ってます?」
「ああ。腕も一流、いや、お前よりも上だぞ?」
「ちょっ――」
こういう職人っぽいタイプの人にそういうこと言っちゃダメですよ!
私も祖父もそうだったけど、自分の仕事や腕にプライドを持っている人に、挑発するようなセリフは喧嘩になる。
鍛冶師は特に職人気質の人が多いんだ。
前世で見学に言っていた鍛冶場の店主もそうだった。
出会って一分も経っていないけど、この人も間違いなくそのタイプだ。
「そいつは……聞き捨てなりませんね。陛下」
ドンダさんが私を睨む。
予想通り、彼の鍛冶師としてのプライドを刺激してしまったらしい。
私は何も言っていないのに、対抗意識を向けられている。
「この嬢ちゃんがワシより上? そんな鉄も打てるかわからん細腕の、しかも女がですか?」
「――!」
女……。
「その通りだ。何なら試してみるか?」
「陛下にしちゃ、わかりやすい嘘つきますね」
「俺が嘘をついたことが一度でもあったか?」
「……」
二人の視線が白熱する。
私を置いて。
そんな中、二人とは別のことを一人で考えていた。
「いいですよ。ワシより上っていうなら見せてもらいましょうか!」
「ふっ、だそうだが、どうする?」
グレン様が私に尋ねる。
「勝手に話を進めてすまないが、お前が望まないなら無理にとは言わない」
「――わかりました」
「――! よかったのか?」
「はい」
即答した私に、グレン様は驚いた表情を見せた。
話を進めておきながら、私が嫌がると思っていたのだろう。
その予想は正しい。
私は争いごとが好きじゃない。
戦うための道具を作っている癖に、と思われるかもしれないけど、剣が簡単に命を奪える道具だからこそ、使い方を考える必要がある。
剣の重さは、そのまま命の重さなのだから。
剣は剣だ。
どう使うかは、持ち主次第で私が口を出すべきことじゃない。
それでも私は、争いが嫌いだ。
でも、女の癖にと言われるのは、もっと嫌いだった。
前世でも言われた。
女のくせに刃物が好き、鍛冶師になりたいなんて変な奴だと。
最初は気にならなかったけど、ずっと言われ続けていたら、嫌でも意識してしまう。
女だからなんだ?
なりたい物は自由だし、そこに性別は関係ないだろう。
恐怖より、やる気のほうが強くなる。
すると不思議と、ドンダさんと視線を合わせるのが怖くなくなった。
「女でも、最高の剣は打てます」
「――! へぇ、いい眼するじゃねーか。嬢ちゃん、名前は?」
「ソフィアです。鍛冶場、お借りしますね」
「おう。見せてみな! 陛下が大法螺吹きか、それとも……本物かどうか。そいつの続きを打ってくれ」
ドンダさんは指をさす。
さっきまで打ち続けていた鉄の塊を。
「そいつはまだ完全な状態じゃねぇ」
「わかっています」
熱した鉄を打つ作業。
ハンマーで打ち、鉄の中に含まれる不純物を叩きだす。
刃の元となる鉄を完成させる、いわゆる下ごしらえ。
見たところこの鉄の状態は……。
「四割……ですね」
「――!」
求める状態まで半分も至っていない。
まだ打ち始めて間もないのだろう。
ここから始めるなら……。
「七回くらいかな」
私はドンダさんが使っていたハンマーを握る。
自分が使っているものより少し大きく、重さもある。
使い慣れている物じゃないから、普段の実力が出せない?
それは二流の考え方だ。
一流の鍛冶師なら、どんな環境、道具であっても最高の仕事をする。
祖父が、前世で習った鍛冶師が教えてくれた。
道具も場所も関係ない。
ただ、最高の一振りを作るために。
カン!
私は鉄を打つ。
「――!」
「いい音だな。心に響く」
この瞬間、一回一回に全霊を込める。
悪くない。
やっぱり私は鍛冶師だ。
こうして鉄を打っている時が、その音が聞こえる時が、一番落ち着く。
「……もういい」
「ドンダ?」
「もう十分わかった。陛下……間違っていたのはワシのほうだ」
鍛冶師だけがわかる感覚。
打つたびに、鉄から響く音が少しだけ変わっていく。
鉄が変化している。
剣になるための状態に。
その変化は、音や色、経験による感覚でしかつかめない。
七回目を叩いた瞬間、鉄は刃の元へと完成する。
「ふぅ……」
パチパチパチ――
拍手の音が聞こえて振り返る。
私に拍手を送ってくれていたのは、グレン様ではなくて。
「ドンダさん」
「見事だ嬢ちゃん。完敗だぜ」
ドンダさんはもう、私に対して対抗意識を向けていなかった。
どうやら私のことを鍛冶師として認めてくれたらしい。
ホッと胸をなでおろす。
「今ので理解できたのか? 俺にはサッパリだが」
「それは陛下が鍛冶師じゃないからですよ。鍛冶師なら、今の一連の作業がどんだけ凄いかわかる。この嬢ちゃんは間違いなく天才だ」
「そこは知っている。聖剣を作れる鍛冶師など、世界広しといえど彼女だけだろうからな」
「なっ! 聖剣作れるのか!」
「は、はい……一応」
作った聖剣はリヒト王国に置いてきちゃったし、魔剣に改造したけど。
「かーっ! そりゃ勝てんわ。つーか嬢ちゃん何者だ? 聖剣作れる鍛冶師なんて、リヒト王国の鍛冶師くらいしか知らねーぞ」
「それが私でした」
「あ……え? おいおい、どういうことだよ。敵国の鍛冶師がなんでここにいるんだ?」
「それはその、陛下に誘われまして」
ドンダさんの視線がグレン様に向き、彼から軽く説明される。
しばらくは初めての方と話す時、このやり取りが必須になりそうだ。
「そういうことかよ。噂通りの天才だったわけか。女だったとは驚いたが」
「せ、性別は関係ありませんよ!」
「ん?」
「あ、すみません! つい……」
「ははっ! そいつは悪かったな! 確かに性別は関係ねーや!」
ドンダさんは豪快に笑う。
悪気があって口にしたことではないと、私だってわかっている。
剣を見れば、それを打った人がどんな人か何となくわかる。
ドンダさんは剣に対してとても誠実な人なのだろう。
少なくとも、どこかの勇者様のように、他人に意地悪を言うような人じゃない。
「にしてもすげぇ腕だな。師は誰だ?」
「祖父です」
「へぇ、名前は?」
「モンドです」
「――! モンドかよ! つーかお前、モンドの孫か!」
ドンダさんは盛大に驚いて問いかけてきた。
「え、はい。お爺ちゃんの知り合いですか?」
「知り合いも何も、ワシとあいつは同じ師匠に鍛冶を習った。兄弟弟子だ」
「そうだったんですか!」
え、ってことはドンダさんってお爺ちゃんと同じくらいの年齢?
六十超えてる?
全然そうは見えないけど……。
「そうか。モンドの奴、とんでもねー孫を生みやがって」
ドンダさんは懐かしそうに微笑みながら呟く。
世界は広い、けれど狭い。
そう感じる瞬間だった。