16.敵情視察をしましょう
ありったけの鉱物、砂鉄、その他の素材が集まった。
グレン様や騎士たちの協力のおかげだ。
私一人じゃこれだけの量を集めることは不可能だっただろう。
心から感謝している。
「本当にありがとうございました!」
「気にするな。これも、俺とこの国の未来のためだ」
「我々も剣を打っていただいたお礼ができて何よりです」
国の未来なんて大げさな。
お礼と言ってくれるけど、元々その剣だって掃除を手伝ってくれたお礼に私が打ち直したものだ。
彼らにそこまでしてもらう理由はない。
命令されているとはいえ、嫌味一つ言わず、積極的に協力してくれる姿勢は本当にありがたかった。
グレン様が私に尋ねる。
「他に必要なものはないか?」
「今のところは大丈夫だと思います。あとは――」
私は視線を工事中の鍛冶場に向ける。
現在進行形で私の新しい仕事場が作られていた。
作業開始から数日、徐々に形が見え始めているのがわかる。
期待で胸が膨らむ。
いよいよ、開店の日の景色が想像できるところまできた。
「鍛冶場が完成するのは早くても一週間後だ。それまで他に何がいるのか。必要なものがあれば遠慮なく俺に言え」
「我々も必要であればお手伝いします!」
「ありがとうございます」
物資は揃った。
鍛冶場が完成するまで、売り物の剣や防具を作ることはできない。
それまでにやっておくべきことも、大方終わっている。
一週間もあるなら、もう少し素材を集める?
さすがに、グレン様や騎士の方々を何日も拘束するのは申し訳ない。
それは別で、今度こそ一人で行こう。
あ、そうだ!
大事なことを忘れていた。
「グレン様、この国で有名な鍛冶屋さんか、武器屋さんがどこかわかりますか?」
「街には何件かあるはずだが、普段利用しないしそこまで詳しくはないな。何か買うのか?」
「いえ、見ておきたいんです」
「それは必要か? 鍛冶のレベルはお前のほうが確実に上だぞ?」
「わ、私なんてまだまだ未熟ですから」
ことあるごとに褒めてくれるのは嬉しいけど、やっぱり恥ずかしいな。
いつか慣れる日がくるのかな?
それも何だか少し寂しいけど。
私は軽く首を振って続ける。
「見たいのは品ぞろえです。どんな商品が置かれているのか。お客さんからの注文の種類も、可能なら聞きたいですし、お客さんの層も知っておきたいです」
品揃え、価格、お客さんからの要望。
これからお店を出すにあたって、どれも必要不可欠な情報だ。
店を出すなら当然、利益を出さなければやっていけない。
グレン様から騎士団用の武器防具を作る話はすでに頂いているけど、そればかりに頼っているのは申し訳ないと思った。
どうせやるなら、グレン様に頼らず店を続けられるようになりたい。
そのためには、お客さんを獲得する必要があった。
「私はこの国に来たばかりなので、ここで暮らす人々の生活もわかっていません。だから少しでも知っておきたいんです」
「なるほどな。確かに必要なことだ。それで、いつ行く?」
「え? そうですね。時間もまだあるので今から……」
話しながら察する。
この人、まさかついてくるつもりじゃないよね?
仮にも国王陛下が、私と一緒に街の武器屋さん巡りをするつもり?
「あの、グレン様……場所さえ教えていただければ私一人で――」
「もちろん俺も同行するぞ」
「……だ、大丈夫なんですか? お仕事もあると思うのですが……」
「心配無用だ。今日は一日、お前のために使うと決めて出てきたからな。城にはレーゲンもいる」
「……」
本当に、今度会った時は謝っておこう。
レーゲンさん、ごめんなさい。
私は心の中で謝罪した。
文字通り、心から。
◇◇◇
私はお客さんの傾向を知るため、街にある武器屋さんを尋ねることにした。
なぜかグレン様も一緒に。
国王陛下と二人だけで街を歩いている。
想像しただけでも恐れ多いのに、こうして現実に隣に立っている。
周りからはどんな風に見られるのか緊張していたけど……。
「誰も話しかけてこないのは、グレン様の魔法ですか?」
「そうだ。認識阻害を付与している」
そういえば、以前に店舗の場所を選ぶため街を回ったことがあった。
あの時も偽装を施し、周囲の人たちにグレン様だと気づかれないようにしていたのを今さら思い出す。
グレン様は魔王と呼ばれる人だ。
私が心配するようなことは、大体が杞憂に終わるのだろうと再確認する。
しばらく人通りの多い繁華街を進み、宿泊施設が多いエリアに入る。
この辺りは冒険者が多く、武器屋の需要も高いと以前に説明してもらっていた。
グレン様が指をさす。
「あの店が一番大きそうだぞ」
「そうみたいですね。入ってみてもいいですか?」
「お前の好きにすればいい」
「ありがとうございます」
私は見つけた中で一番大きな武器屋さんに足を運んだ。
中に入ると、ずらっと剣が並んでいる。
思ったよりも広々していて、商品の数も多かった。
鉄の匂いがする。
あまり共感されないけど、私はこの匂いが好きだ。
たくさんの剣に囲まれているこの場所も、自室のベッドと同じくらい落ち着く。
深呼吸したくなるほど空気が美味しい。
「意外と広い。の割に客は少ないようだが」
「お客さんが少ない時間なのかもしれませんね」
「かもしれんな。今の時間は……大抵の冒険者も依頼で外に出ているか」
ちょうどいいタイミングだったかもしれない。
混雑時じゃないなら、ゆっくり商品を眺めることができる。
レイアウトも参考にさせてもらおう。
「たくさんありますね」
「そうだな。だが、この中に一つとして、お前が打った一振りに勝るものはないだろう」
「そ、そんなことは……」
「ないか? お前が一番わかっているはずだ」
「……」
確かに、数は多いけど、剣の質は思ったよりも高くない。
私が打ち直した騎士の剣。
あれのほうがずっと質が高い。
自惚れではなく、鍛冶師としてやってきたプライドがそう言わせている。
口に出しはしないけど、ちょっぴり落胆していた。
「おいおい嬢ちゃん、こんなところで何やってんだ?」
「へ?」
急に見知らぬ男性に声をかけられた。
大柄で背中に大剣を背負った男性と、その左右にも細めの男性が二人いる。
見た目からして冒険者だろうか。
なんで急に話しかけてきたのだろう?
知り合いでもないのに。
「ここは武器屋だぜ? 嬢ちゃんみたいな女子供が来る場所じゃねーぞ」
「えっと……」
「暇なら俺たちと飯でも行かないか?」
「……!」
ま、まさかこれ……ナンパ?
わ、私をナンパしてる?
人生初のナンパに、ちょっぴりテンションが上がった。