17.次はお店で会いましょう
前世も含めて四十年にも満たない人生。
長いようで短いようで、でもどちらも女性として生まれ育った。
一度もなかった。
ナンパとか、それこそ空想の出来事だと思っていた。
ちょっぴり感動する。
ただ……。
どう見てもまともな人たちじゃない。
冒険者だからじゃなくて、視線がわかりやすく向けられている。
ある意味、こんな鍛冶ばかりしている私にも、女性としての魅力があるという証明にはなったけど、正直複雑な気分だ。
とりあえず丁重にお断りしよう。
「すみませ――」
「おいお前たち、俺の女を口説くとはいい度胸をしているな」
と思ったけど、私より先に声を出した人がいた。
今さら気づく。
グレン様が一緒にいて、この状況で、彼が黙って見ているわけがないだろうと。
「あん? なんだてめぇ、こいつの男か?」
「そうだが?」
違いますよ!
国王陛下のお相手なんて恐れ多い。
というよりこの人すごい度胸だなぁ。
相手は魔王と呼ばれている凄い人なのに……あ、偽装の魔法があるから気づいていないんだ?
喧嘩腰には喧嘩腰に。
そうやって相対したのが、世界最強の魔法使いであることに。
だから大男は平然とグレン様を睨む。
「優男が、調子に乗ってやがるな。嬢ちゃん、こんなヒョロガリはやめて俺たちと遊ぼうぜ」
「お前こそ、図体がデカいただの的だ」
「なんだと……てめぇ、喧嘩売ってんのか?」
「この俺と喧嘩が成立するほどの相手か? お前が」
大男の挑発を何倍にも膨らませて返すグレン様。
体格ではグレン様が劣るけど、その太々しさや態度は引けを取らない。
当然だろう。
きっと驚くはずだ。
偽装の魔法が消えた時、この人はどんな反応をするのだろうか。
だがもちろん、大男は気づかない。
気づかぬまま、挑発に苛立って拳を力いっぱい握り、振り上げる。
「この――!?」
振り上げた拳がピタッと止まる。
彼が止めたわけではなかった。
振り下ろそうとしても、動かないのだ。
陛下が魔法で止めている。
「ここは店の中だ。暴れると迷惑だぞ?」
「っ……こいつ……」
「他の二人もだ」
加勢しようと動いた二人を、先手で止めた。
どんな魔法を使ったのか見えなかったけど、さすがグレン様だと思う他ない。
「お前たちには戦うほどの価値はない。だから親切だと思え。まず彼女はここでは客だが、ただの女性ではない。鍛冶師だ」
「鍛冶師……?」
男たちはグレン様に止められながら、私のほうに視線を向けて驚く。
私はどうも、という風に頭を軽く下げた。
「いずれ店を出す。お前たちも冒険者なら、彼女は敵に回さないほうがいいぞ」
「……ぷっ、女が鍛冶師? 本気で言ってんのか?」
「――!」
大男が私を見て笑った。
嘲笑った。
それに私がピクリと反応する。
「おいおい、マジか? 女が鍛冶師なんて聞いたことねーよ。誰が行くか、女鍛冶師の店なんて! そんな細腕で作った剣なんて簡単に折れちまうよ」
「お前たちは……」
グレン様は呆れていた。
人を見た目で判断する彼らの浅はかさに。
でも、それ以上に私は……。
「なら、試してみますか?」
「あ?」
「ソフィア?」
腹が立った。
気づけば勝手に、口が動いていた。
「優れた鍛冶師であるかどうかに、性別は関係ありませんよ?」
「……ふっ」
グレン様が笑った。
その通りだと、視線が言ってくれているような気がする。
私は続けて、小さなカバンからナイフを取り出す。
「例えばこのナイフ、私が打ったものです」
「なんだそりゃ? 果物の皮でも剥くのかよ」
「そういう用途にも使えます。でもこれ、あなたが担いでいる大剣よりも斬れますよ?」
「は? んなわけねーだろ? こいつは俺の相棒だぜ? こいつで数多の魔物を斬り裂いてきたんだ。そんなちっぽけなナイフに負け――」
「だから、試しましょう」
鍛冶師としてのプライドが、私を突き動かしている。
普段ならほとんど気にしない挑発に、大男もイラついた様子だった。
「いいぜ、じゃあ試してやるよ。外でな」
「はい」
「……の前に、これ解除しやがれ」
「おっとすまない。自力で抜け出す力もなかったか」
「この……」
追加でグレン様にも煽られ顔を真っ赤にした大男と一緒に、私たちは険悪なムードのまま店の外に出た。
私と大男は向き合う。
「ルールは簡単です。私がこうやってナイフを持っています」
切っ先は上へ、刃を正面に向けて胸の前で突き出す。
ここから動かさない。
ただ、構えておくだけでいい。
「ここに向かって斬りかかってください」
「おいおい正気か? そっちが折れたら嬢ちゃんに届くぜ? 死ぬかもしんねーぞ」
「大丈夫です。折れるのはそっちですから」
「――そうかよ。じゃあ死んでも文句言うんじゃねーぞ!」
「はい」
「逆に折られても文句を言うなよ」
グレン様も煽って、余計に大男は苛立つ。
グレン様が止めないのは、結果が見えているからだろうか。
信頼してくれているのは嬉しい。
私も、微塵も心配していない。
一目見ればわかる。
剣の切れ味、強度、将来性。
そして……使い手の技量も、すべて。
「いくぞおらぁ!」
大きな掛け声と共に大剣を抜き去り、大男は思いっきり振り下ろした。
死ぬぞと忠告してくれた優しさは、立て続けの挑発で消えてなくなったようだ。
本気で振り下ろした。
そして、カキンと音が鳴り響き、刃が刺さる。
「……う、嘘だろ……」
「だから言ったじゃないですか。折れるのはそっちだって」
地面に突き刺さったのは大剣。
彼の大剣は私のナイフと衝突し、真っ二つに折れた。
大男は驚愕している。
こんな結果になると一切予想できなかったのだろう。
私や陛下は、最初からわかっていた。
「なんで……」
「その剣、ちゃんと手入れしてませんでしたよね?」
「――!」
「どれだけ優れた剣でも、永久に使えるわけじゃありません。使えば刃こぼれするし、錆びていくものです。だからこそ、日々の手入れが大事なんです」
「……」
大男は唖然としていた。
折れた剣を見ながら。
驚愕の中に、悲しさを感じた私は、少し申し訳なく思う。
相棒と言っていたし、大事にしていたのは事実だろう。
手入れの仕方は間違っていたかもしれないけど。
「お詫びにこれ、あげます」
「え……」
私はナイフを手渡した。
せめてもの慰めに。
「今度お店をオープンするので、よかったら来てください。その大剣、私が打ち直します」
「……い、いいのかよ」
「はい。折ってしまったお詫びです」
「……あ、ありがとよ。その……馬鹿にして悪かった」
ああ、なんだ。
ちゃんと謝れる人なんだ。
だったら大丈夫。
あの意地悪な勇者とは全然違う。
「いえ、気になさらないでください」
「店がオープンしたら必ず行く。このナイフは、その時に返させてもらうぜ」
「はい」
こうして私はお店を開店させる前に、お客さんを獲得した。
予想外ではあるけど、悪くない成果だ。
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