幼馴染をフッたことを後悔して懺悔室に行ったら、幼馴染に懺悔を聞かれていた
「ずっと前から、奏汰のことが好きだったの」
放課後、幼馴染の斎木萌歌に体育館の裏に呼びされた僕は、黙って彼女の告白を聞いていた。
「私と……付き合ってくれませんか?」
肌寒い秋風が萌歌の黄金色のポニーテールをフワリとなびかせた。萌歌はスカートを抑えながら恥ずかしそうに顔を伏せていたが、僕が中々返事をしなかったため不安そうに顔を上げた。
「奏汰……?」
涙目になって僕の返事を待つ萌歌の姿を見た僕は、思わず彼女から目を背けてしまった。
「ごめん、萌歌」
普段はそんなことをしない萌歌が僕を体育館裏に呼び出した時から、もしかしてと僕は考えていた。でも、勇気を出して告白してくれた萌歌の気持ちに、僕は応えることが出来ない。
「かな、た……?」
「ごめん……とても嬉しいけど、なんていうか……僕の気持ちが定まらないんだ」
「だ、誰か好きな人がいるの?」
「う、うん。僕は、汐見会長のことが好きなんだ」
三年の汐見遥香先輩はこの高校の生徒会長で、容姿端麗で成績も優秀、しかも水泳で全国大会で優勝するというトンデモ人間で皆の憧れの的だ。汐見会長が去年の生徒会選挙に立候補する時に何故か僕を生徒会にスカウトし、僕は生徒会書紀として汐見会長と一緒にいる時間が増えていき、段々と惹かれるようになった。そして相対的に萌歌と関わる時間が減ってしまっていた。
「そ、そうなんだ……うん、汐見先輩のこと好きっていう男の子多いもんね……」
顔を伏せて体を震わせる萌歌を見て、僕は心を痛めていた。萌歌とは長い付き合いになるけれど勿論嫌いではない。ただ僕の心がまだ汐見会長の方を向いている以上、萌歌を余計に傷つけてしまうかもしれないと思った。
「そうだよね、私みたいなガサツで女の子らしくない奴じゃダメだよね。ごめんね奏汰、変なこと言って。奏汰ならきっと……は、はる……か先輩とやってけると思うから」
「そ、そんなことないよ。萌歌だって」
「それじゃ!」
「も、萌歌!?」
確かに普段の萌歌はガサツというか気性の荒い女の子だが、萌歌がこんなにしおらしくしているのを見るのは初めてだった。去り際、目から大粒の涙を流していたように見えた萌歌を見て僕は思わず追いかけようとしたが、足の早い萌歌に運動神経の悪い僕が追いつけるわけもなく、僕は罪悪感に襲われて胸を押さた。
これで良かった、これで良かったんだと、僕は自分に言い聞かせていた。
今日は、僕の十七回目の誕生日だった。萌歌は今日を特別な日だと考えて告白してくれたのだろう。
でも僕は、萌歌の誕生日プレゼントを受け取ることが出来なかった。
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萌歌からの告白を断った日から二週間程が経ち、僕達が通う学校では文化祭が開催されていた。僕は生徒会の一員として、実行委員の人達と連携しながら文化祭の円滑な進行のために様々な準備に追われていたけれど、当日は汐見会長のはからいで大きな仕事もなく文化祭を楽しむ時間を与えられた。
ただ、今年の文化祭にあまり気乗り出来なかった僕は学校中がお祭り騒ぎの中、生徒会室で雑務を片付けていた。去年は萌歌に捕まって一緒に学校を巡ったけど、今年はそんな気分じゃなかった。
「はい、奏汰ちゃんお疲れ」
生徒会室で書類と戦う僕に、汐見会長が差し入れとしてたこ焼きを買ってきてくれた。艷やかで腰ほどまで伸びた長い髪はいつ見ても綺麗で、時折見せる無邪気な笑顔がとても可愛らしい人だ。
「え、そんなものいいのに」
「良いから良いから、今日だって頑張ってくれてるんだし」
僕は書類を置いて爪楊枝を貰い、いただきます、とたこ焼きを一つ頬張った。思いの外たこ焼きは熱々でハフハフと口の中で冷やし、ようやく一噛みした時──中に入っていた劇物が僕の口の中で炸裂した。
「ほがぁっ!? か、からぁいいいいいいっ!!」
