12.折れない刃
「いいんですか? ここ、ドンダさんの鍛冶場ですよね?」
「おう。好きにつかってくれ!」
屋敷のお掃除が終わった翌日の午前。
私は手伝ってくれた騎士の剣を打ち直すことになり、ドンダさんの鍛冶場にやってきた。
私の新しいお店、鍛冶場は現在改装作業中だ。
完成には時間がかかる。
お礼をしたくても場所がないと相談したら、グレン様がドンダさんに伝えてくれた。
鍛冶場は鍛冶師にとって自分の聖域だ。
ドンダさんのように職人気質が強そうな人は、他人に鍛冶場を預けたりはしないと思ったけど……。
「普段はぜってー断るがな。ソフィアちゃんなら歓迎だ。モンドの孫で同じ鍛冶師なら、ワシらも同門みたいなもんだからな」
「ありがとうございます!」
彼は快く了承してくれた。
これで手伝ってくれた騎士の方々にお礼ができる。
それに、久しぶりだ。
剣を打つのは。
この間は熱した鉄を打っただけで、正直物足りない気分だったけど。
今から思い切り剣を打てる。
「楽しそうだな」
「そう見えますか?」
「ああ。おもちゃを前にした子供みたいな目をしていたぞ?」
「そ、そうですか」
グレン様にそう見えていたらしい。
少し恥ずかしくて顔が赤くなる。
鍛冶場には熱気が籠っていて、その影響もあるかもしれない。
この熱、この匂い、この空気……心地いい。
「わかるぜ―その気持ち。存分にやってくれ。その代わり、ワシも見学させてもらうぞ?」
「はい! 私なんかの鍛冶じゃ、参考にならないかもしれませんが、精一杯頑張ります」
「おいおい、謙遜はやめてくれ。聖剣を打てる鍛冶師の腕、とくと見せてもらうぜ」
ドンダさんは鋭い視線で私を見つめる。
ドキッとして、背筋がピシッと伸びる。
鋭い刃のような期待が、私の胸に突き刺さる。
これは……失敗できない。
「俺も見させてもらう。いいな?」
「はい」
私は大きく深呼吸をする。
見られながらは緊張するけど、やることは変わらない。
小道具は自前のものを使う。
場所が違うだけで、ここは鍛冶場、私の戦場。
鉄と、熱と、私がいる。
「始めます」
今回やる作業は、三人から預かった剣を打ち直す作業。
三本ともヴァールハイトの騎士団で支給される剣だ。
剣の作り方はパターンがあって、量産型の剣を作る場合、熱した鉄を専用の型に流し込む。
手早く、同じ状態の剣ができるから、量産には向いている。
ただし強度は下がる。
切れ味も、耐久性も落ちるから折れたり刃こぼれしやすい。
作り直すだけなら、同じ工程を繰り返せばいい。
むしろ新しく作った方が早い。
でも、それじゃお礼にならないと思うし、私がつまらない。
私は剣から柄を外す。
三本とも取り外し、一本ずつ熱で溶かす。
「へぇ、打ち直すってそこからやんのか」
ドンダさんの声が聞こえる。
私が選択したのは、刀鍛冶のように鉄から育てる方法だった。
時間がかかるし、鍛冶師の力量がより鮮明に現れる。
だからこそ、やりがいがある。
炉で溶かした鉄に、生石灰を加えて鉄を鋼へと変える。
鉄と鋼の違いは含まれる炭素分の割合だ。
炭素分を多く含んだ鉄は脆い。
鋼に変えることで、より強度の高い刃の元にする。
本当は砂鉄から鋼を作りたかったけど、それは時間がかかるし、用意ができなかった。
鋼になった刃の元を、今度はハンマーで叩く。
凄まじい音が鳴り響き、火花が散る。
「あの叩く作業の意味はなんだ?」
「鋼をより硬くしてるんですよ。鋼を構成する要素の間にある気泡とか、不純物を叩くことで外に出す。隙間だらけの積み木が、隙間のない整列された積み木に変わるって感じです」
「わかりやすい例えだな」
「師匠の受け売りですよ。腕のいい鍛冶師なら、短い回数で鍛錬を終える……もう終わりますよ」
叩いて不純物を外に逃がす。
鋼も鉄も、熱している間は柔らかく、加工がしやすい。
この間にできるだけ高純度の鋼に変える。
作業が終わり、ここから刃を作る。
刀を作るならもう少し工程がいるけれど、今回は違う。
騎士が使っていたのは剣だ。
剣と刀は明確に違う。
形状はこれまで通りに、できるだけ使いやすいように。
ただし、刀の特徴は取り入れる。
斬れる刃は鋭く、刃の芯になる受ける部分は柔らかく。
硬いだけの刃は衝撃によって簡単に砕ける。
クッションが必要だ。
刀は刃と峰の硬さの違いが、斬れやすく折れにくいという相反する特徴を共存させた。
まったく同じは無理だけど、剣の形状のまま刀の特徴を再現しよう。
「すげぇな、ありゃ本物だ」
「わかるのか?」
「当たり前ですよ。鍛冶師なら、ソフィアちゃんがやってることの凄さがわかる。陛下、あんたとんでもない逸材連れてきましたね」
「――ふっ、それでこそ」
ドンダさんとグレン様が何か話している。
作業に集中していると、何を話しているかまではわからない。
さぁ、刃はもうすぐ完成する。
「ん? あれで完成じゃないのか?」
「だと思いますがね」
剣の形状のまま刀の特徴を。
とは言ってみたものの、完璧には再現できない。
刀はあの形だからこそ成立する。
だから足りない部分は、ちょっと卑怯だけどこれで補おう。
「――! まさか魔剣? 効果を付与してんのか!」
「できて当然だろうな。聖剣すら作れる鍛冶師だ」
付与するのは耐久性の向上。
魔剣は何でも効果を付与すればいいわけじゃない。
器と釣り合わなければ刃が砕ける。
余分な効果は不要。
必要なのは、とにかく折れないこと。
剣が折れなければ戦える。
この剣を持つ騎士たちが、戦場から生きて帰ることができるように――
◇◇◇
「手伝ってくれたお礼です! どうぞ」
「ありがとうございます」
完成した剣を彼らに返す。
受け取った彼らは、鞘から剣を抜き、刃に魅入る。
「凄い。なんだろう……吸い込まれるような……」
「優れた剣は使い手を選ぶという」
グレン様が騎士たちに言う。
「その剣に相応しい騎士になれるよう、これからも精進することだ」
「はい!」
そ、そこまで大したものじゃ……ないと思いますけど?
喜んでもらえたなら何よりだ。
「少し羨ましいな」
「グレン様?」
「ソフィア、今度時間があったら、俺の剣も作ってくれないか?」
「――! はい、ぜひ」
一番お礼がしたいのはグレン様だ。
その時は、とびっきりの一振りを作ろう。
勇者の聖剣にも負けないような。
至高の一振りを。