2.クビですか?
一週間後――
「どうしてくれるんだ!」
「……」
エレイン様は折れた聖剣を私に見せつけ、ひどく怒っている。
また負けてしまったらしい。
今度は魔王と直接戦って、無残に聖剣を折られて逃げかえってきたようだ。
「君がテキトーな管理をしているから折れるんだぞ!」
「……申し訳ありません」
反論したところで無意味だと理解している私は、気持ちのこもっていない謝罪をする。
仕事がたくさん残っているんだ。
邪魔してほしくないし、すぐに出て行ってほしい。
負ける度に私に文句を言いに来て、修行とかする気はないのかな?
「修繕するので聖剣をお貸しください」
「――その必要はない」
まだ文句が言い足りないのか。
そう思った私は、もう一度謝るつもりで頭を下げようとした。
すると、エレイン様はニヤリと笑みを浮かべて……。
「ソフィア、今すぐ宮廷を出て行ってもらおうか」
「……え?」
私に追放を宣言した。
理解が追いつかない。
訳の分からないことを言う人だけど、今回は特に意味不明だった。
私は困惑しながら、エレイン様に尋ねる。
「えっと……ここを出たら仕事ができないのですが……」
「その必要がないと言っているんだ。まだ意味が理解できていないのかな?」
「それは……」
「宮廷鍛冶師ソフィア! 本日をもって、宮廷付きの任を解く! つまり、君はクビになったんだ」
偉そうにエレイン様は私に宣言した。
クビ?
私が……クビになった?
「ど、どういうことですか?」
「当然だろう? 僕が敗北する原因を作ったんだ。その責任をとってもらわないとね」
「責任って……」
自分が負けた責任を私に押し付けて、あげく宮廷から追い出そうとしているの?
何を考えているんだこの人は。
そんなことをして、この先誰が聖剣の調整をするの?
山ほどある仕事だって残っているんだよ?
「さぁ、早く出て行ってもらおうか?」
「お、お言葉ですがエレイン様、それはできません」
「なんだと?」
「私は宮廷に所属する鍛冶師です。その任命権はエレイン様ではなく、陛下や王族の方々にあります。いくら勇者とはいえ、エレイン様のご意志で解雇など――」
できない。
そう言い切ろうとした時、エレイン様はニヤリと笑みを浮かべた。
得意げに、嬉しそうに。
その表情を見て、私は言葉を詰まらせる。
「君はやはり愚かだね。これが僕一人の決定だと本気で思っているのかい?」
「な、何を……」
「そんなわけないじゃないか! これは僕の決定じゃない! 僕たちが二人で決めたことだよ!」
「二人……」
まさか……。
私の頭には、とある人物の顔が過る。
答え合わせはすぐ終わる。
カランカランと鍛冶場の扉がベルを鳴らし、ゆっくりと開く。
そこに立っていたのは、私が思い浮かべた人物。
リヒト王国第一王女――
「エレナ王女殿下……」
「こんにちは、宮廷鍛冶師ソフィアさん。いえ……もう元、宮廷鍛冶師でしたね」
彼女は笑う。
第一王女エレナ・リヒト。
彼女は、勇者であるエレイン様の婚約者だった。
王族である彼女の意志があれば、宮廷付きの一人や二人を解雇することは容易だろう。
頭の中で全ての点が繋がる。
これはエレイン様の一時的な発散ではなくて、正式な決定であると。
私は……。
「クビ……」
「ようやく理解したようだね」
「ふふっ」
エレナ王女はエレイン様の隣に行き、エレイン様は彼女の肩に腕を回す。
愛し合う二人は目の前でベタベタとイチャつく。
これまで何度も見せられた光景だが、今日は特にきつい。
見ていられない。
「すまないねエレナ、こんな汚い場所に呼びつけて」
「まったくですわ。煤まみれで汚い……私やエレイン様には似合わない場所です」
「そうだね。こんな場所が似合うとしたら……ふっ、ある意味では相応しい場所だったようだ」
「ええ、平民にはピッタリですね」
二人は私を見ながらあざ笑う。
仕事に疲れ、全身煤まみれで、汗をぬぐった頬が黒く汚れている。
壁に立てかけられた鏡には、綺麗な姿の二人と、汚れた私が映っていた。
わかりやすい対比だ。
幸せそうな二人と、不幸せな私……。
ずっと耐えてきた。
覚えのない失敗を押し付けられ、注意されて、お給料を下げられたこともある。
必死に頑張って、歯を食いしばって仕事を続けた結果がこれ……?