鼻腔を激しく刺激するワサビの風味は生物兵器クラスだ、死人が出てもおかしくない。僕が慌てて鼻を押さえながら水を飲んでいると、汐見会長は手を叩いて大笑いしていた。
「いやー、一年の子達の出し物でね。何かロシアンルーレットみたいに一個だけ変な物が入ってるんだってさ」
「げほっ、ごほっ……酷いです」
「ごめんごめん、奏汰ちゃん可愛いからさ。ついつい悪戯したくなっちゃうんだよね。いや、でもまさか一発目で当たるとは思わなかったよ」
孤高の優等生というイメージを強く持たれている汐見会長だが、こんな風に子どものようにお茶目な一面も持っていて、生徒会役員はよく汐見会長に悪戯をされる。この前は書類の中にゴで始まる黒光りの虫のオモチャを入れていて、汐見会長以外の生徒会役員が発狂していた。
「でも奏汰ちゃん本当に良いの? 一緒に文化祭を回る友達ぐらいいるでしょ?」
「ま、まぁいるっちゃいますけど」
「去年は金髪の可愛い女の子と一緒に脱出ゲームとかしてたでしょ?」
どうしてそんなことまで知っているのかと驚きつつ、僕は萌歌の事を思い出して胸が痛くなっていた。幼馴染の萌歌とは毎日のように学校で話していたけど、あの日以来同じクラスなのに全然言葉を交わさなくなってしまった。見た感じ萌歌は元気そうにやっているけれど、僕は萌歌になんて言葉をかければいいかわからなくなり、彼女を避けるようになってしまっていた。萌歌が僕に話しかけてくることもなくなってしまい、それが寂しくもあった。
「そういえばさ、奏汰ちゃんとその女の子の不仲説が流れてるんだけど、その噂ってホント?」
「え、えぇっ!? ど、どこからそんな噂が?」
「んー、まぁ生徒会メンバーってことだけは言っておくよ。それに最近の奏汰ちゃん、何だか元気がなさそうというか、いつも上の空って感じがするんだよね。それを紛らわすために仕事をしてるワーカホリックって感じ」
確かに、同じクラスの男子達から萌歌と何かあったのかと何度か聞かれたことがあった。鏡を見ても僕の顔に変化は見られないが、皆が気づくぐらいには僕もあの日の件で動揺していたらしい。まさか萌歌と別れたのかと聞かれたこともあったが、告白の件については黙っていた。そもそも僕と萌歌は付き合ってもいなかったのに。
「奏汰ちゃん、何か悩みがあるなら聞いてあげるよ? 私だって先輩だしさ。
学校のこと? ご家庭でのこと? もしかして……恋愛とか?」
僕は汐見会長の質問に答えず再び書類と格闘しているフリをしていたが、どうやら答えが顔に出てしまっていたのか汐見会長はクスッと笑っていた。
「そうだ、ウチのクラスがやってる出し物知ってる?」
「占い屋でしたっけ」
「そうそう。他にも懺悔室ってのもあるんだよ。何か吐き出したいことがあるなら行ってみたら? 吐き出すことで楽になることもあるよ」
「そうですね……では、お言葉に甘えて」
汐見会長に勧められて、僕は三年生のクラスがやっているという占いコーナーへ行ってみることにした。汐見会長の三年一組は占い屋になっていて、さらに空き教室を使って懺悔室を設けていた。どうやら中にいるシスターに匿名で懺悔することが出来るらしい。占い屋と同じ様にカーテンで教室の中も見えないようになっている。教室の入口に立っていた係の先輩に尋ねると丁度空いているとのことだったので、僕は懺悔室に足を踏み入れた。
カーテンに覆われた教室は黒い幕で真ん中で半分に区分けされていて、手前側に椅子がポツンと一個だけ置かれていて、向こう側にシスター、もとい聞き手である女子の先輩がいるようだ。汐見会長がその役じゃなくて助かったと思いつつ、中に入って椅子に座り教室の中をキョロキョロしていると、仕切りの幕の向こうから女の人の声が聞こえてきた。
『ここは懺悔室です。どんな些細な罪でも構いません、神の名のもとに心を開いて罪を告白してください』
シスターだろうか、緊張する心を落ち着かせるような柔らかく、優しい声だった。
「あの……懺悔します」
僕はこれまで一度も懺悔室というものに入ったことはない。本当は教会で決まった手順があるのかもしれないが、僕は顔を伏せてゆっくりと話し始めた。
