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4.惚れさせてみせよう

ここから新エピソードです!

 一方その頃。

 希望に満ちたスタートを果たすソフィアに対して、絶望する男が一人。


「ど、どういうことなんだ!」


 勇者エレインは顔を真っ赤にしていた。

 怒っているから、ではなく、力を込めているから。


「ぬ、抜けない……」


 聖剣を引き抜こうとして、失敗する。

 どれだけ力を込めても、ピクリとも反応しない。

 

「はぁ……はぁ……どうなっている? なんで急に……」


 彼は知らない。

 ソフィアが残した試練、嫌がらせとは。


 聖剣を限定付きで魔剣に作り替えること。

 その効果は、剣を抜くに値する実力を持つ者しか、鞘から剣を抜くことができない。

 剣を引き抜き初めて、封印されし魔剣は聖剣へと戻る。

 要するに、勇者として未熟者では聖剣も抜けないんだよ、バーカという気持ちが込められていた。

 案の定、エレインは剣を抜けない。

 今までどれだけ、聖剣の性能に頼っていたのかがハッキリわかる。


「まさか、ソフィアの仕業か? 僕に嫌がらせをするなんて……許せない」


 怒り心頭。

 当然のことだが、ソフィアもただ嫌がらせをしたわけじゃない。

 もし彼が剣を抜くことができれば、聖剣はより強靭に、大きな力を発揮するよう進化を果たす。

 言い換えればこれは強化だ。

 エレインが勇者として成長していれば何の問題もなく、世界最高の聖剣となるはずだった。


「ソフィアアアアアアアアアアア!!」


 彼は気づいていない。

 自分の未熟さに。

 ソフィアという鍛冶師の存在が、どれほど自分を、王国を支えていたのかを。

 彼はさらに絶望することになるだろう。


 聖剣の鍛冶師が、魔王の元にいると知れば。


  ◇◇◇


 人生何が起こるかわからない。

 異世界に転生した時もすごく驚いたけど、あの時と似た驚きが私の身体を駆け抜ける。

 トンと優しく、私を抱きかかえた魔王様は着地する。

 彼が治める国に。

 国の象徴たる城の敷地内に。

 そう、ここがいわゆる魔王城ということだ。


「到着だ」

「……」

「どうかしたのか? 城なら飽きるほど見慣れているだろう?」

「いえ、お城は普通なんですね」


 魔王のお城だから、どれだけ禍々しい場所なのかと想像していたけど、私が少し前まで働いていたお城となんら変わらない。

 規模も、外観もよく似ている。

 違いがあるとすれば、色合いが少し暗めということくらいか。


「なんだ? 俺の城に不満か?」

「い、いえ! 滅相もありません!」

「ふっ、そう畏まるな。思ったことは素直に口に出せばいい。誰も咎めることはない」

「は、はぁ……」


 想像と違ったのは城だけじゃない。

 彼のこともだ。

 魔王なんて呼ばれているから、どんな恐ろしい人なのかと想像していたけど……。

 こうして話してみると、ちょっぴり気が強そうなだけで、普通に優しい王様って感じがする。

 

「では行くぞ。ついてこい」

「は、はい!」


 私は彼の後を歩く。

 大きな背中を眺めながら、空高く舞い上がり、世界を見下ろしながら告げられた言葉を思い返す。


 ――お前を俺の婚約者にしたい。


 あれは聞き間違いだったのだろうか。

 まさか、天下の魔王様が私みたいな一般人を婚約者にしたいとか、意味不明なことをいう訳がないし。

 それじゃまるで、私は鍛冶師じゃなくて白雪姫だ。

 小間使いから王子様と結婚。

 女の子なら誰でも一度は憧れたであろうあの童話のようには――


「皆に紹介しないとな。俺の婚約者だと」

「え……」


 二度見ならぬ二度聞きをしたい気分になる。

 聞き間違いじゃない?

