6.敵国の宮廷鍛冶師
タイトル変えました!
新しい朝がやってくる。
いつもよりほんの少しだけ起きるのが遅れた感覚が、目覚めてすぐにあった。
ベッドからむっくり起き上がり、時計を見る。
午前六時半。
「三十分寝坊……」
普段から六時前に必ず起きている。
仕事開始は七時から。
それまでに朝食だったり、着替えだったりを済ませないといけないから。
けれど今、その必要はない。
私はもう、リヒト王国の宮廷鍛冶師ではないのだから。
もう少しゆっくり眠っていてもよかったのに、目はパッチリ開いて、意識もしっかりしている。
「習慣って恐ろしい」
私はベッドから降りて背伸びをした。
光が漏れているカーテンを開けると、そこは見慣れぬ朝の景色が広がる。
「夢じゃないんだね」
私が今いる場所は、敵国だったヴァールハイト帝国の王城だ。
いわゆる魔王城で朝を迎えた私は、寝る前に準備しておいた着替えに袖を通す。
そのタイミングで、トントントンとドアをノックする音が聞こえた。
「ソフィア様、お目覚めでしょうか?」
「あ、はい。起きてます」
「入ってもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「失礼いたします」
扉を開けて部屋に入ってきたのは、この城で働くメイドさんだった。
彼女は丁寧にお辞儀をすると、私を見て驚く。
「ご自分でお着替えになられたのですか?」
「はい。ダメでしたか?」
「いえ、言ってくだされば、私のほうでお手伝いさせていただいたのですが……」
「え? 着替えに手伝いなんて……!」
そうか。
貴族の令嬢とかお城の御姫様は、着替えも使用人に手伝って貰っているんだっけ?
前世も一般市民。
今世も生まれは平民の私には縁のない話で、キョトンとしてしまった。
「大丈夫ですよ? 着替えくらい自分でやれますから」
「そうですか? ご遠慮なさらないでください。私たちは陛下より、ソフィア様の身の回りのお世話を任されております。どうぞご自由にお使いください」
彼女は頭を下げる。
私は王城に、来賓として一時的に住まわせてもらっている。
その扱いは見ての通りの好待遇。
貴族の令嬢のように扱われて、なんだかむず痒い。
「ほ、本当に大丈夫ですから」
「……かしこまりました。朝食の用意ができておりますが、いかがされますか?」
「いただきます」
「ご案内いたします」
「は、はい」
私はメイドさんに連れられ、王城内にある食堂へと向かう。
彼女の後ろを歩きながら、申し訳ない気分になる。
グレン様から指示され、お仕事を全うしているメイドさんたち。
慣れていないという曖昧な理由で、その仕事を拒否してしまうのは、よくなかったかもしれない。
明日は着替えをお願いしてみる?
い、いや、さすがに着替えぐらい自分でやれる。
今まで身の回りのことは全部一人でやってきた。
祖父が亡くなり、一人になった私は、そうするしか選択肢がなかった。
前世の知識も活かせたし、特に苦労もなかったし、メイドさんがほしいとか、そういう願望もなかったんだよね。
慣れないなぁ……。
「こちらになります」
「ありがとうございます」
「中へどうぞ。陛下がお待ちです」
「はい」
メイドさんが扉を開けてくれて、私は食堂へと入る。
長いテーブルが一つに、椅子が前後左右に合計五つ用意されていた。
一番奥の席に、すでに一人座っている。
視線が合い、彼は微笑む。
「おはよう、ソフィア」
「お、おはようございます! グレン様」
本日二度目の、夢じゃないんだと実感する瞬間がやってきた。
グレン・ヴァールハイト様。
ヴァールハイト帝国の王にして、魔王と呼ばれる人。
私はこの人に連れられて、敵国であるこの地に足を踏み入れた。
「いつまで立っているつもりだ? 座ったらいい」
「は、はい。すみません。えっと……」
どの席に座ればいいのだろうか?
グレン様から一番遠い席が妥当かな?
この世界でも、上座下座の概念があるのか。
悩んでいると、グレン様は指をさす。
「そこでいい」
「はい!」
指定されたのは、グレン様に一番近い席の片方だった。
座ってから改めて悩む。
この席でいいのか。
グレン様に近い席って、親族の方が座ったり、近しい人が座る場所じゃ……。
「気にするな。そこは誰も使っていない席だ」
私の不安を見透かすように、グレン様が教えてくれた。
「そ、そうなんですね」
ホッと胸をなでおろす。
そこへシェフの方が歩み寄り、グレン様に尋ねる。
「ご用意をしてもよろしいでしょうか?」
「ああ。二人分頼む」
「かしこまりました」
二人分……。
改めて部屋の中を確認して、私と陛下しかいないという当たり前のことに気づく。
他の方は朝食を一緒に取らないのだろうか。
ご家族とか、昨日挨拶をしてくれたレーゲンさんは?