「その、僕には幼馴染がいるんです。小学校からずっと一緒で、家も近くてよく一緒に遊んでいました。高校も一緒で今は同じクラスで、ちょっと前までは毎日のように一緒に登下校して学校でもよく話したりしました。
この前、その幼馴染から告白されたんです。でも僕は……何故か断ってしまったんです」
個人の特定を避けるために簡潔に経緯を話した。するとシスターは咳払いをしてから言う。
『貴方は、それを罪だと自覚しているのですか?』
「はい……その幼馴染はいつも元気で活発な子なんですけど、断ると見るからに元気が無くなっていて、その姿を見るととても心が痛くなったんです……」
告白の時の、あのおしとやかな雰囲気の萌歌もインパクトがあったが、やはり萌歌の元気のない姿を見るのは辛かった。かといって中途半端な気持ちでOKすると、余計に萌歌を傷つけてしまいそうだと僕は考えた。ただ……僕が考えていた以上に、僕は萌歌を傷つけてしまったかもしれない。
『ちなみに、どうしてその子の告白を断ったのですか?』
「僕には好きな先輩がいるんです。僕はその人に告白できてないですけど……先輩が卒業するまでに決心したいと思ってます」
三年の汐見会長は来年の春には卒業してしまう。遠く離れた名門大学に推薦で入学するため、そう簡単に会うことも出来なくなる。今度の生徒会選挙で僕に生徒会長を譲ったら遊び呆けるつもりらしいが。
『成程……貴方の中では、幼馴染より生徒会長の方が上だったということですね?』
「いや、上とか下っていう話じゃなくて、僕も決めあぐねてるんです。僕は先輩のことが好きだと思っていたのに、幼馴染に告白されて心が揺れ動いてしまって……でも先輩のことが諦めきれなくて」
『では生徒会長より幼馴染の方が好きなのですか?』
「うーん……」
どちらかを選べ、と迫られたら難しい選択だ。僕は汐見会長のことが好きだ。ただ萌歌のことはわからない。今までそう意識したことがなかったから、僕も僕自身の気持ちがわからないのだ。ただ、こうして今も動揺しているということは、好き寄りだということだろう。だからこそ僕は迷っているのだ。
……あれ? そういえば僕が好きな先輩が生徒会長だってこと言ったっけ? どこかで口を滑らせちゃったかな。
『ちなみにですが、その幼馴染という方はどんな女の子なんですか?』
「えぇっと……普段は元気さが売りで、どんなことにも物怖じせずに立ち向かっていくような子ですね。部活の大会でコンディションが悪くても、気合と根性で勝っちゃいますから」
萌歌は子どもの頃から活発で、よく男子と混じって外で遊んでいるような女の子だった。スポーツ万能で球技大会ともなればサッカーだろうがソフトボールだろうがエースクラスの活躍だ。当の本人は陸上部でただ走ることだけを極めたいらしいけど。
小学生の頃は髪もショートで一見すると男子か女子か判別しにくかったが、中学高校と進んですっかり女の子らしくなった。
『その子は可愛いんですか?』
「はい?」
『その子は可愛いんですか?』
「ま、まぁ……男子達にも人気がありますよ。も……その子に告白して断られた友達もたくさんいます」
休み時間に男子と混じって会話に参加する萌歌は、高嶺の花という存在ではないが人気は高い。多くの男子が萌歌を射止めようと告白してきたらしいが、「お前に興味はない!」と一蹴されてしまうらしい。それはやはり、萌歌が僕のことを好きだったからなのだろうか。
『貴方はその子を可愛いと思っているのですか?』
「はい?」
『貴方はその子のことを可愛いと思っているのかと聞いているんです。どうなんですか?』
「ま、まぁ……昔はかっこよさの方が勝ってましたけど、高校に入ってから色々とイメチェンしたというか、オシャレになって可愛くなったとは思います……」
シスターの物言いが急に威圧的になったような気がしたが、黒幕の向こう側から「フヒッ」という笑い声が聞こえてきた気がした。もしかしてバカにされてるのか?
