3.魔王様にバレました
宮廷鍛冶師をクビになった私は、王都を離れることにした。
もっとも栄えていて王国の中心と言える街。
平民にとっても憧れの街だけど、私はあまり好きじゃない。
何より王都には王城があり、宮廷がある。
せっかく辞められたのに、王城なんて毎日見える場所にいたら、嫌でもきつい日々を思い出してしまう。
気持ちをリセットするためにも、新天地へ向かうことを決めた。
特に、私が最後に残した置き土産を知ったら、あの勇者様は激怒するだろう。
見つかったら大変なことになるかもしれない。
他国へ避難することも考えよう。
特に行く当てもない。
なんとなく王都から北へ進み、ラクストという大きな街にやってきた。
王都ほどじゃないけど栄えた街だ。
特にギルドと呼ばれる冒険者の組織がいくつも拠点を構えているとか。
街中にはギルドが経営するお店も多く並んでいた。
飲食店に洋服屋さん、アイテムショップなんかもある。
チラッと見た限り、武器屋さんもあるみたいだ。
「そろそろ仕事見つけないと」
王都を出てすでに一週間が経過した。
当てもなく彷徨って、何もすることなく一日を終える。
休暇としては十分すぎるだろう。
のんびりな時間も悪くないけど、私はどうやら落ち着きがないらしい。
忙しくしていた頃の癖か、何かしていないと落ち着かない。
いや、それ以前にお金の問題もある。
「さすがに減ってきたよね……」
宮廷で働いてた頃の給料はほとんど貯金していた。
使う暇なんてないほど忙しかったから。
おかげで相当な金額は持っている。
ただ、お金は有限だ。
徐々に減っていくことを実感し、お金は使えばなくなるという当たり前の事実を痛感する。
まだまだ余裕はあるけど、焦りは感じられてきた。
「新しい仕事場、仕事……」
探さないといけない。
街に武器屋はあったし、鍛冶師として雇ってもらう?
現実的だけど、ちょっと不安だ。
また宮廷みたいな環境だったら、地獄のような日々に逆戻り。
さすがに勘弁してほしい。
仕事量は適切、残業代も支払われて、パワハラを受けない環境がいい。
もしくはいっそ……。
「そこの君、少しいいかな?」
「はい?」
見知らぬ男の人の声に振り向く。
後ろに立っていたのは、高身長で黒髪の男性だった。
「鍛冶師のソフィアだね?」
「はい……そうですけど」
こんな人知らない。
私の名前を知っているということは、宮廷の同僚?
もしくは騎士の誰かだろうか。
「面白いことを考えたね?」
「え?」
「聖剣を魔剣に変えてしまうなんて、普通の鍛冶師ができる芸当じゃないよ」
「――!?」
私は驚愕する。
どうしてそのことを知っているの?
私が勇者様に残した試練、というより嫌がらせ。
聖剣を特殊な効果を持つ魔剣に作り替えたことを。
まさか、もうバレた?
「王国の人ですか?」
私は身構える。
こんなにも早くバレるなんて想定外だ。
まだ一週間しか経過していないのに。
今すぐ逃げ出そう。
そう思った私は異変に気付く。
「空が……」
灰色。
青くない。
世界の景色も、どこか色あせている。
昭和初期のテレビみたいな。
って、私平成生まれなんですけどね。
「逃げられると困るからね。結界で覆わせてもらった。ここでの会話は誰にも聞こえない。誰にも認識されない」
「……」
私を追うためにここまでする?
逃げ場を失った私は、冷や汗を流す。
「あなたは……誰ですか?」
「自己紹介がまだだったな。俺の名はグレン・バスカビル」
「――!?」
私はその名を知っている。
いいや、この国の、この世界の人々なら一度は聞いたことがある。
「魔王……?」
「そう呼ばれているらしいな」
この世界に悪魔はいない。
大昔は存在したらしいけど、現代には本物の悪魔も、魔王も存在しない。
聖剣を持つ者を勇者と呼ぶように、優れた魔法使いを魔王と呼ぶ。
彼はその名に恥じぬ実力と、地位を持っている。
リヒト王国と並ぶ世界二大国家の一つ。
ヴァールハイト帝国、第二十七代国王――グレン・ヴァールハイト。
たった一人で数千の兵士を迎え撃ち、大自然を更地に変える大魔法の使い手。
天上天下唯我独尊。
自身の感情にのみ従い、他を顧みない性格はまさに魔王。
そんな恐ろしい人物が、私の前にいる。
私の人生、詰んだ。
「……」
「そう怯えるな。俺はお前に感心している」
「え?」
感心?
