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5.魔王の補佐官さん

 私はグレン様に連れられお城の中を歩く。

 どこへ向かっているのだろう?

 廊下を通り過ぎる通行人たちが、グレン様に頭を下げる。

 当然、私に視線が向く。

 あの娘は誰なのだろう。

 心の中でそう思われているのがわかって、なんだか落ち着かない。


「あ、あの、グレン様、どちらに向かわれているのですか?」

「しばらくお前が過ごすことになる客室だ」

「私の?」

「ああ。お前の願い、店を用意するための時間、少し待っていてもらいたくてな」

「そこまでして頂かなくても……」

「そこまで? 未来の花嫁に衣食住を提供する。この程度のことはして当然だ」


 は、花嫁……。

 気が早いというか、そのワードは少し恥ずかしい。

 何の臆面もなく、本心から口にしている。

 たった一文に、グレン様の心の広さと強さが伺えた。


「それとも、当てがあったか?」

「いえ、特に」

「なら素直に甘えておけ」


 確かにありがたい話だった。

 毎回宿を探すのも大変だし、お金だって無限じゃない。

 ただ、いきなりお城に住むというのは、やっぱり少し緊張する。

 知らない国、知らない街、他人ばかりが暮らす場所。

 私一人がぽつりと浮いている感覚。

 周りの人たちは、私のことをどう思うだろうか。

 王女様のように、気に食わないと思われたら大変だ。

 果たして馴染むことができるだろうか。

 

「安心しろ。どこかの国と違って、意地悪な奴はここにはいない」

「――!」


 私の心を見透かすように、グレン様が呟いた。

 驚いた私に、グレン様は呆れたように笑って言う。


「顔に出ていたぞ」

「うっ……すみません」

「ははっ、素直なのはいいことだ。口に出せればもっといいがな」

「口に出して、いいんでしょうか」

「思っているだけでは何も変わらない。口に出し、行動することで道は切り開かれる。お前は我慢をし過ぎる。それはあまり褒められたことじゃないぞ?」

「……はい」


 我慢しなくていい、そう言ってくれている。

 グレン様なりの優しさか、そういう生き方を彼がしてきたからこその助言なのか。

 どっちでもいい。

 その言葉に、少しだけ心が軽くなる。

 もちろん、緊張がなくなったわけじゃないけど。


「どちらに行かれていたのですか? 陛下」

「――!」


 唐突に、廊下を歩いている私たちの背後から声が聞こえる。

 グレン様を呼ぶ声は、少し高めの男性の声だった。

 ビックリして私は振り返る。

 そこに立っていたのは、黄緑色の髪が特徴的な美男子で、呆れたようにため息をこぼしている。

 黒縁のメガネをかけているのも印象的だ。


「ん? ああ、レーゲンか。今戻った」

「今戻った、じゃありませんよ。いつも言っているじゃありませんか! 何も言わず外を出歩かないでください。いくら陛下でも、何かあったら大……へ?」


 レーゲンと呼ばれていた男性が、私のことに気づいた。

 目と目が合う。

 驚いて固まってしまった彼に、ちょこんと挨拶程度のお辞儀をしてみる。


「……」

「ちょうどいい。紹介しよう」


 グレン様が私のことを話そうとした。

 それより早く、レーゲンさんは瞬時に距離を詰めて、グレン様の眼前に移動する。


「陛下! どこから攫ってきたんですか!」

「え……?」


 レーゲンさんが慌てた表情でグレン様に詰め寄る。

 私は驚いて変な声が出てしまった。

 グレン様はキョトンとした表情を見せる。


「何を言っている?」

「惚けないでくださいよ! いくら陛下でも女性を攫ってくるのはやりすぎです! 犯罪ですよ!」

「だから何を、攫ってきてなどいない。同意の上でここにいる。そうだろ? ソフィア」

「え、あ、まぁ……はい?」


 実質攫われてきたようなものでは?

