19.最悪の再会
鍛冶場も完成し、店構えも後は微調整だけになった。
お店のほうはグレン様が手配してくれた業者に任せ、私は鍛冶仕事に専念する。
当たり前だけど、お店を始めるなら商品を用意しなければならない。
私のお店なのだから、他人が作った剣は一つも置けない。
素材はある、道具もある、あとは作るだけだ。
「頑張らないと!」
私はパンと気合を入れるように頬を叩く。
グレン様や騎士の方々のおかげで、最高の仕事環境は手に入れた。
不安はない。
不満もない。
全身全霊で恩返しができるように、私は鍛冶師として剣を打とう。
素材を選定し、作る物を決めて作業に取り掛かる。
始めてしまえば普段通りだ。
慣れた手つきで鍛冶仕事を開始する。
集中している時の私は、周りの音が聞こえなくなる。
必要な情報以外は全てキャンセルされて、一本の剣に全霊を注ぐ姿勢となる。
こうなったら自分でも、集中を途切らせることは難しい。
作業開始から八時間後――
「ふぅ……あれ、もう夜だ」
外を見ると、すでに夕日すら沈んでしまっていた。
空には月と星々が輝いている。
時間を忘れて仕事に集中してしまって、お昼ご飯を食べるのも忘れてしまっていた。
今になってお腹が空腹を思い出し、ぐーと音がなる。
「お腹空いた……ご飯にしよう」
今日のお仕事はこれで終わり。
片づけをして、今度は屋敷のキッチンへと足を運ぶ。
鍛冶場が完成したことをきっかけに、私はこの家で暮らすことになった。
グレン様は寂しそうに、もう少し王城にいてもいいのにと言ってくれたけど、仕事を始めるなら鍛冶場に近い住居のほうが便利だ。
その分、王城と距離が離れたことで、グレン様と会う回数は減ってしまっている。
今日もお忙しいのか、顔を見ていない。
「……」
あれ?
もしかして今、私は寂しいと思ったのだろうか?
誰かに会えないことが……。
こんなの初めてだ。
「明日は来てくれるかな……」
そんなことを考えながら一日を終えた。
◇◇◇
翌日。
今日も朝から仕事を開始する。
開店予定日は二週間後に決めていた。
簡単だけどチラシも作って、街の掲示板にも張り付けてある。
声をかけた冒険者のお客さんだけじゃなく、他の方も興味を持ってくれるように。
何事も最初が肝心だから、開店日までには間に合せたい。
理想とするお店の造形に。
「今日中に剣は仕上げて、あ、防具も作らないと。それから……」
やりたいことはたくさんある。
武器や防具だけじゃなくて、一般の方が利用する包丁なんかもデザインしたいと思っていた。
剣は戦うための道具だけど、刃物すべてがそうであるわけじゃない。
使う場面は多岐に渡る。
日常の中で使われる刃物も、私が作りたいものの一つだ。
昔、とあるきっかけで『親切』という言葉の意味を調べた。
親切の意味と、漢字の構成があっていないのが気になったからだ。
親しく優しいことを示すのに、親を切る?
どうやら切るという漢字は刃物を表しているらしい。
刃物に直接触れるほど身近である、というのが親切に込められた意味だそうだ。
刃物は文字通りよく切れる刃、危険なもの。
しかし私たちの生活に、刃物は必要不可欠なものとなっていた。
親切という漢字は、刃物と人間の関係性を示していると、私は勝手に解釈している。
私はもっと、刃物を身近なものにしたい。
怖いだけじゃない。
危険なだけじゃない。
刃物は便利で、剣士でなくとも相棒になれると。
「――なんて、夢を想うだけなら許されるよね」
たとえ何年、何十年かけても不可能だとしても。
私はこの夢を抱き、追い続ける。
そのための第一歩が、この鍛冶場から始まる。
手は抜けない。
今日も、明日も、明後日も全力で、剣に全てを捧げよう。
そうして私は、毎日のように鍛冶場で働いた。
苦ではなかった。
自分のやりたいことを、自分の意志でやれるのだから、楽しかった。
前世も含めてそれなりの人生で、一番かもしれない。
夢に向かって進む実感が、私から疲労を忘れさせていた。
だから私は――
「……あ……」
自分が凄く疲れていることにも、気づいていなかった。
気づかぬまま鉄を叩き、その衝撃に身体が負けて倒れそうになる。
目の前には高温に熱せられたかまどがある。
突っ込んだら大惨事、最悪死んでしまう。
倒れ――
「っと! 危なっかしいな」
「……グレン様?」
「危機一髪か。俺がいなかったら今頃大やけどだろ?」
「……! す、すみません!」
グレン様に支えられていることに気づいた私は、慌てて姿勢を治そうとする。
けれどグレン様は私を離さない。
ぎゅっと両肩を掴み、力強く持ち上げて、そのままお姫様を担ぐように抱きかかえた。
「え、え?」
「王の命令だ。このままじっとしていろ」
「は、はい」
少し怒っている様子のグレン様に威圧されて、言われるがままじっとする。
グレン様は私を抱きかかえて、私の部屋まで移動した。
「あ、あの……」
「今日はもう休め。働きすぎだ」
「……す、すみません」
「真面目なのも考え物だな。まぁ、知っていて声をかけなかった俺にも非はある」
「え? もしかして……これまでずっと見ていらしたんですか?」
「ああ。毎日顔は出していたぞ」
気づかなかった。
グレン様は忙しくても、私の様子を見に来てくれていたのか。
「それなら声をかけてくだされば」
「集中していたからな。邪魔するのは野暮だと思ったが……今思えば声をかけるべきだった。お前は集中が度を過ぎる」
「う……はい」
ごもっともすぎて何も言えない。
しゅんとした私を、グレン様はベッドに優しく降ろす。
「誰も見ていないと思うな。俺はちゃんと見ている。そのことを忘れるな」
「グレン様……はい」
改めて実感する。
私一人の力で、この場所を手に入れたわけじゃないことを。
グレン様が私を見つけて、導いてくれたことが全てのきっかけだ。
だから、心配させたくない。
安心して、期待してほしい。
明日から気をつけよう。
そう思ったのも、実は初めてだったかもしれない。
そして――
◇◇◇
時間はあっという間に過ぎて。
店には剣や武器、防具、そして包丁も数本並んでいる。
外見だけじゃなく、中身もちゃんとお店になった。
「よし!」
開店日はグレン様も知っている。
彼は一番に来てくれると約束してくれた。
最高の笑顔とあいさつで迎えよう。
渡したい物もあるんだ。
今日まで私のことを見守り、支えてくれたお礼を――
カラン。
扉のベルが鳴る。
私は期待した。
でも……。
「……え?」
「やぁ、久しぶりだね? ソフィア」
「……エレイン……様?」
その期待は、無残に砕かれた。
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次回更新は10/14です。
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