18.最初のお客さん
某日。
勇者エレインと王女エレナは一室で語り合う。
愛ではなく、一人の女性について。
「ソフィアの居場所がわかった?」
「はい。騎士を使って調べさせましたが、どうやらヴァールハイト王国にいるようです」
「ヴァールハイト? 敵国じゃないか」
「はい」
「まさか敵国に逃げているなんて……国民としての自覚がないようだね。やっぱり追放して正解だったんじゃないか?」
「私もそう思います」
勇者エレインは敵国に逃げ込んだソフィアに苛立ちを覚えていた。
しかし自業自得である。
その影響で、自分が不利を被ることも、すべて彼女が悪いと思い込んでいる。
「ヴァールハイトのどこにいるかはわかったのかい?」
「おそらく帝都のどこかに。密偵からの目撃情報もありますので、確かでしょうね」
「そうか。なら行こう。僕自らが迎えに行くんだ。彼女も泣いて喜ぶに違いないさ」
「その通りでございます」
思い込みの激しい二人。
互いの妄想、理想が重なって、余計に自信過剰となっていく。
もはや彼らの思い違いは、行きつくところまで行かねば解消されない。
「ですがお気を付けください。あの地には魔王が……エレイン様の宿敵がいます」
「わかっているさ。戦いは避けよう。聖剣が修理できていない今、戦えば僕といえど無事では済まないからね。だから先に、ソフィアを連れ戻す」
エレインはニヤリと笑みを浮かべ、妄想を語る。
「愛人にでもすると言えばすぐ戻るさ。そうして聖剣を修理させれば、魔王だって怖くない。そろそろ本気で倒してしまおうかな」
「なんて凛々しいお方なのでしょう。ソフィアさんも罪な人ですね」
「まったくだよ。彼女には深く反省して、今後は僕に尽くしてもらわないとね。少しくらいなら……可愛がってあげてもいいかな」
「私のこともお忘れにならないでくださいね」
「忘れるわけないだろう? いつでも君が一番だよ、エレナ」
膨らんだ妄想と、共依存の愛。
強固に見えてガラス細工のようにもろく、叩けば一瞬で砕け散る。
これより勇者エレインは、単独でヴァールハイト王国へと潜入する。
鍛冶師ソフィアを見つけ出し、連れもどすために。
彼は未だに思いもしない。
きっと彼女は、一人孤独で、食べるものもなく飢えていると思っている。
彼女の隣に、魔王と呼ばれる男がいるなど、夢にも思わない。
現実が妄想を打ち砕くまで、残りわずかである。
◇◇◇
私専用の鍛冶場が、本日完成した。
連絡を受けてすぐに向かうと、私よりも先にグレン様が待ってくれていた。
「おはようございます! グレン様」
「おはよう。今日はいつもより元気がいいな」
「そうですか? そうかもしれません」
ワクワクしている自分に気づいている。
自分だけの鍛冶場。
今までのように、どこかの設備を借りているだけの場所じゃない。
正真正銘、私のために作ってもらった鍛冶場が完成した。
こんなのテンションが上がるに決まっている。
いち早く確認したくて走ってきたから、少し呼吸が乱れていた。
「急がなくても鍛冶場は逃げないぞ? 深呼吸をして落ち着け」
「はい。すみません」
大きく深呼吸を三回。
落ち着いてから、グレン様が一歩下がり、案内するように半身になり手をかざす。
「中へ入れ。もうここは、お前の場所だ」
「――!」
一歩中に入って、風が吹き抜けるような衝撃を覚える。
鍛冶場に必要なものが全て揃うと、風景はどうしても似通ってしまう。
それでいい。
それがいい。
見慣れた景色、でも違う。
新しい自分の居場所に、心が引き込まれる。
「どうだ? 気に入ったか?」
「はい! すごくいいです! イメージにもピッタリ合っていると思います!」
「そうか。それはよかった」
グレン様も微笑んで、私と一緒に喜んでくれた。
鍛冶場にはすぐ仕事が始められるように、採取した素材や必要な道具も揃っている。
本当に今すぐ触れたくてうずうずしていた。
「気持ちはわかるが、まだ見るところがあるぞ」
「あ、はい。そうですね」
今は少し我慢しよう。
ほんの十数分、作ってもらったのは鍛冶場だけじゃない。
ここは私の鍛冶場で、新しいお店でもある。
生活スペースの玄関とは別に、お店専用の扉や空間を作ってもらった。
道側に面したそれは、周囲の風景にも配慮した色合いと雰囲気で、異世界の鍛冶屋さんという私の中のイメージに沿っている。
私はお客さんが入るであろう入り口から中へと入った。
「想像より広いですね」
「中にはまだ何もないがな。いずれここに、お前の作った作品が並ぶ」
そう思うと、心が躍る。
剣を飾るための棚や、透明なガラスのショーケースもある。
今は何もない。
目を閉じて、連想する。
自分が作り出した剣たちが、ここに並ぶ光景を。
より一層、剣が打ちたくて仕方がなくなってしまった。
「どうだ? 店の感じは」
「すごくいいです! お店の内装もいい雰囲気で、好きです」
「そうか。ここに客が並ぶ日も近いぞ」
「はい! グレン様」
私は改めて、彼のほうを向く。
怖い怖い魔王様、そんなことは思い過ごしで、本当はとても優しい王様に。
「ありがとうございます! 本当に……素敵な場所です!」
精一杯の感謝を伝えた。
すると、彼は笑う。
気の抜けたような、安堵した笑顔を見せた。
「開店まであと少しだな。店を開いたら、客として来てやろう」
「グレン様がですか!」
「ああ。ソフィアの鍛冶場……お客第一号は俺がもらう。その座は誰にも奪わせない」
「そ、そこまで気張らなくても……」
名誉でもなんでもないのに。
でも、グレン様がそう言ってくれることが誇らしくて、私は心に決めた。
「その時には、グレン様に恩返しができるように準備しておきます」
「――! 期待していよう」
開店まで残り数日。
やりたいことがまた一つ増えた瞬間だった。