11.恩返しをさせてください
エレナ王女の自室。
招待された勇者エレインは、彼女の言葉に衝撃を受ける。
「――なんだって?」
「申し上げた通りでございます。ソフィアさんを探しましょう」
「っ……君までそんなことを言うのか」
悔しさと苛立ちで唇を噛みしめるエレイン。
誰もが言う。
ソフィアを呼び戻すべきだと。
誰も知らない。
彼ら二人の行いが、ソフィアを国外へ追いやったことを。
それはまるで――
「僕の判断が間違っていたと言いたいのか?」
「そうではありません。ですが、私も含め、ソフィアさんの実力を見誤っていたことは認めるべきかと思います」
「っ……だから僕に探させる気か? この僕に、頭を下げてソフィアを連れ戻せと?」
「いえ、エレイン様が下手に出る必要はございません。むしろこれはチャンスなのです」
「チャンス?」
エレインはエレナ王女と視線を合わせる。
エレナ王女は笑みを浮かべていた。
「このままでは、私たちがソフィアさんを追い出したことが明るみになります。その前に、手を打つことができるのです」
「……そうは言っても、彼女を追い出したのは僕たちだ」
「はい。ですが、彼女も困っているはずです。長く宮廷で働いていたからこそ、外の世界の厳しさに触れ、心細い思いをしていることでしょう」
「なるほど。弱った心につけこめば、彼女を容易に連れ戻せると?」
エレナ王女はこくりと頷く。
「上手くいけば、ソフィアさんをエレイン様の意のままに操ることも可能かと」
「確かに! 僕が求め、愛人にでもしてあげれば、彼女も喜ぶだろうな。女性としての彼女を見てくれる人間など、どこにもいない」
「はい。寂しい一生に、エレイン様が花を添えてあげてください」
「エレナ、君はいいのかい? それで」
「はい。私は、エレイン様の一番であれば構いません」
「健気な子だ」
エレナの言葉で調子を取り戻したエレイン。
彼は再び間違える。
ソフィアの今を、何も知らない。
前世も含めて倍以上の時間を生きる彼女は、外の世界の厳しさなど知っている。
もっとも大きな勘違いは、彼女を求める男がいないということだった。
そんなことはない。
この世でも稀な、人でありながら魔王と呼ばれる帝王が、彼女を求めている。
今から二週間後。
彼らは再び相まみえることとなる。
◇◇◇
「今日からよろしくお願いします!」
私は大きな声で挨拶をして、勢いよく頭を下げる。
目の前には三人の騎士たちがいた。
彼らはグレン様の呼びかけで、掃除の手伝いをするために集まってくれた方たちだ。
「すみません。騎士の方々に、こんなことをお願いしてしまって」
「いえ、陛下のご命令ですので、お気になさらず。それで、我々はどうすればよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます。それじゃ、床と壁の掃除を手伝ってもらえますか?」
「了解しました」
騎士の方々にも手伝ってもらいながら、お掃除二日目を開始する。
当たり前だけど、人数が増えたことで掃除のペースがぐんと上がった。
特に男手が増えたことで、重い家具を持ち上げたり、移動させたりもできるようになった。
「重い物を運ぶ時は言ってください」
「はい。ありがとうございます」
「気になさらず。騎士ですから、鍛えていますので」
これも訓練の一つです、とさわやかに言いながら重い物を優先して運んでくれる。
本当にありがたい。
床掃除だけでも何日もかかる広さに、貴族が残していった家具もある。
中には壊れて使えないものもあった。
不良品はゴミに、使える物は掃除して活用させてもらう。
「ソフィアさん、外のほうはどうしますか? かなり草も伸びていますが」
「そうですね。邪魔にならない程度に刈ろうとは思ってました」
「ならそっちも並行してやりましょう」
「いいんですか?」
「もちろんです。力仕事はまかせてください」
「助かります」
本当に何から何まで。
頼ってばかりで申し訳ない……じゃなくて、ありがたいと思うべきだ。
グレン様も言っていた。
頼ること、甘えることは悪いことじゃないって。
ちゃんと心から感謝して、いつか還元できるようにしよう。
「木は残していいんですね?」
「はい」
「念のために一度外で確認してもいいですか? できればご一緒に」
「はい。もちろんです」
私は騎士の一人と外に出て、庭を回って説明する。
残したい木、綺麗にしてほしい地面。
あとは何となく、鍛冶場の場所も想定しておこう。
鍛冶場の近くに木や草が生い茂っていると、万が一引火したら大変なことになる。
「建物に近い草や木は全部刈り取ってもらえますか?」
「わかりました」
本当に優しい人たちばかりでよかった。
私みたいに外から来た人のこと、快く思わない人じゃなくてホッとする。
一体どんな風に見えているのか。
ちょっぴり不安ではあるけど、きっと大丈夫だろう。
この時の私は知らなかった。
グレン様が私を婚約者候補だと紹介していたことを。
婚約者の話はしておきながら、敵国の鍛冶師だったことは伝えていなかったという事実を。
実はめちゃくちゃ注目されていたことに。
(見る限り普通の子だ……この子が陛下の婚約者候補? 一体……どんな秘密があるんだ?)
◇◇◇
お掃除開始から四日後の夕刻。
私たちは屋敷の前に集まり、顔を合わせる。
「お疲れ様でした! 本当に助かりました」
「いえ、お力になれたなら幸いです」
想定したよりも随分早く、屋敷の掃除が終わった。
これも三人の騎士たちが一生懸命手伝ってくれたおかげだ。
一番年上で、他の二人をまとめるリーダーのダイチさん。
部下二人は新人さんで、ランクさんとティンデントさんという名前だ。
心から感謝している。
何かお礼がしたいけど、何がいいだろう。
私にできることは……。
「ご苦労だったな。お前たち」
「グレン様」
「陛下!」
グレン様がやってきて、三人の騎士たちはピシッと背筋を伸ばす。
胸に握りこぶしを当てるのは、騎士の敬礼ポーズ?
さすが、帝王様の前では緊張するらしい。
私も彼らのようにするべきかな?
「あの、グレン様、手伝ってくれた皆さんに何かお礼がしたいのですが」
「お礼か。ならちょうどいい。お前にピッタリの方法があるぞ」
「本当ですか!」
「ああ、お前たち、剣を出せ」
「は、はい!」
彼らは騎士だ。
腰に剣を携えている。
見たところ全て同じ大きさ、同じ形をしている。
「騎士団で支給される剣だ。これを、お前の手で打ち直してやってくれ。最高の一振りに」
「はい! お任せください」
それなら私にもできる。
騎士にとって剣は誇りだ。
私の手で、彼らの誇りを研ぎ澄ます。
「へ、陛下……? 打ち直すというのは……」
「ああ、言っていなかったな? 彼女は鍛冶師だ。おそらくは、この世で一番の腕の」
「――!」
「期待しているといい。きっと自慢できるぞ」