1 クレアバーンズと死神
「あら、もうあの世からお迎えが来たのかしら?」
「ほぉ 私が見えるのですか? まだその時ではないのですが」
真っ黒な正装に帽子、長い髪も真っ黒な男。死神に違いない。
わたしはクレアバーンズ62歳。今月になってベッドから起き上がれない状態になっていた。足元に佇む怪しい男は死神だろう。
「私が見えるという事は、あなたには何か心残りがおありのようだ」
「ええ、主人にはね私と結婚する前に想い合った女性がいたのよ。その方と結ばれていれば、もっと幸せな人生が送れたかも知れないと思うと申し訳なくて」
生まれつき体も弱く、この年まで生存できたのは偏に伴侶であるクロードのおかげだと感謝している。
「ふむ、それは貴方にとっても『別の人生』という選択があったかもしれないという事ですかな?」
「そうねぇ、三姉妹の長女だった私の人生はバーンズ商会に捧げたようなものでした。子どもにも恵まれず、夫を馬車馬のように働かせて、老いた今は不自由な体になった私の世話をさせている。一体クロードの人生は何だったんでしょう」
「生まれ変わったら、今度は別の男と結ばれたいですか?」
「夫には別の方と結ばれて欲しいわね。明るくて健康で子どもをいっぱい産んで、老後は夫を労ってくれる女性と」
「あなた自身はどうなんです? 今後の参考のために聞かせて下さい」
「私は私を愛してくれる人なら誰でもいいわ」
「ご主人は愛してくれなかったのですか?」
「いつからか・・・夫婦では無くなっていたわね」
「それは妻としては淋しい思いをされましたね。ご主人は浮気されていたのですか?」
「どうかしら、私は病弱だったし浮気も致し方ないと思って諦めていたわね」
死神は黒い手帳を覗き込んで何やら少し考え込んでいるようだ。
「ふむ、少し予定より早いのですが貴方の魂を然るべき場所に送りましょう」
「天国だとありがたいわ。死神さん」
***
「真面目だし見た目も悪くないのよ。騎士科にいるから体も頑丈そうで子爵家の三男よ。どう?」
「・・・・・・・・ナタリー?」
何故若いナタリーが目の前にいるんだろう?
ブルネットの彼女は瞳も茶色、私を見つめている。
彼女とは数年前から連絡は途切れていた。
私の幼馴染・・・親友。
「ポケ~としてどうしたのクレア? 私の話を聞いてた?」
「・・・・・それってクロードの事よね?」
「知ってたの? クレア、クロード様はハリソン子爵家のご令息よ」
「夢を見てるのかしら? 私は天国に召される所だったの」
「はぁ~ 寝不足なの? この話は保留にしておくわね」
ナタリーは彼女の婚約者ヘンリーの友人だったクロードを紹介してくれた子爵令嬢。
クロードは王立学園に通っていて私との面識は無かった。
ここは王都聖女子学園の教室。制服のリボンは水色で私は16歳の1年生って事ね。これは・・・死神が見せてくれている夢かしら。
「クレア大丈夫?また調子が悪いの?」
「ううん、素敵な夢だわ。体も軽いし、別の選択を得られたと解釈していいのかしら」
ナタリーは怪訝な顔をしているけど私は最高の気分よ。
後悔した過去を夢の中でもいいから変えてみたい。
「さっきのクロード様の話なんだけど彼には恋人がいるはずよ。私は遠慮しておくわ」
「そんなのヘンリーから聞いてないわ。なんでクレアは知ってるのよ」
「愛し合っていても親の許しが得られないと有名な噂よ。だからって私のような男爵家の娘に婿入りなんて気の毒だわ」
受け入れたら最後、クロードには商人という過酷な生活が待っている。
寡黙で素直な彼を私の家族はタダ働きの従業員扱いした。
粘って頑張ればクロードだって伯爵令嬢のミモザ様と結ばれるかもしれない。
「そんなの嘘よ。あり得ないわ。会ってみるだけでもどう?」
「有難いお話だけど、お断りしてもらえるかしら。ごめんなさい」
前回と同じくナタリーの紹介を一度はお断りした。でもナタリーは諦めてくれなかったわ。またクロードに会うことになる。もしも夢の続きがあるならば、その時にハッキリとお断りしよう。
読んで頂いて有難うございました。