 同意したといえばそうだけど、私自身いきなりお城に連れてこられて驚いてはいたから、ちょっぴり微妙な反応になってしまった。

 その反応がよくなかったのだろう。

 レーゲンさんはさらにグレン様を問い詰める。


「疑問形じゃないですか! 正直に言ってください!」

「だから、俺が嘘をつくと思っているのか? レーゲン、お前なら知っているはずだ。俺は嘘を好まない。略奪も、蹂躙も、他の未来を奪うことを望まない」

「それは――! そうですね」


 まるで魔王と呼ばれる男のセリフとは思えない。

 つくづく、魔王と呼ばれていることに疑問を抱いてしまう。

 グレン様の言葉で動揺を納めたレーゲンさんは、メガネをくいっと持ち上げ、改めてグレン様に尋ねる。


「どういうことですか? どこへ行かれていたのです?」

「リヒト王国だ」

「敵国じゃないですか! またお一人で危険な場所に! 何かあったらどうするおつもりです?」

「そう騒ぐな。いつものことだろう?」

「いつものことだから騒いでいるんですよ! 無事に戻ってこられてホッとしています。それで、何をしに行かれたのですか?」

「勧誘だ。彼女のな」

「勧誘?」


 グレン様の話に誘導され、レーゲンさんの視線が改めて私に向けられる。

 私は反応に困り、とりあえずいい姿勢を心掛けた。

 背筋を伸ばして、まっすぐ立つ。


「君は……」

「は、初めまして! ソフィアといいます。えっと……」

「彼女はリヒト王国の宮廷で働いていた鍛冶師だ」

「宮廷鍛冶師……! まさかあの、聖剣を打ったという鍛冶師ですか!?」


 グレン様はニヤリと笑みを浮かべる。

 レーゲンさんは驚きながら私のことを見つめていた。

 どうやら私の存在は、敵国にも伝わっていたらしい。

 実際に戦っている勇者のエレイン様はわかるけど、ただの鍛冶師でしかない私に驚かれるとは思わなかった。


「ま、まさか……宮廷から連れ出したのですか?」

「違う。彼女はもう宮廷鍛冶師ではない。事情は……自分で説明したほうが早いだろう?」

「は、はい。いろいろありまして……」


 私は簡単に、レーゲンさんに事情を説明した。

 レーゲンさんは酷く驚いていた。


「なんと愚かな……以前から思っていましたが、リヒト王国の勇者は間抜けなのですか?」

「あ、あははは……」


 さすがにその通りです、とは言いにくい。

 私は困った笑い方をする。

 この反応が答えなのだが、エレイン様の評判はあまりよくないことがわかった。

 敵国なのだから当然かもしれないけど、予想していた反応とは異なる。


「それで、陛下が我が国へ勧誘した……と?」

「ああ。俺の婚約者としてな」

「そこですよ! 鍛冶師としてじゃなく婚約者ですか?」

「何か問題があるか?」


 それはあるでしょう。

 一国の王が選んだ相手は、敵国の鍛冶師で、しかも生まれはただの平民だ。

 まったく釣り合っていない。

 普通に考えれば、誰も認めるはずがない。


「いえ、問題はないのですが……」


 え、ないの?

 

 レーゲンさんの予想外の反応にちょっと驚く。

 何となく真面目そうな方だと思って見ていたから、猛反対されると思っていた。

 

「陛下がお決めになった相手なら、私は文句はありません。私は、です。他の方々は、言いたいこともあるでしょうね」

「無論わかっている。すぐにわからせてやろう。この世に、彼女以上に俺の妻として相応しい女性はいないとな」


 また恥ずかしいセリフを堂々と……。


「随分と信頼されているようですが、以前から交流があったのですか?」

「あるわけがないだろう。敵国の鍛冶師だぞ」

「ですよね。ならどうしてそこまで?」

「複雑な理由などない。俺がそう、感じたからだ」


 グレン様は堂々と口にした。

 本当に、明確な理由なんてないのだろう。

 直感か、霊感か。

 根拠のない確信が、彼を突き動かしている。

 そんな風に見える。

 レーゲンさんは呆れてため息をこぼし、笑みを見せる。


「陛下らしいですね」

「ふっ」


 レーゲンさんが私のほうを向く。


「ソフィアさん、ですね?」

「は、はい!」

「陛下の勝手に付き合っていただき感謝いたします。私はレーゲン、陛下の補佐をしておりますので、何か困ったことがあれば、いつでもお声掛けください」

「あ、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。聖剣の鍛冶師とこうしてお会いできるなんて、光栄です」


  ◇◇◇


「――できません」

「なんだと?」


 不穏な空気が漂う。

 ソフィアがいなくなった鍛冶場で、勇者エレインと中年男性が向かい合っている。

 その男性は宮廷で働く鍛冶師の一人だった。

 

「どういうことだ!」

「申し上げた通りです。私では、この聖剣を元に戻すことはできないのです」

「っ……」

「これを仕上げたのはソフィアさんです。彼女でなくては調整はおろか、刃を研ぐことすらできません」

「この役立たずが!」


 エレインは抜けなくなった聖剣を床に叩きつける。

 乱暴な扱いをされても、聖剣はピクリとも抜ける気配がなかった。

 今だ抜けない聖剣を元に戻すため、他の鍛冶師に依頼をしたエレインだったが、結果はこの通りである。


「悪いことは言いません。今からでも彼女を」

「うるさい! あんな女が必要だという気か!」

「……」


 その通りだと、鍛冶師の男は内心思っている。

 しかし口に出せば反論されるだろう。

 故に言葉を飲み込むしかなかった。


「ソフィア……僕を馬鹿にしてぇ……」


 未だ抜けない。

 故に気づいていない。

 自分の弱さを。


 彼が思い知ることになるのは、まだ少し先の話である。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 鍛冶師は良いのか……。 王族だけ駄目だったのかな。
[一言] 連載していただき、ありがとうございます!
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