13.素材集めは自分の手で
騎士団は日々、リヒト王国の侵略から国を守っている。
だが、本来の役目は戦争ではない。
国内の脅威、魔物や盗賊といった存在からか弱き民衆を守るために存在している。
勇者が聖剣を失って以降、リヒト王国との戦闘回数は大幅に減少していた。
戦場に勇者は現れない。
それ故に、優れた魔法使いや騎士が多いヴァールハイト王国側が優位に戦況を動かし、リヒト王国軍は撤退を余儀なくされる。
加えて、ヴァールハイト王国軍には新たな光が誕生していた。
「け、剣が!」
「降伏するんだ! お前たちに勝ち目はない!」
鈍い輝きを放つ切っ先を、怯えるリヒト王国の騎士に向ける。
その剣は、ただの剣ではない。
特別というわけでもない。
とある鍛冶師によって打ち直された騎士の剣は、強靭な刃すらも斬り裂く。
「さもなくば、今度はこの刃が、お前たちの身体を斬り裂くことになるぞ」
「っ……」
リヒト王国の騎士たちは折れた武器を捨てる。
決して折れない剣。
凄まじい切れ味は、相手の剣すらも簡単に断ち切ってしまう。
騎士にとって剣は魂であり分身だ。
剣がなくては、実力を十分に発揮できない。
相手から武器を奪う。
血を流さず、相手を無力化して戦争に勝つ。
この勝利は味方を鼓舞し、相手を恐怖させる。
「すごいなその剣! どこで手に入れたんだ?」
「とても凄い鍛冶師に打ち直してもらったんですよ」
「鍛冶師? 誰だ?」
「その人の名は――」
彼らは知っている。
偉大な鍛冶師が、ヴァールハイト王国にやってきたことを。
彼らは知らない。
この勝敗は、単なる戦力差が原因ではなく、勇者と王女が招いた明確な失態であることを。
◇◇◇
「お前が打ち直した剣、大活躍しているみたいだぞ」
「そうなんですね? お役に立てたなら何よりです」
「……もっと喜ぶかと思ったが、そうでもないか」
「頑張っているのは私じゃなくて、剣を使っている騎士の方々ですから」
私にできるのは剣を作ることだけだ。
剣を使い、戦うのは騎士の役目。
どれだけ優れた剣を作ろうとも、使い手が未熟では力を発揮できない。
もしも彼らが活躍しているのだとしたら、紛れもなく彼ら自身の努力の結果だ。
間違っても、私のお陰だなんて思わない。
「あいつらは、そうは思っていないだろうがな。お前の名が、騎士団にも広まっているぞ」
「え……」
「自分も同じ剣がほしい。そんな声が増えているそうだ」
「私でよければ、何本でも打ち直します」
「頼もしいな。なら、お前の鍛冶場が完成したら、正式に依頼するとしよう」
「ありがとうございます!」
工事音が響く。
私とグレン様の視線の先では、屋敷の一部を改修して鍛冶場を作っている。
グレン様が手配してくれた建築士の方々が、汗を流しながら働く姿が目に映る。
「手伝おうなどと思うなよ? 邪魔になるぞ」
「はい。さすがに無理です」
私に建築の技術も知識もない。
そこまで出しゃばろうとは思わない。
ただ、ワクワクしている。
自分の鍛冶場が出来上がる瞬間を、今か今かと待ちわびている。
「あと数日で鍛冶場は完成するそうだ。店の外観は、もう少しかかる」
「ありがとうございます。何から何まで手配して頂いて」
「そういう約束だからな。ところで、仕事を始めるのに足りないものはないか? 例えば素材とか」
「あ、そうですね。素材も揃えないと」
鍛冶場ができても作るための素材がないと話にならない。
道具は宮廷時代から愛用しているものがある。
剣を作るために必要な道具に不足はない。
素材だけは持ち運べないから、こっちで準備しないといけなかった。
「素材もこちらで手配しよう。必要なものを予め――」
「いえ、自分で取りに行きます」
「――自分で?」
「はい」
グレン様が驚いて目を丸くしていた。
私は何か変なことを言ってしまったのだろうか。
不安になった私はグレン様に尋ねる。
「ダメでしたか?」
「いや、自分でって……どうやって取るつもりだ?」
「もちろん歩いて、鉱山の場所とか、砂鉄が採取できる場所がわかれば教えて頂けると嬉しいです。場所がわかればこっちでやれますから」
「……お前は本当に面白いな」
グレン様は呆れたように笑う。
私は何が面白かったのかわからなくて、キョトンと首を傾げる。
「冗談で言っていないのがわかる」
「はい」
冗談のつもりはないから当然だ。
「わかった。場所は提示しよう。その代わり、護衛はつけさせてもらう。人手も多いほうが何かと便利だろう?」
「ありがとうございます! 助かります」
鍛冶の素材は、基本的に鉱物が多い。
私一人じゃ持ち運べる量に限界があったから、正直人手はほしかった。
のだけど……。
◇◇◇
「出発しようか」
「……あの、グレン様も一緒に行かれるんですか?」
「不服か?」
「い、いえ! そうではなく、お仕事のほうは大丈夫なのかなと……」
「心配するな。優秀な部下に任せている」
レーゲンさんが悲鳴を上げていそうだ。
護衛をつけるとは聞いていた。
まさか、グレン様が直々に護衛をしてくれるとは思っていなかった。
「ソフィアさん、またよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ」
護衛はグレン様だけではなかった。
以前に掃除を手伝ってくれた騎士の方々三名も一緒にいる。
三人とも背中には大きめのバッグを背負っていた。
「それ、重くありませんか?」
「平気ですよ。見た目は大きいですが、これは魔導具です。中に入れた物の重さが十分の一になるので、重さはほとんど感じません」
「そうなんですね」
「はい。これなら重い鉱物もたくさん運べます。遠慮せずたくさん採取しましょう。ソフィアさんには、この剣のことで助けられていますから」
三人とも、打ち直した剣に満足してくれているようだった。
自分の打った剣が認められる。
感謝されることは嬉しい。
宮廷時代、あまり他人からの感謝を聞くことはなかったから、余計に心に染みる。
「あの、ところで、鉱山までかなり距離があると聞いたのですが……」
私たちは身一つ。
馬車も用意されていない。
まさか徒歩で行くつもりなのだろうか?
「安心しろ。そのために俺がいる」
「え?」
ニヤリと笑みを浮かべ、グレン様が指を鳴らす。
瞬間、私たちの足元に魔法陣が広がり、気づけば景色が街中から、ゴツゴツした岩だらけに変化していた。
「到着したぞ」
「……」
さすが魔王様。
瞬間移動くらい当たり前に、日常の一コマのように熟してしまう。
ふと思った。
これができるなら、魔導具のカバンなんていらないんじゃ……。