「は、はは……」
笑ってしまう。
悲しさは感じるけど、それ以上に呆れて涙もでない。
こんなものかと。
宮廷鍛冶師として相応しい振る舞いをするため、苦手な敬語や礼儀作法も勉強して身に着けた。
毎日煤まみれになりながら、病気になっても休まず働き続けた。
それなのに……報われない。
子供みたいな言い訳しかできない勇者と、平民の私が気に入らないという理由で嫌がらせをする王女様。
こんな人たちが、この国のトップにいる。
信じられない。
呆れを通り越して、ふつふつと怒りがこみ上げる。
でも、それ以上に……。
「……もういいかな」
不思議と諦めがつく。
少しだけ、心が軽くなった気がした。
ようやく解放されるのだと。
このままじゃ大好きだった剣が、鍛冶まで嫌いになってしまう。
宮廷が恵まれた環境なんて嘘っぱちだ。
追放してくれるなら、それはそれで構わない。
むしろありがたい。
中々自分から言い出せなかったし。
「ありがとうございました」
「え?」
「ソフィアさん?」
私の反応にキョトンとする二人。
もっと落ち込んだり、取り乱すことでも期待したのだろうか。
生憎そこまで思い入れはない。
それに、これは二度目の人生だ。
「いつ出て行けばよろしいですか?」
「そ、そうだね。今ある仕事はとりあえず全部終わらせてもらおうかな?」
「わかりました」
この仕事が終わったら解放される。
最後なんだし、きっちり終わらせて気持ちよく去ろう。
もちろん、今までだって手を抜いたことはないけど。
聖剣に触れるのも最後かもしれない。
念入りに、大事に。
「もしかして、今から挽回できると思っているのかな?」
「え?」
「その反応、図星だね」
「いえ……」
何の話?
「無駄だよ。君の追放は決定事項なんだ。今からどれだけ頑張っても無意味! せいぜい最後まできちんと働くことだね」
「ソフィアさん、あなたの代わりはすぐに用意します。ご安心ください」
「……」
前言撤回。
さすがに腹が立つし、今までの鬱憤もある。
どうせ最後なんだ。
これまでのイライラを全部ぶつけよう。
暴力はしない。
私は鍛冶師だから、鍛冶師として……未熟な勇者様に試練を与えようと思う。
「今までお世話になりました。新しい鍛冶師さんは、優秀な人だといいですね」
嫌味いっぱいに言い放つ。
私一人でも手に負えなかった仕事量だ。
宮廷鍛冶師の人員は少なく、私を含めて三人しかいない。
他二人も手いっぱいだろうし、新しく雇わないと回らない。
もっとも、見合う条件の人材がいて、この劣悪な環境に耐えられたら……だけど。
残る二人もそのうち辞めるんじゃないかな?
「それでは……最後の仕事がありますので」
「ああ、きっちり頼むよ」
「わかっています」
残った仕事を終わらせるのに半日、朝までかかってしまった。
未熟者への試練に力を入れてしまったのが原因だ。
ほとんど眠れていないから眠い。
うとうとしながらも荷造りをして、お世話になった鍛冶場にお辞儀をする。
「今までありがとうございました」
願わくば、次にここを使う人がいい人でありますように。
そうして私は外へ出る。
「はぁースッキリした」
外に出る。
見合えた青空は雲一つなく、とても澄んでいた。