シスターに対して少し不信感を抱いていると、シスターはコホンと咳払いをしてから言った。
『では、貴方は好きな生徒会長をどんな風に思ってるんですか?』
「その……先輩は皆の憧れの的で凄い優等生なんですけど、子どもみたいに悪戯好きだったり、平気そうに見えるのに虫とかホラーが苦手だったり、色々と面白い一面を持っているんです。それに色んな後輩のことを気にかけてくれるし、親身に接してくれるので……こんな人になりたいなって思います」
生徒会長になるべくしてなったなと納得いくような人だ。ずっと一緒にいると意外と自由人だなと感じることもあるが、その意外なフランクさが近づきやすくもあったのだ。
幕の向こうから「やっぱりギャップかぁ……」というシスターの声が聞こえてきたような気がしたが、気のせいだろうか……?
『コホン。貴方の罪の告白をお聞きしましたが、貴方は重罪です。残念ながら、神は貴方をお赦しにならないでしょう』
「え」
『貴方は赦されないことをしてしまいました』
懺悔室に行って赦されないことってあるの? 仏様でも念仏唱えたら赦してくれることもあるのに?
仕切りの幕の向こうから「許してあげないんだから……」って聞こえるんだけど? 滅茶苦茶怖いんだけど?
「あの、どうやったら僕は赦されるんですか?」
『貴方は、もう一度わた……失礼。もう一度幼馴染から告白されたら、どうお答えになるのですか?』
「うーん……」
シュンとする萌歌の姿を見たくなくて、OKするかもしれない。まずは友達からという風に答えようにも萌歌とは幼馴染だし……。
『それは「ウン」ですか? それとも「う~ん……」ですか?』
「あ、今のは悩んでるんです」
『はっきりしろや』
「あ、はい。すいません」
何だかシスターの当たりが強くなってきた気がする。懺悔室に行って説教されることあるの?
『貴方は私のことを……失礼』
私? 貴方今私って言ったよね?
『貴方はその幼馴染のことが嫌いなんですか?』
「いや、そんなことはない……です」
『じゃあなんで断ったんですか?』
「いや、だから僕は先輩のことが好きだって」
『その幼馴染のことは好きじゃないっていうんですか?』
「何か圧が強くなってきた!?」
なんでこのシスターはこんなに圧が強くてしかも幼馴染を推してくるんだ。いや、というか今更だけどこのシスターの声、何だか聞き覚えがある。
『その幼馴染がお嬢様のようにおしとやかだったら良かったですか? それともまだSっ気が足りないですか? あ、もしかしてメガネ? それともやっぱり男は皆体目当てだっての?』
「いや、別に幼馴染の性格とか容姿がダメってわけじゃなくて」
『じゃあ何だって言うんだよおぉん?』
何かさらに口が悪くなってきたなこのシスター。
「その……今まで一緒にいるのが当たり前だったから、今更付き合い始めてどうなるのかわからないし、もしも何かの拍子で別れることになったら、離れ離れになるのかなぁって思って……」
ここ二週間程、改めて萌歌に対する僕自身の気持ちを分析して出した結論がそれだ。僕は汐見先輩のことが好きだ、卒業した後も一緒にいたいと思っている。でも萌歌から告白されて、僕は萌歌と離れ離れになるという未来を初めて考えたのだ。それが今まで当たり前だったから、大切なものに気づいていなかったのかもしれない。
でも、萌歌とも汐見先輩とも一緒にいたいというのはワガママな話だ。仮に僕が汐見先輩に告白したとして、もしフラれたら萌歌と付き合うというのも虫が良すぎる話だ。
萌歌と付き合わないと決心したのは、僕なりのけじめでもあった。ただ……萌歌の落ち込んだ姿を見るのはショックだった。
『……ないもん』
「え?」
『そ、そんなことないもん!』
シスターが大声で叫ぶと同時に、教室を仕切っていた黒い幕がバッと剥がされた。すると向かい側からシスター……ではなく幼馴染の萌歌が姿を現した!
