表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/20

12.折れない刃

「いいんですか? ここ、ドンダさんの鍛冶場ですよね?」

「おう。好きにつかってくれ!」


 屋敷のお掃除が終わった翌日の午前。

 私は手伝ってくれた騎士の剣を打ち直すことになり、ドンダさんの鍛冶場にやってきた。

 私の新しいお店、鍛冶場は現在改装作業中だ。

 完成には時間がかかる。

 お礼をしたくても場所がないと相談したら、グレン様がドンダさんに伝えてくれた。

 鍛冶場は鍛冶師にとって自分の聖域だ。

 ドンダさんのように職人気質が強そうな人は、他人に鍛冶場を預けたりはしないと思ったけど……。


「普段はぜってー断るがな。ソフィアちゃんなら歓迎だ。モンドの孫で同じ鍛冶師なら、ワシらも同門みたいなもんだからな」

「ありがとうございます!」


 彼は快く了承してくれた。

 これで手伝ってくれた騎士の方々にお礼ができる。

 それに、久しぶりだ。

 剣を打つのは。

 この間は熱した鉄を打っただけで、正直物足りない気分だったけど。

 今から思い切り剣を打てる。


「楽しそうだな」

「そう見えますか?」

「ああ。おもちゃを前にした子供みたいな目をしていたぞ?」

「そ、そうですか」


 グレン様にそう見えていたらしい。

 少し恥ずかしくて顔が赤くなる。

 鍛冶場には熱気が籠っていて、その影響もあるかもしれない。

 この熱、この匂い、この空気……心地いい。


「わかるぜ―その気持ち。存分にやってくれ。その代わり、ワシも見学させてもらうぞ?」

「はい! 私なんかの鍛冶じゃ、参考にならないかもしれませんが、精一杯頑張ります」

「おいおい、謙遜はやめてくれ。聖剣を打てる鍛冶師の腕、とくと見せてもらうぜ」


 ドンダさんは鋭い視線で私を見つめる。

 ドキッとして、背筋がピシッと伸びる。

 鋭い刃のような期待が、私の胸に突き刺さる。

 これは……失敗できない。


「俺も見させてもらう。いいな?」

「はい」

 

 私は大きく深呼吸をする。

 見られながらは緊張するけど、やることは変わらない。

 小道具は自前のものを使う。

 場所が違うだけで、ここは鍛冶場、私の戦場。

 鉄と、熱と、私がいる。


「始めます」


 今回やる作業は、三人から預かった剣を打ち直す作業。

 三本ともヴァールハイトの騎士団で支給される剣だ。

 剣の作り方はパターンがあって、量産型の剣を作る場合、熱した鉄を専用の型に流し込む。

 手早く、同じ状態の剣ができるから、量産には向いている。

 ただし強度は下がる。

 切れ味も、耐久性も落ちるから折れたり刃こぼれしやすい。

 作り直すだけなら、同じ工程を繰り返せばいい。

 むしろ新しく作った方が早い。

 でも、それじゃお礼にならないと思うし、私がつまらない。


 私は剣から柄を外す。

 三本とも取り外し、一本ずつ熱で溶かす。

 

「へぇ、打ち直すってそこからやんのか」


 ドンダさんの声が聞こえる。

 私が選択したのは、刀鍛冶のように鉄から育てる方法だった。

 時間がかかるし、鍛冶師の力量がより鮮明に現れる。

 だからこそ、やりがいがある。

 炉で溶かした鉄に、生石灰を加えて鉄を鋼へと変える。


 鉄と鋼の違いは含まれる炭素分の割合だ。

 炭素分を多く含んだ鉄は脆い。

 鋼に変えることで、より強度の高い刃の元にする。

 本当は砂鉄から鋼を作りたかったけど、それは時間がかかるし、用意ができなかった。

 

 鋼になった刃の元を、今度はハンマーで叩く。

 凄まじい音が鳴り響き、火花が散る。 


「あの叩く作業の意味はなんだ?」

「鋼をより硬くしてるんですよ。鋼を構成する要素の間にある気泡とか、不純物を叩くことで外に出す。隙間だらけの積み木が、隙間のない整列された積み木に変わるって感じです」

