1.負けたのは私のせい?
連載版です!!
私は小さい頃から変わった趣味のある女の子だった。
別に、私自身が変わっていると思ってはいない。
周りの女の子を普通と呼ぶなら、私は普通じゃないのだろうと思っただけだ。
たとえば勇者の物語がある。
男の子は勇敢な勇者に憧れ、女の子はお姫様に憧れる?
女の子の中にも、格好いい勇者様に目を惹かれる人だって大勢いる。
だけど、私が目を惹かれたのは勇者ではなく、お姫様でもなく、魔王様でもない。
剣だ。
勇者が持つ聖剣、魔王が持つ魔剣。
その強さに、鈍い輝きに、恐ろしい鋭さに。
あんなにも美しい物が、人の手によって作れるのだろうか。
刀鍛冶の動画を何度も見返した。
両親に頼み込んで、実際に作っているところを見学しに行ったこともある。
刃物が好き。
あまり大きな声では言えない趣味だったから、私はいつも周りの目を気にしていた。
男の子は普通だ。
女の子たちは私の趣味を知ると、怖ーいとかいって馬鹿にしてくる。
本気でひかれると、私だって悲しい。
何度も思った。
ここがゲームや漫画の中の世界なら、私の刃に対する思いも、受け入れてもらえるのだろうか。
◇◇◇
「僕が負けたのは君のせいだ!」
「……え?」
とある日の早朝。
偉大なる勇者様が突然、鍛冶場にやってきて言い放った一言に驚愕とする。
私は耳を疑った。
聞き間違いだと思った。
だから、念のために聞き返すことにした。
「えっと……どういうことでしょう……?」
「聞こえなかったのか? まったくこれだから平民上がりは……目上の人間に同じ説明を二度もさせるなんて」
やれやれと首を横に振る勇者様。
若干腹が立ったけどぐっとこらえて、私は表情を作って謝罪する。
「申し訳ありません」
「いいか? よく聞くんだ。僕は先日、魔王の幹部と交戦した」
「はい」
そこは知っている。
勇者と魔王の戦いは、身分を問わず大勢の人間が注目している。
宮廷で鍛冶師として働き、聖剣の調整や管理をしている私が知らないはずがない。
当然、勝敗についても把握済みだ。
「僕は……敗れた。魔王どころか……その幹部に惨敗したんだ」
そう、彼は敗北した。
人類の希望。
勇者エレイン・フォードは、魔王軍幹部の一人が率いる軍勢と交戦。
半日に及ぶ戦闘の末、勇者側の人間は壊滅した。
ギリギリ全滅だけは免れたけど、味方側に甚大な被害をもたらした。
唯一無傷で生還したのは勇者エレイン一人だけ。
幹部を倒すことも叶わず、むざむざと逃げ帰る結果となった。
勇者惨敗の知らせは瞬く間に王都中に広まり、不安や困惑の声があがっている。
「僕は負けるはずがなかったんだ。勇者である僕が、魔王の幹部ごときに敗れるなんてありえない。ならばなぜ負けたのか? 僕に原因がないのであれば、その他に原因はある。そう思わないか?」
「はぁ……」
「共に戦った騎士たちはよく頑張ってくれていたよ。命を賭して戦う姿は、まさに騎士の鑑だった。彼らに原因はない。ならば答えは一つだ」
そう言いながら、勇者エレインはピシッと指をさす。
「宮廷鍛冶師ソフィア! 君が原因だ!」
「……」
沈黙が流れる。
もうダメだ。
今一度確認して、順を追って説明してもらったけど、やっぱり意味がわからない。
私は困惑しながらエレイン様と視線を合わせる。
エレイン様はとても怒っていた。
「あの、おっしゃっている意味がわからないのですが……」
「愚かだな君は! 僕の聖剣を作り、管理しているのは誰だ?」
「私です」
「そうだ! 聖剣は勇者の力そのもの! 僕自身に問題がなかったのであれば、おのずと敗北の原因は聖剣にある!」
この人は……本当に何を言っているのだろう。
情報を追加されても理解できない。
というより、ただの言いがかりだとしか思えない。
「お言葉ですがエレイン様、聖剣の調整に問題はございません。出発前にエレイン様も確認なさり、問題ないとおっしゃっていたはずです」
「その時はそう感じた! 出発後に不具合が発生した! そうに違いない!」
「耐久性や威力の確認もしてあります」
「それが不十分だったと言っているんだ!」
エレイン様は私に怒声を浴びせる。
ひどすぎる言いがかりだ。
確かに聖剣を打ち直したのは私だし、管理しているのも私だ。
他にできる人がいないから、私一人でやっている。
だからこそ、一切の失敗やほころびがないよう入念なチェックを怠っていない。
エレイン様の剣術は未熟で、センス任せで乱暴な使い方をするから、聖剣が壊れないように耐久性を向上させる強化を施したり。
長時間の連続使用に耐えられるか確認して、戦いに支障がでないようにしている。
威力に関してはそもそも、どれだけの力を発揮できるかは使い手の素質に左右される。
聖剣の力を十全に発揮できるかは、勇者であるエレイン様自身の問題だ。
と、散々説明してきたはずなんだけど……。
「僕の戦いは完璧だった。それなのに負けた。理由はこの貧弱な聖剣にあるに違いない!」
エレイン様はバンバンと腰の聖剣を叩く。
私がいくら説明しても、エレイン様は理解してくれない。
いや、信じてくれないらしい。
自信家で自己中心的な彼は、自分自身に問題があったのだと思いたくないんだ。
子供みたいでわかりやすい。
失敗の原因を外に押し付けて、自分は悪くないと駄々をこねる。
これが王国を代表し、国民の未来を背負って立つ勇者の姿?