 私は耳を疑うと、魔王様は立ち止まって振り返る。

 ちょっぴり不服そうだ。


「なんだその反応は」

「あ、えっと、冗談じゃ……」

「冗談で婚約者を選ぶ愚か者に見えるか?」

「そ、そんなことは!」

「ふっ、冗談ではない。俺は本気だ」

「……」


 その瞳から、態度から、言葉から伝わってくる。

 彼は本気なのだと。

 まっすぐと私のことを見つめている。

 馬鹿にしていたり、からかっているわけじゃない。

 本心から私を……。


「なんで……」

「言っただろう? お前のことが気に入った。才能に溢れ、地位や名誉に固執しない。自分が描いた夢を追い求めている。俺と同じだ」

「魔王様と?」

「グレンと呼べと言っただろう? ソフィア」

「――! はい、グレン様」


 私は初めて名前を呼んだ。

 すると、グレン様はちょっぴり照れくさそうに笑い、私に背を向けて歩き出す。

 私も置いていかれないように、彼の後を追う。


「縁談の話はいくつもあった」


 彼は歩きながら語り始める。

 自身の心情を。


「地位や権力は申し分ない相手ばかり。国王としては願うべくもない相手も多くいた。だが俺は、その全てを断った」

「……どうして?」

「周りの貴族たちにも同じことを聞かれたぞ。なぜ簡単に断ってしまうのですか、とな。理由は一つ、全員同じに見えてしまった」

「同じに? 顔が、とか?」

「まさか。この世に同じ顔の人間など、いたとしても一人か二人だろう」


 ドッペルゲンガーだっけ?

 この世に同じ顔の人間は三人いて、出会ったら不幸が訪れるとか。

 そんなことを思い出しながら、今は関係ないだろうと忘れる。


「顔の造形はもちろん、身長も、体系も、声も、言葉遣いも、何もかも違う。別人だ」


 それでも同じに見えてしまったと、グレン様は呆れながら続ける。


「視線だ」

「視線……?」

「そう。彼女たちが見ているものは俺じゃない。俺の持つ肩書、地位、権利……見据えているのさ。俺との未来ではなく、自分の輝かしい将来を」


 そう語りながら、グレン様は少し寂しそうな顔をする。

 誰も自分を見ていない。

 身に着けている服や貴金属、年収や職業に目が行き、興味が湧くように。

 誰一人として、彼自身を、人間としてのグレン様を見ていなかった。

 彼が言いたいことは、そういうことだ。

 それは……。


「悲しい、ですね」

「そう思ってくれるか?」

「な、生意気だったでしょうか?」

「いいや、嬉しく思うさ」


 グレン様は無邪気な笑みを見せる。

 その笑顔は魔王という肩書には似合わない、子供のような安心感に染まる。


「やはりお前を選んで正解だったな。お前なら、俺だけを見てくれる。そんな気がする」

「……私は……」

「いい。わかっている」

「……」


 グレン様が、魔王と呼ばれた偉大な人が、私のことを認めてくれている。

 求めてくれている。

 それは素直に嬉しい。

 嬉しいのだけど、それ以上の感情は湧かない。

 たとえば一目ぼれをして、ここから恋に落ちるとか。

 私にはわからない。

 思えば前世でも、他人に恋をすることは一度もなくて、そのトキメキを知らぬまま、私は短い生涯を終えた。

 この世界に転生してからも、考えているのは剣のことばかり。

 最近は仕事のことかな。

 考える暇も、思いつくこともなかった。

 私が誰かと、将来そういう関係になることを。


「お前が俺のことをどう思っているかなど想像がつく。だからこそ価値がある」

「――!」


 唐突にグレン様は振り返り、私の手を引く。

 軽い私はそのまま引っ張られて、グレン様の胸の中に納まった。

 私は見上げる。

 グレン様が見下ろす。


「近い将来、必ずお前を惚れさせてみせよう」

「ほ、惚れ!?」


 顔が近い。

 あと少し、ほんの少し近づけば、お互いの唇が重なるような距離。

 胸の鼓動が早くなるのを感じた。


「婚約はあくまで予約だ。こいつは俺の獲物だから、誰も邪魔をするなという意味のな」

「え、獲物って……」

「例えだ。婚約と結婚は明確に違う。お前が自らの意思で、俺と共にありたいと思うようになった時、俺たちは夫婦になる」


 こんな感覚は生まれて初めてだった。

 初めて刃物に憧れた時と少し似ている。

 ワクワクするような、ぞわぞわするような。

 何かに、期待するように――


「覚悟しておけといったのは、そういう意味だ」

「……はい」

 

 どうやら私は、とんでもない人に魅入られてしまったらしい。


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[気になる点] 魔法ばっかりで剣が下手だったりするとすごい冷めた目で見られるぞ。(喜びそう)
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