「さっきも言っただろう? 聖剣を魔剣に変える。対極に位置する存在に作り替えるなど、普通の鍛冶師にできることじゃない。少なくとも俺は知らないな、そんな芸当ができる人間」
「それは……なんで知っているんですか?」
「偶然だ。敵情視察、俺は千里眼を持っているからな」
「な、なるほど……」
さすが魔王様、なんでもありだ。
こっちの作戦もお見通しなら、勇者に勝ち目なんて最初からなかっただろう。
よくボロボロでも無事に帰って来られたと感心する。
「千里眼では会話までは聞こえない。なぜお前がここにいるのか。経緯を聞かせてくれないか?」
「聞いてどうするんですか?」
「内容次第だ」
「……」
まぁいいか。
どうせ見つかった時点でゲームオーバーなんだ。
私は半ばあきらめて、事情を話した。
「滑稽だな」
「……わかってますよ」
「お前じゃないぞ? 間抜けな勇者の話だ」
「え……」
てっきり私のことを笑われているのかと思った。
魔王様は呆れて続ける。
「これほどの逸材を手放すとはな。これまで辛うじて実力が拮抗していたのは、すべて優れた聖剣と鍛冶師の技術によるものだというのに。それに気づかないとは情けない」
「……」
この人、私が言いたいことを全部口にしてくれた。
なんだか気持ちがスカッとする。
「本当ですよね……」
「ソフィア、俺の国に来ないか?」
「え……魔王様の国に?」
「グレンでいい。魔王と呼ばれるのは好きじゃないんだ。まるで悪役だからな」
確かにこの人は魔王じゃなくて人間だ。
ただ、領地をかけて戦争を仕掛けたり、勇者と戦っているからピッタリだと思うけど……。
「勘違いしているようだから正しておくが、俺はただ奪われたものを取り返しているだけだ。お前も知っているだろう? この国の歴史を」
「少しは……」
リヒト王国とヴァールハイト帝国。
二大大国と呼ばれるようになったのは実は最近で、国王が彼になってからだった。
それまでリヒト王国が世界最大の国家と呼ばれ、ヴァールハイト帝国は数度の戦争に負け、領土の七割以上を奪われた。
侵略戦争と呼ばれているが、実際は元々ヴァールハイト帝国の土地だった場所を、グレン陛下が回収している。
「それに、最初に攻めてきたのはリヒト王国だ」
「そうなんですか?」
「そうだぞ。今の国王は随分と欲深い。残る土地まで奪おうとして戦争を仕掛けてきた。返り討ちにしたがな」
知らなかった。
私たち国民には真実がわからないように隠蔽されていたのだろう。
それを知ると、確かに侵略戦争ではない。
むしろ侵略者はリヒト王国だ。
「俺は国を立て直している途中だ。優秀な人材がほしい。つまりお前だ」
「私に……ヴァールハイト帝国で働けということですか?」
「そういうことだ。お前はすでに、我が国に対して素晴らしい恩恵をもたらしている。故にその褒美を先にやろう」
「素晴らしい成果……あ」
勇者に与えた試練のことか。
確かに、知らずのうちに私はヴァールハイト帝国に貢献している。
「望むものがあるなら叶えよう。金か? 名誉か? それとも……なんでもいい」
「なんでも……」
ヴァールハイトの国王様がそう言ってくれている。
行く当てもないし、この国に愛着もない。
私の望みは何?
お金?
名誉?
それとも……。
「自分の店が開きたいです」
「店?」
「はい。鍛冶屋を! それが私の夢でした!」
自分の鍛冶場、自分のお店をいつか持ちたい。
なんて子供の頃の夢を思い出す。
いいや、何度も思った。
こんな劣悪な環境捨てて、自分で一から店を出せないかなとか。
勇気がなくて踏み出せなかったけど、私はもう宮廷鍛冶師じゃない。
自由になったからこそ、選ぶ権利がある。
「ふっ、くく……なんでもと言っているのに、願うのはそれか?」
「はい! お金とか名誉とか、どうでもいいです。私はただ、好きなことを頑張りたい!」
「――いいな。お前」
「へ、ええ!?」
パチンと音がした。
途端、私は空中にいた。
落下する私を、魔王様は優しく抱きかかえる。
「ようこそ俺の国へ!」
下はすでに、私が知らない街が広がっていた。
お城もある。
ここがヴァールハイト帝国?
魔王と呼ばれた人が暮らす世界?
「お前の望みを叶えよう。その代わり、俺からも一つ要求させてくれ」
「な、なんですか?」
「お前を俺の婚約者にしたい」
「――え?」
思わぬ要求にキョトンとする。
婚約者?
そう言ったの?
天下の魔王様が?
「私を?」
「お前以外にいない。ずっと探していたんだ。俺に相応しい相手! お前のように、優れた才能を持ち、金や地位に固執せず、胸の奥に揺るがぬ信念、願いがある人間を! ようやく見つけた」
「そ、そんなすごい人じゃないですよ。私なんてただの鍛冶師で」
「異論は認めん! お前を俺の婚約者に、いずれは妻にする! 決定事項だ」
魔王様は悪戯な笑顔を見せる。
「覚悟しておけよ? 俺の婚約者になるんだ。人生に後悔なんて一つも残させないぞ」
「……それって、覚悟じゃなくて期待することじゃ」
「ははっ、そうかもな。なら期待しておけ」
突然のことで頭が混乱している。
理解には時間がかかりそうだ。
でも、一つだけ予感する。
私の人生は、ここから新しく始まるのだと。
この先何が起こるかわからないけど、きっと……今までよりはずっと楽しい。