真実を知れば、国民はみんな呆れてしまうだろう。
誰より強く、たくましく、優しくて他人想い。
巨悪を許さず、人々のためなら自らの命を惜しまない……。
そんな存在が勇者だ。
どれも当てはまらない。
こんなにも勇者らしくない勇者は……歴史上初めてなんじゃないのかな?
「とにかく君が原因だ! まずは謝罪をしてもらおうか!」
「……」
私は小さくため息をこぼす。
どう説明しても、この人には通じないだろう。
私が悪いと思い込んでいる。
こういう時は必ず、私が悪かったと認めて謝るしかない。
いつものことだ。
「申し訳ございませんでした」
頭を下げて謝罪する。
心なんて籠っていない。
取り繕った偽りの謝罪も、何度目かわからない。
謝ることに慣れつつある自分が、ちょっぴり嫌だった。
自分が悪いわけじゃないのに、謝りたくはない。
だけど仕方がない。
ここで時間を無駄にすると、今日の分の仕事が終わらないんだ。
「まったく、これで僕の婚約者なんて情けない限りだ」
「……」
ああ、そういえばそうだった。
勇者は特権として、複数の女性と結婚することができる。
だから婚約者も複数人いて、私もそのうちの一人……だったのを思い出した。
特に興味もなかったし、婚約者らしいイベントもなくて、冗談だと思っていた。
ま、そんなこと今はどうでもいい。
鍛冶場には修繕前の武具が山ほど置かれている。
目の前にある以外にも、倉庫には同様に直さないといけない武具が残っている。
加えて騎士団用の新しい剣も打たないといけない。
今日もサービス残業確定だ。
「では、聖剣をお預かりします」
「次こそ頼んだよ! いつまでも魔王なんかに遅れをとるわけにはいかないんだ!」
魔王どころかその幹部にすら勝てないのに、よく言えるなと正直思う。
私はエレイン様から聖剣を受け取る。
乱暴に手渡して、彼はそそくさと鍛冶場を後にする。
作業に取り掛かる前に、私は聖剣を確認する。
「折れてる……」
私は大きなため息をこぼす。
普通、こんなにも高頻度に聖剣をボロボロにする勇者がいるのだろうか?
私が知っている漫画やゲームでも、ここまで酷い勇者は知らない。
「こっちの世界も楽じゃないなー」
そう、私はこの世界の人間じゃない。
こことは別の、ごくごく普通の世界に生まれた女の子だった。
ちょっぴり変わっているのは、刃物が好きだったことだ。
刃物を作る技術を学び、ようやく高校を卒業して修行を始められる、というところで事故にあった。
刀剣の展示を見ているときに大地震が起こって、落下してきた刃物に串刺しにされた。
本望だった。
とはさすがに思えなかったけど、この世界に生まれ変わったのは幸運だった。
「はずなんだけどなぁ~」
思えば順風満帆には程遠い人生だ。
平民の家に生まれ、すぐに両親が病死した。
両親の顔も朧げなまま、私は祖父に育てられた。
唯一の幸運は、祖父が鍛冶師だったことだ。
運命に感じた。
私の夢、願いを神様が聞いてくれたのだと。
祖父のもとで鍛冶の技術を学び、十五歳になる頃には一人前と呼べる程度にはなった。
ちょうどその頃に祖父が体調を崩し、あれよあれよとこの世を去った。
落ち込んでばかりもいられず、生活のために働き口を探す。
そんな時、宮廷鍛冶師募集の話を聞いて、ダメ元で受けることにした。
宮廷鍛冶師は、世の鍛冶師にとって最高の職場、だと聞いたことがある。
勇者の聖剣に触れることもできるから、鍛冶師としての技術を向上させるために、ちょうどいい場所だとも思った。
そうして合格し、宮廷鍛冶師になって二年が経った。
現在……。
「完全に社畜だ」
前世では経験できなかった社会を知った。
知りたくなかった。
好きなことをしているはずなのに、終わらない仕事に嫌気がさし、このままだと鍛冶の仕事そのものが嫌いになりそうだ。
もういっそ……。
私は首を振る。
「仕事しよ」
【作者からのお願い】
新作投稿しました!
自信作です!
タイトルは――
『偽者に奪われた聖女の地位、なんとしても取り返さ……なくていっか! ~奪ってくれてありがとう。これから私は自由に生きます~』
ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!
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