「わかりやすい例えだな」

「師匠の受け売りですよ。腕のいい鍛冶師なら、短い回数で鍛錬を終える……もう終わりますよ」


 叩いて不純物を外に逃がす。

 鋼も鉄も、熱している間は柔らかく、加工がしやすい。

 この間にできるだけ高純度の鋼に変える。

 作業が終わり、ここから刃を作る。

 刀を作るならもう少し工程がいるけれど、今回は違う。

 騎士が使っていたのは剣だ。

 剣と刀は明確に違う。

 形状はこれまで通りに、できるだけ使いやすいように。

 ただし、刀の特徴は取り入れる。


 斬れる刃は鋭く、刃の芯になる受ける部分は柔らかく。

 硬いだけの刃は衝撃によって簡単に砕ける。

 クッションが必要だ。

 刀は刃と峰の硬さの違いが、斬れやすく折れにくいという相反する特徴を共存させた。

 まったく同じは無理だけど、剣の形状のまま刀の特徴を再現しよう。


「すげぇな、ありゃ本物だ」

「わかるのか?」

「当たり前ですよ。鍛冶師なら、ソフィアちゃんがやってることの凄さがわかる。陛下、あんたとんでもない逸材連れてきましたね」

「――ふっ、それでこそ」

 

 ドンダさんとグレン様が何か話している。

 作業に集中していると、何を話しているかまではわからない。

 さぁ、刃はもうすぐ完成する。


「ん? あれで完成じゃないのか?」

「だと思いますがね」


 剣の形状のまま刀の特徴を。

 とは言ってみたものの、完璧には再現できない。

 刀はあの形だからこそ成立する。

 だから足りない部分は、ちょっと卑怯だけどこれで補おう。


「――! まさか魔剣? 効果を付与してんのか!」

「できて当然だろうな。聖剣すら作れる鍛冶師だ」


 付与するのは耐久性の向上。

 魔剣は何でも効果を付与すればいいわけじゃない。

 器と釣り合わなければ刃が砕ける。

 余分な効果は不要。

 必要なのは、とにかく折れないこと。

 剣が折れなければ戦える。

 この剣を持つ騎士たちが、戦場から生きて帰ることができるように――


  ◇◇◇

 

「手伝ってくれたお礼です! どうぞ」

「ありがとうございます」


 完成した剣を彼らに返す。

 受け取った彼らは、鞘から剣を抜き、刃に魅入る。


「凄い。なんだろう……吸い込まれるような……」

「優れた剣は使い手を選ぶという」


 グレン様が騎士たちに言う。


「その剣に相応しい騎士になれるよう、これからも精進することだ」

「はい!」


 そ、そこまで大したものじゃ……ないと思いますけど?

 喜んでもらえたなら何よりだ。


「少し羨ましいな」

「グレン様?」

「ソフィア、今度時間があったら、俺の剣も作ってくれないか?」

「――! はい、ぜひ」


 一番お礼がしたいのはグレン様だ。

 その時は、とびっきりの一振りを作ろう。

 勇者の聖剣にも負けないような。

 至高の一振りを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作投稿しました! URLをクリックすると見られます!

『偽者に奪われた聖女の地位、なんとしても取り返さ……なくていっか! ~奪ってくれてありがとう。これから私は自由に生きます~』

https://ncode.syosetu.com/n8335il/

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【㊗】大物YouTuber二名とコラボした新作ラブコメ12/1発売!

詳細は画像をクリック!
https://d2l33iqw5tfm1m.cloudfront.net/book_image/97845752462850000000/ISBN978-4-575-24628-5-main02.jpg?w=1000
― 新着の感想 ―
[気になる点] とりあえず砕いた魔石でも入れとけ。
[気になる点] 生石灰(CaO)を加えても炭素は増えませんよ。
[良い点] おお、聖剣を破る剣が生まれそう!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