001 誰だよこの企画通したの
「ケイタくん! 頼んだっ! キミならやれる! やれるぞぉー!」
赤ら顔のオッサンが背中をバンバン叩く。
「まーかせてくださいよ、組合長ー! 不肖、丹羽ケイタ、やっちゃりますよー!」
上機嫌で答えた。そんな記憶がおぼろげにある。
さて、俺、丹羽ケイタは土曜の朝から寝巻き姿で段ボール箱と向かい合っていた。二日酔いで気持ち悪い。ぶっちゃけ思考停止したいのだが、そうもいくまい。
記憶を整理しよう。
昨日は秋葉原電気店組合の納会だった。上半期総括、下半期決起集会だのとお題目はあるものの、要はただの飲み会で、俺は丹羽電気商会の二代目社長として出席していた。組合は親父と同世代がほとんどで、四〇の俺が下っ端最年少。若手と言われてはや十数年というやつだ。段ボールは組合長から押し付けられたもので間違いない。飲み会の終わりあたりに話しかけられて、新型家電のモニターをやってほしいとか、そんな話だった気がする。
「なんで引き受けるかなぁ」
昨日の俺、ギルティ。モニターとかぶっちゃけ面倒すぎる。プレイヤー俺、やりたくない気分に抵抗判定……。
「しゃあない。開けるかー」
判定に成功するまでにたっぷり五分はかかった。ため息混じりにガムテープを雑に剥がすと、緩衝材の紙、エアキャップ。その奥に見えるのは、
「炊飯器か?」
丸みのある箱のような白いシルエット。取り出してみると間違いない。炊飯器だった。天面部分が電子パネルになっていて、見た目はのっぺりとしている。ボタンはない。タッチパネルか。
「炊飯器のモニターねぇ」
エアキャップをむいていくと、本体裏から文庫本サイズの冊子が出てきた。表紙には取扱説明書の文字。結構分厚いんだが……。仕事柄、説明書はどんなに厚かろうとも「はじめに」くらいは読むようにしている。仕方ない。
「えーっと……パーソナルアシスタント型AI搭載。あなたの生活においしいご飯と潤いを。専用アプリを使うんか」
説明書の冒頭にはQRコードが印刷されていた。ちゃぶ台のスマホスタンドの上から端末を手に取り、読み込んでみるとすぐにダウンロードページが表示された。
「『メシマセ』?」
大盛りご飯のアイコンだった。なんかレシピとかグルメ系予約アプリみたいだな……って、
「は? 四ギガもあるのかよ!?」
入れたくねえー……。AIならそれくらい仕方ないのか。ええい、と「入手」をタップ。ダウンロードすること数十秒。インストールを含めて二分。「開く」のボタンを黙ってタップ。
「読み込み中」の文字からアプリが起動するとやたらポップなタイトル画面が現れた。
ゲームかよ! って言いたくなるのを呑み込み、『音を出してね!』と表示があるのでおとなしく従う。パーソナルアシスタント型AIってことは喋るんだろう。
マナーモードを切ると途端にポップなBGMが流れ、情報入力画面に移る。名前や年齢、身体情報、家族構成と項目が並ぶ。
「丹羽ケイタ、四〇歳、一七〇くらいでいいわな。六五キロ、一人暮らし……」
入力内容を読み上げるのは仕事のクセだ。決定っと。
「……あん?」
なんじゃこりゃ。完了画面が消えると、炊飯器が現れて、『タップしてね!』と書かれている。
なんだろう。既視感だ。これは……。タップすると炊飯器のパネルが点灯し、数字が当たりつき自販機みたいに回る。
「ガチャ……?」
俺の声に合わせて炊飯器がカパッと音を立てて開き、虹色の光が吹き出した。
現れたのは、白いフリフリのドレスを着た縦巻きロール金髪少女だった。見た目は高校生くらい。色白で容姿端麗。ほんのり頬を桃色に染めた少女は、パチっと青い瞳を開くと、にっこり微笑み、桜色の唇をそっと開いた。
「つやひめですわ。よろしくお願いしますの!」
「SSR! じゃねえよ!!」
画面に燦然と輝く虹色のレアリティ表示。つっこまざるにはいられなかった。説明書をあらためて見直す。
「パーソナルアシスタントAIは全部で百種類。お気に召すまま、あなただけの炊飯器との生活をお楽しみください! じゃねえよ! 誰だよこの企画通したやつ!」
ご丁寧に課金システムまで積んでやがる。気に入らなかったら引き直せと? 炊飯器に課金するとか発想が斜め上すぎるわ!
「ちなみにリセマラとかはできませんわよ」
「は?」
「まだベータ版ですので課金もできませんわ」
「ちょっと待て。待て待て待て!」
「なんですの?」
俺はマジマジと画面を見た。いま会話をしていた相手は間違いない。コイツだ。
「あの、あんまり見つめないでいただけます?」
金髪お嬢様が顔を赤らめて、俯く。
「お前、話せるの?」
「お前じゃありませんわ。つやひめですわ。丹羽ケイタさん」
「は? なんで?」
俺はまだ名乗ってもない。なんだこいつエスパーなのか。そんな俺を見て、お嬢様はおかしそうに笑う。
「さっきご自分で入力されたじゃありませんの」
「いや、あ、そうか……」
よし、落ち着こう。深呼吸だ。お嬢様は俺の深呼吸を見届けると、スカートの端をつまんでおじきをした。
「あらためて自己紹介いたしますわ。パーソナルアシスタントAI、つやひめですの。3ヶ月間お世話
になりますの」
「えっと。丹羽ケイタ、です。ん? 3ヶ月?」
「そうですわ。モニター期間は今年いっぱいですのよ。新生活応援セールに合わせて発売いたしますから、最終調整のモニターテストを行うのですわ。ご存知ありませんでしたの?」
きょとんとした顔でお嬢様が言う。不思議そうな顔で言われてもだ。
「昨日の飲み会で押し付けられたんだよ。酔っ払ってたし、ぶっちゃけ覚えてねえよ」
「まぁ! 押し付けられたとは随分なお言葉ですわね。わたくしでは不服ですの?」
頬をふくらませるお嬢様に俺は思わず目を逸らす。
「不服っつーか、最近、自炊してないんだよ」
三年前、俺に会社を譲ると、両親は孫可愛さに近所に住む妹夫婦と同居をはじめた。以来一人暮らしをしているわけだが、自炊は最初の一年くらいで面倒になり、近頃はもっぱらコンビニやら外食で済ませてしまっている。
言ってからチラリと視線を戻すと、お嬢様はそんなことお構いなしと言わんばかりにグッと両手に拳を握り、身を乗り出した。
「それでしたら自炊復帰ですわね! 健康的ですわ!」
こうして、俺と炊飯器の奇妙な同居生活は幕を開けた。
自炊、めんどくせぇ。