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10.まずはお掃除から

 グレン様の案内で店舗の候補地を巡った。

 いろいろ見て回ったけど、最終的に選んだのは街はずれにある元貴族の別荘だ。

 庭も広く、建物も小さ目な屋敷になっている。

 広さは申し分ない。

 お客さんについてはちょっぴり不安だけど、とにかく場所は決まった。

 ここからは開店するまでの準備だ。

 最初にやることは――


「よし!」


 水の入ったバケツ。

 布切れ、箒。

 必要な掃除道具を準備し、私は別荘の玄関前に立つ。

 

 グレン様の話によれば、ここを貴族の方が使っていたのは二年ほど前らしい。

 その貴族は跡継ぎがおらず、次代に繋ぐことができなかった。

 残った屋敷や財産は、交流のあった貴族だったり、一部の土地は王国に返還されたそうだ。

 この別荘もその一つ。

 誰も使わないからということで、土地と建物が帝国に返還され、そのまま放置されている。

 二年間放置されていたから、埃や汚れは当然溜まっている。


「わざわざ自分で掃除をするのか?」

「はい。そのつもりです」


 掃除を始めようと意気込む私の後ろに、グレン様が顔を出す。

 彼は呆れたような表情で続ける。


「お前がやらずとも、掃除も手配すればいいんだぞ?」

「いえ、自分でやりたいんです。これから住む場所でもありますから」

「真面目な奴だ。俺も手伝ってやりたいところだが……」

「そのお気持ちだけでとても嬉しいです」


 連日、グレン様には街や城を案内してもらったり、掃除道具も用意してもらった。

 彼も帝王として忙しい身だ。

 これ以上、私のことばかりに時間をかけさせたくない。

 レーゲンさんも大変だろうし。


「夕刻にはまた顔を出す。外には兵士を待機させておくから、もし何か困ったことがあれば頼ればいい。なんなら掃除を手伝わせてもいいぞ」

「それは申し訳ないので、遠慮しておきます」


 グレン様は笑みをこぼして去っていく。

 たぶん本気で言っていたのだろうと思った。

 一人になった私は、改めて別荘と向き合う。


「さ、頑張ろ」


 まずは玄関の掃除から。

 扉を開けたら埃が外にぶあーっと漏れ出す。


「こほっ、ごほっ……さすが二年分……」


 改めて見ると、さすが貴族の別荘だ。

 玄関だけでもワンルームのマンションくらいの広さがある。

 現代ならこの広さで十分快適に暮らせそうだ。

 私が生まれ育った現代の国は、家の中に入ると靴を脱ぐ。

 この世界では家の中でも靴は履いたままだ。

 その関係か、玄関にシューズボックスはない。

 広々とした空間は殺風景で、意外と早く拭き掃除が終わった。


「この感じならいけるかも」


 今日中に屋敷の掃除を終わらせることができたら、次の段階に進める。

 そう思って意気込んでは見たものの……。


 二時間後――


「……はぁ」


 私は盛大にため息をこぼす。

 今日中に終わるかも、なんて考えは甘かった。

 二時間かけてようやく玄関と部屋二つの掃除が終わる。

 おそらく全体の二割も終わっていない。


「広すぎでしょ……」


 貴族の屋敷をなめていた。

 この別荘、田舎の小学校くらいの広さがある。

 一人で掃除するなんて何日かかるか。

 やっぱり他人の手を借りて……。


「ううん! 自分でやるって決めたんだから!」


 ここは私のお店で、私が住む場所でもある。

 自分の場所くらい自分の手で掃除して綺麗にしたい。

 そう思って始めたのだから、今さら怖気づくわけにはいかない。

 私はパンと頬を軽く叩き、気合を入れなおす。


 それから数時間。

 西の空に夕日が沈むまで、私はせっせと掃除をした。

 

「はぁ……さすがに疲れたぁ」


 大きく深呼吸をする。

 最終的に掃除が終わったのは、玄関と四部屋だけだった。

 それも床や窓の掃除が終わっただけで、部屋の中にあった小物や布団とか、カーテンなんかの掃除は終わっていない。

 布系の製品は一度洗わないといけないだろう。

 それはまた今度、一旦は全部の部屋の床と壁、窓を掃除して回る。

 細かい部分は後回しだ。

 そうしないと、グレン様も困ってしまう。


「あ、鍛冶場の場所決めてない」


 掃除に集中しすぎて忘れていた。

 この屋敷のどこかに、鍛冶場を新しく作ることになっている。

 それは私の力じゃできないから、グレン様にお願いすることになっていた。

 グレン様からどこに作るか決めておいてほしい、と言われていたのにすっかり忘れていた。


「ど、どうしよう……」


 今から場所を考える?

 グレン様は夕方に顔を見せると言っていた。

 あと何分猶予があるだろう。

 さっそく動き出す。

 

 と、そのタイミングで玄関の扉が開いた。


「ソフィア、掃除は進んでいるか?」


 タイムアップ。

 時間切れはすぐに訪れた。

 グレン様は玄関を見回し、感心しながら言う。


「玄関は中々綺麗になっているじゃないか。よく一人でここまで……ん? どうかしたか?」

「す、すみません! 掃除に夢中で、鍛冶場の場所……考えてませんでした」

「ああ、そんなことか。急ぎじゃないから気にしなくていい。業者はすぐ手配できる。お前のペースに任せるよ」

「あ、ありがとうございます」


 グレン様が優しい人で助かった。

 そう言ってくれているけど、明日には目星をつけておこう。

 待たせるのも申し訳ない。

 それに、鍛冶場は私も一番拘りたい場所だから。


「鍛冶場以外も、店舗の見た目に改造はする。要望があればまとめておいてくれ」

「はい!」


 店舗開店まではまだかかりそうだ。

 でも、今からワクワクする。

 どんなお店になるのか。

 想像するだけでも楽しい。

 

「ところで、掃除は一人で終わりそうか?」

「――が、頑張ります」

「無理はするなよ? 意地を張るのと努力は別物だ。頼れるときは頼る。厚意に素直に甘えることは、悪いことじゃないぞ」

「……はい」


 この人は本当に、魔王なんて似合わないセリフを言う。


「で、どうする?」

「明日から、お手伝いをお願いできれば嬉しいです」

「わかった。手の空いている者に声をかけよう」

「ありがとうございます」


 他人の厚意に甘える。

 それが許される環境にいることを、改めて感じる。

 

「お前はもっと素直に甘えることを覚えるべきだな」

「……そう、かもしれませんね」

「かもじゃない。もっと甘えろ。甘えた分、ちゃんと返せばいいだけだ」

「そうですね。そうします」


 中々これが難しい。

 私にできることは、鍛冶だけだから。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 鍛冶場鍛冶場言うかと思ってたけどそういうタイプでもないのか。 あとお掃除魔法とかも無さそう。(送風魔法とかなら使いそうだったけど)
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