15.海岸で砂集め?
ロックエレメンタルの影響で、鉱山にはめぼしい鉱物がたくさん生成されていた。
武器だけではなく、防具も作るなら鉄以外も必要になる。
何度も足を運ぶのは面倒だし、その度にグレン様や騎士の方たちに御足労頂くのも忍びない。
というわけで、今回で可能な限り持ち帰るつもりでいる。
採取した鉱物は、騎士の皆さんが背負っているリュックへと収納される。
「大丈夫ですか? 重くないですか?」
「全然平気です」
「ソフィアさん! こっちにも鉄がありますがどうしますか?」
「あ、じゃあお願いします!」
「了解しました」
運ぶ作業だけではなく、採掘作業も騎士の方がやってくれる。
ピッケルだって普通に重たいと思うけど、さすが日ごろから鍛えている方たちだ。
重さなんて気にならない、という雰囲気で汗を流している。
厚意は嬉しいけど、やっぱり申し訳ないな。
「あの、私もやりますから、疲れたら交代しましょう」
「大丈夫です! これくらいは我々にお任せください!」
「そうですよ。力仕事は我々がやります」
「わ、わかりました」
なんだか妙に張り切っているというか。
いつになく積極的に手伝おうとしてくれている気がする……。
「戦いでも見せつけられたからな」
「グレン様」
なぜだろうと首を傾げていると、隣にグレン様が立つ。
彼はニヤっと笑みを浮かべる。
「騎士が剣の腕でも鍛冶師に負けていたのでは格好がつかないだろ? 今から少しでも鍛えよう。そんなところか?」
ギクっと、三人の騎士たちが反応したように見えた。
どうやら当たっているらしい。
グレン様は笑いながら言う。
「はははっ! 向上心があることはいいことだ! お前たちはこれから伸びるぞ」
「あ、ありがとうございます陛下。ですが、やはり凹みますね……」
「気にするな。彼女が普通じゃないだけだ」
「え……」
グレン様は私を見ながら普通じゃないと言った。
どこが普通じゃないのだろう。
女で鍛冶師なんて、とは思われていないだろうけど。
「鍛冶師なら剣術にも秀でているべき。その考え方は正しいが、実行できる人間は少ない。俺はお前以外に知らないぞ? ここまで剣に愛される人間はな」
「そ、そうですか?」
剣に愛される……か。
悪い気分じゃない。
私も剣のことが大好きだから、相思相愛というやつか。
ふいに笑みがこぼれる。
「お前は剣に対して何よりも誠実で、一途なのだろう。少し妬けるな」
「え……妬けるって」
「いずれお前には、剣と同じくらい……いや、それ以上に、俺に夢中になってもらおう」
そう言いながら殿下は顔を近づける。
見つめ合い、もう一歩前に進めば体の一部が触れ合う距離まで。
さすがの私もドキッとする。
魔王と称されるほどの人物に口説かれているなんて……。
「お、お手柔らかにお願いします」
「それは無理だな」
「え、えぇ……」
「お前は放っておくと、剣ばかりに集中する。俺を見てもらうには、多少強引でも振り向かせないといけない」
まだ出会った短いのに、殿下は私のことを理解し始めていた。
彼は人差し指をたて、私のおでこにちょんと触れる。
「今はとにかく、お前の頭に俺の存在を刻み続けよう」
「……」
この人は本気で、私に意識させようとしている。
鍛冶師しか取り柄のない私を。
それ以外を見てこなかったような女を。
少しだけ、緊張とは異なる鼓動を感じ取った。
グレン様は顔を遠ざける。
「さて、そろそろバッグが満タンか?」
「はい。少しだけ重さを感じるようになりました」
「らしいが、どうする? 一旦戻ってから出直すか? まだ時間はあるぞ」
「あ、じゃあ場所を変えませんか?」
グレン様は首を傾げる。
「ん? 構わないが、どこだ? 鉱山の中でも一番素材が豊富なのはここだぞ?」
「はい。鉱物は十分に集まりました。ほしいのは砂鉄です」
「砂鉄? 鉄ではダメなのか?」
「はい。玉鋼を作る材料にしたいので」
玉鋼。
私の前世の世界で、日本刀の作成に必要不可欠な素材。
その原料は主に砂鉄と木炭だ。
製造法が限られ、とても貴重な素材として有名な玉鋼だけど、この世界ではあまりなじみがない。
なぜならこの世界に、刀はないから。
鍛冶師はいる。
けれど、日本刀が打てる鍛冶師はいなかった。
私一人を除いて。
「玉鋼……聞いたことがないな」
「刀づくりには必要なんです。どこか砂鉄がたくさん採取できる場所があれば……海岸で採取できるはずです」
確か砂鉄は、海岸によく蓄積して層を作っていると聞いたことがある。
海のない街で生まれたから、一度も取りに行くことはできなかったけど、もし近場に海があれば、独りで採取しに行っていただろう。
「海岸か。なら北部に向かおう」
グレン様が指を鳴らす。
一瞬で魔法陣が展開され、私たちは移動させられた。
洞窟の中から外へ。
しかも一面に海が広がり、砂浜が何キロも続く場所に、ぽつんと立たされた。
いきなり景色が一変すると、脳がバグったようにフリーズする。
「着いたぞ?」
「あ、はい」
脳の処理がようやく追いついてあたりを見渡す。
想定よりもはるかに広い。
しゃがみ込み、地面の状態を確認したけど、ここは砂ばかりのようだ。
私が過去に調べた知識によると、人が歩けるような砂浜より、ゴツゴツした海岸に砂鉄は溜まっていた。
砂鉄は砂よりも重いから、海水で砂が流されるのに対し、砂鉄は残って蓄積する。
そうやって層を作る、ということらしい。
私たちは砂浜を歩いて、砂鉄がありそうな場所を探した。
「ソフィア様! あそこの付近は色が濃いようですよ」
「あ、本当ですね!」
ようやく見つけた。
崖っぽくなっている海岸に、黒砂鉄の層を見つける。
これを採取するのだけど、スコップで掘るのは効率が悪いし、砂が混ざると後で取り出すのが大変だ。
「磁石でもあれば……」
「そういうことなら簡単だ」
グレン様が右手を上にかざした。
魔法陣が展開される。
直後、周囲が揺れ始めた。
「え、ええ!」
「磁力があればいいのだろう?」
砂鉄が……集まっていく。
グレン様がかざした右手に、砂の中に埋もれていた砂鉄だけが、磁力で引き寄せられて球状に集結していた。
それはまるで、砂嵐……否、砂鉄嵐だ。
「これだけあれば十分か?」
「は、はい。助かりました」
この人と一緒にいると、ビックリすることが多すぎて大変そうだ。
でもおかげで、素材は大方揃った。
いよいよイメージできる。
自分の店で並ぶ剣たちと、一緒に働く私の姿が。