14.剣は得意です
グレン様の魔法で移動した先は、ヴァールハイト王国でも屈指の鉱山地帯。
鉱山資源のほとんどは、この地域で採掘されるらしい。
十年ほど前に発見されて以降、未だに新しい鉱物が発掘され続けているとか。
「いいんですか? ここって国の所有する鉱山ですよね?」
「それがどうした?」
「え、だって、私の鍛冶場で使う素材集めに、国のものを使うのは……」
「心配はいらない。俺が許可する」
そんな勝手なことを言っていいのだろうか……。
確かにこの国のトップはグレン様だし、彼が認めているならいいのかもしれないけど。
レーゲンさんに迷惑がかかっていないだろうか。
最近顔を合わせていないから、今度会った時にとりあえず謝っておこう。
「えっと、それじゃ行きましょうか」
「ああ」
私たちは鉱山の入り口から中へと入る。
中はすでに何度も探索された影響で、道もしっかり整備されていた。
明かりも常備されているから、足元も見やすい。
ここは現在も使われている鉱山だ。
それにしては、私たち以外の人の姿が見当たらない。
「グレン様、ここで働いている人たちはいないのですか?」
「いるぞ」
「どこにも見えないのですが……」
「ここは今採掘しているのとは反対にある入り口だからな。作業員は一人もいない」
そういうことだったのか。
鉱山には複数の入り口があり、山の数だけでも十を超えている。
グレン様の話によれば、月ごとにローテーションを組んで採掘作業をしているらしい。
ローテーション?
そんなことをする意味があるの?
素直に疑問に思ったけど、私が知らないだけで何か意味があるのだろうと思って尋ねなかった。
それからしばらく奥へ進むと、徐々に道が険しくなってくる。
なんだか空気も重い。
整備され、王国に管理されているのだからありえないのに。
「なんだか魔物が出そうですね」
「出るぞ?」
「……え?」
出るの?
私の驚きに応えるように、小さな地震が発生する。
ふらつく私の背中をグレン様が支えてくれた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます」
今の振動……自然ものじゃない。
それにこの気配……やっぱりいるんだ。
念のために武器を持ってきて正解だったかもしれない。
もっとも、グレン様が一緒にいる時点で、不要な心配になりそうだけど。
「今の揺れは近かった。お前たち、戦う準備をしておけ」
「はっ!」
同行していた騎士たちが、腰の鞘から剣を抜ける姿勢をとる。
緊張感を漂わせながら、私たちはゆっくり先へ進んだ。
ふいに陛下が立ち止まる。
「この辺りにいる」
周囲にあるのは岩と小石。
当然山の洞窟の中で、隠れる場所は限られている。
私には気配を感じられない。
けれど、魔王と称されるグレン様の目には、ハッキリ映っていたらしい。
「それで隠れているつもりか?」
鋭い視線と殺気に充てられて、岩山が動き始める。
魔物は岩に擬態していた。
半分を地中に埋め、背中を突き出し岩のように見立てていたらしい。
この魔物は私も知っている。
洞窟や岩山などで生息し、岩に擬態し、鉱物を食べる特殊な生態の魔物。
「ロックエレメンタル!」
「よく知っていたな。見るのは初めてじゃないのか?」
「初めてです。本でしか知りませんでした」
中々鉱山に入る機会なんてなかった。
本から情報は読み取り覚えていたけど、実際に見るとすごい迫力だ。
とにかく大きい。
洞窟の上部を破壊するほどの岩の巨人だった。
そしてもう一つ、なぜローテーションを組んで採掘をしていたのか。
この高山地帯が、未だに資源が湧き続けている理由は、このロックエレメンタルにある。
ロックエレメンタル。
身体全体が鉱物で生成されている。
動物や人間を捕食することは稀であり、危害を加えたり、不用意に近づかなければ襲ってこない。
彼らは鉱物を食べ、身体から鉱物を排出する。
食べた岩を鉄や金など、異なる鉱物へと変換して吐き出す。
時に希少価値の高い鉱石を生み出すことから、討伐より共存の道を模索している魔物の一種。
「奴らは生息するだけで、周囲に鉱物を生成してくれる。まさに生きた鉱物生成所だ。可能な限り、倒さず進みたいところだが……」
完全に道を塞がれてしまっている。
ロックエレメンタルは内部にコアがあり、それを破壊せず放置しておくと、一定時間で復活する特性を持つ。
倒しても復活はするけど、その間の鉱物生成は止まってしまう。
「仕方ない。俺が相手をしている間に、奥の通路に走れ」
大丈夫なんですか?
なんて、魔王様相手に言うのは失礼だろう。
グレン様がそう言うなら問題ない。
「わかりました。お気をつけて」
「ふっ、そっちもな。奥にも別の気配がある。ロックエレメンタル以外は殲滅しても構わない。お前たちは彼女を守れ」
「はっ! 行きましょう、ソフィアさん」
「はい!」
殿下がロックエレメンタルを挑発するように近づく。
戦いが始まったのを確認して、私たちは奥へと走った。
直後、別の足音が聞こえる。
陛下はこれに気づいていたのだろう。
「ロックウルフ!」
今度は洞窟に生息する狼の魔物だ。
ロックエレメンタルとは違い、肉食で人も積極的に襲う。
目が合えば当然、襲い掛かってくる。
「お下がりを! ここは我々が!」
護衛の騎士の方々が前に出る。
ロックウルフの外皮は固く、鉄の剣でも刃が通らない。
ただ、私が打ち直した剣なら問題はないだろう。
硬いロックウルフの外皮もたやすく斬り裂く。
これなら任せても大丈夫。
そう思った矢先、別の群れがやってきた。
道は二つに分かれていて、片方はちょうど死角になっていたらしい。
接近に遅れた騎士たちの横を通り、ロックウルフ数匹が私に向かってくる。
「ソフィアさん!」
「チッ」
騎士たちは目の前のウルフと交戦中。
グレン様はロックエレメンタルの足止めを終えたところで、今から駆け出そうとしていた。
魔王様なら間に合うかもしれない。
でも、せっかく自前の剣も装備しているわけだし、私だけ何もしないのは申し訳ない。
そんなことを思いながら、腰の剣を抜いた。
「……へ?」
「ほう! ソフィア、お前は剣術も使えたのか?」
「え? あ、はい。人並みですけど一応」
私は自力でロックウルフ三匹を撃退した。
魔物と戦うなんて久しぶりで、ちょっぴり緊張したけどなんとかなった。
相手が弱い魔物でよかったとホッとする。
「誰に習った?」
「祖父です。鍛冶師なら、剣ぐらい振えなきゃダメって言われて。確かにその通りだと思ったので」
自分で作る武器を、自分が使えないなんて笑いものだと、お爺ちゃんは言っていた。
だから私は剣以外も、一通り使い方は身に着けている。
さすがに本職の人には敵わないけど。
「ははっ、どうやらお前たち、剣術も教わったほうがいいかもしれないぞ?」
「そ、そうかもしれません」
「え、あの……」
「ソフィア、お前なら騎士にもなれそうだな」
そう言ってグレン様は楽しそうに笑っていた。
対照的に、騎士たちは苦笑いだった。