キョロキョロしていると、ふいにグレン様と視線が合ってしまった。
「あ、あの」
「聞きたいことがあるなら聞いてくれて構わないぞ?」
「はい。えっと、他の方はいらっしゃらないのですか?」
「ここを使うのは王族だけだ。妹がいるが、今は外に出ていていない。だから俺たちだけだ」
グレン様は淡々と説明してくれた。
王族が食事する場所に、私みたいな部外者がいても大丈夫なのか、とか。
妹さんがいたことを初めてしったとか。
ご両親は……?
とかいろいろ一瞬で思ったけど、何を聞いても許されるのかわからなくて、数秒の沈黙を生む。
「聞きたいことは聞いていい。そう言ったはずだぞ」
「――!」
また見透かされたようにグレン様がそう言ってくれた。
私は許されて心が軽くなり、疑問を一つずつ口に出す。
「ご両親は?」
「二人とも十年ほど前に亡くなっているよ。知らなかったか?」
「す、すみません! 鍛冶のお仕事のことで頭がいっぱいで」
「ははっ、お前らしいな」
そう言って彼は笑う。
ヴァールハイト帝国は敵国、その情報は制限されている。
王族の家族構成なら、調べらればすぐわかっただろう。
私は興味がなかったし、十年前は鍛冶の修行で手いっぱいだったから。
ご両親は病死されたらしい。
当時は珍しい病で完治できず、治療法が確立されるまで身体がもたなかった。
と、グレン様が続けて教えてくれた。
「だから俺が王になった。妹はまだ幼かったからな」
「それは……」
グレン様も同じはずだ。
十年前なら、グレン様も子供だっただろう。
幼くして王座につくしかなかった。
どれほどの重圧、苦悩、不安があったのか、一般人の私には計り知れない。
両親を早くに失ったこと。
一瞬、自分と近い境遇なのかと勘違いしてしまったのが恥ずかしい。
私には祖父がいたし、なんだかんだ恵まれている。
「聞きたいことは終わりか?」
「あ、えっと、ここって王族の方が食事する場所なんですよね?」
「そうだ」
「わ、私なんかが一緒で大丈夫なんですか?」
私が質問すると、グレン様は呆れたように笑う。
「ふっ、何を今さら。お前はいずれ俺の妻になる。何の問題もない」
「な、なるほど……」
グレン様がそれでいいなら、私はこれ以上何も言えない。
その後、用意された朝食を一緒に食べる。
さすが王家の食事だ。
私が作る料理とは比べ物にならないほど美味しくて、複雑な味がする。
量も多くて、朝から満腹になってしまった。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「ありがとうございます。お口にあって何よりです」
私はシェフの男性にお礼を伝えた。
食べ終わった殿下が立ち上がり、私のほうへと歩み寄る。
「さて、これから王城を案内しようと思う。どうだ?」
「はい! お願いします」
◇◇◇
グレン様に案内され、城内を紹介してもらうことになった。
昨日は遅い時間だったから、あまり見て回らなかったし、王城はとても広い。
迷ってしまいそうだから、案内してもらえるのはありがたい。
ただ一つ気になったのは……。
「お忙しくはないのですか? お仕事とか」
「心配するな。事務作業はレーゲンに任せてある」
「え、いいんですか?」
「構わん。今はお前のほうが優先だ」
レーゲンさんの姿が朝から見えないと思っていたけど、まさか仕事を押し付けられているんじゃ……。
あまり深く考えないようにしよう。
カン!
聞き慣れた音が響く。
「今の音……」
「気づいたか? こっちには宮廷がある。鍛冶師もいるぞ」
ヴァールハイト帝国の宮廷。
ここで働く鍛冶師はどんな人だろう?
どんな剣を作るのだろう。
興味が表情に出て、それをグレン様に気づかれる。
「見に行くか?」
「いいんですか?」
「もちろん。お前に、うちの鍛冶師の指導でもしてもらおうか」
「そ、それは必要ないと思いますけど……」
宮廷で働く鍛冶師なら、かならず相応の腕を持っているはずだ。
私みたいな若輩者に教えられることなんてない。
とにかく興味が湧いた。
同じ鍛冶師なら、もしかして仲良くなれたりするのかな、とか思う。
グレン様に案内されて、宮廷の鍛冶場へやってくる。
少し離れていただけなのに、懐かしい空気と匂いを感じる。
「邪魔するぞ」
グレン様の声は、鉄を打つ音にかき消された。
男性は鉄を打ち続けている。
その後ろ姿は逞しく、肌も焼けている。
顔は見えないけど、私よりずっと年上の男性なのはわかった。
「相変わらずの集中力だな。ドンダ!」
「――! うるっせぇな! 仕事中に話しかけてんじゃねーよ!」
大声で呼びかけたグレン様に、鍛冶師の男性はブチ切れた。
ハンマーを片手に、鬼の形相で振り返り、私と目が合う。
こ、怖い……。
まったく仲良くなれそうになかった。
【作者からのお願い】
明日より一日一話投降となります。
基本昼にアップする予定ですが、前後するかもしれません。
次回をお楽しみに!