「も、萌歌!?」
萌歌がここにいることも驚きだが、ちゃんとシスターの格好をしているし金髪と相まって似合っているのも驚きだ。萌歌はワナワナと体を震わせながら言う。
「私はずっと奏汰のことが好きだから! 昔からも、これからもずっと!
私が奏汰のこと好きだって気づいてなかったの!?」
「うん……」
「うん、じゃねぇよこの鈍感ヤロー!」
言葉の勢いの割には、頭に入れられたチョップはあまり痛くなかった。
「憧れの先輩、しかも生徒会長とゴールしようだなんて奏汰は古いよ! まだ平成昭和のラブコメやってるつもりなの!? これからの時代は令和モデルの新しいラブコメが始まるんだよ!?」
「令和モデルのラブコメって?」
「幼馴染ルートに決まってるでしょ!?」
「いや、それは昔から絶え間なくあったと思うよ」
「ちょっとガサツな幼馴染でもハッピーエンド迎えたって良いでしょ!?」
「一周回って回帰する古典派芸術みたいじゃん」
萌歌は一人ワーワーと騒ぎながら地団駄を踏んでいた。うん、萌歌はこれぐらい元気な方が安心する。
「もう一回言うよ、私は奏汰のことが好きなの! 奏汰がわかるまで一生言い続けてやるんだから!」
それはもう洗脳じみた行為であり好意だ。うん、上手いこと言った気がする。
「ちなみにだけど、萌歌は僕のどんな所が好きなの?」
さっきシスター、もとい萌歌に聞かれたから聞き返してみる。僕はそんな人当たりが良いわけじゃなく、教室の隅っこで黙々と本を読んでいるのが好きな根暗な方の人間だ。僕が女子だったら僕みたいな奴のことは好きにならないし声をかけようとも思わない。
「そ、それは……そんなの、恥ずかしいじゃん……」
さっきまで威勢の良かった萌歌が急に恥ずかしがるようにモジモジとし始めた。その姿を見て僕は思わずドキッとしてしまった。
すっかり恥ずかしがって黙ってしまった萌歌、そんな萌歌の姿に動揺して僕がオロオロとする中、突然教室の扉が開かれた。
「いやー中々上手くいかないみたいだねぇお二人さん」
教室の中に入ってきたのは汐見会長だった。笑顔で僕達の方へやって来ると、モジモジとする萌歌の頭をポンポンと叩いていた。
「し、汐見会長? どうしてここに?」
「いや、だって一応ウチのクラスの出し物だから」
「部外者がシスターやってましたけど?」
「いや、だって許可出したの私だし」
「え?」
この教室は汐見先輩のクラスの出し物で使っているはずだ。学年の違う萌歌がシスターとしていることはおかしい。
「奏汰。その……ハルちゃん……会長は私の従姉なの」
「え」
「ウチのママの妹が萌歌ちゃんのママってわけ。萌歌ちゃんから話聞いてさ、ちょっと一芝居打たせてもらったってわけ」
「……え? 二人は従姉妹だったの?」
萌歌との付き合いは大分長くなるが、今初めて知った情報だ。萌歌と汐見会長は昔から知り合いで、僕にフラれて元気をなくした萌歌が会長に相談し、わざわざクラスの出し物を使って僕の本心を聞き出そうとしたのか。今度は僕じゃなくて萌歌と汐見会長の懺悔が始まる。
「ごめんね奏汰ちゃん。今回は悪戯とかじゃなくて、二人に仲直り……いや喧嘩したわけじゃないだろうけど、このままの状態だと二人共不幸になってしまうと思ってね。別に奏汰ちゃんに萌歌ちゃんと付き合えと言うわけじゃないさ、ただ今までと同じ様に幼馴染として接してあげてほしいんだよ」
「それは勿論、僕もそうしたいです」
てっきり萌歌はサバサバしているものかと思っていたけれど、僕が考えていた以上に僕のことを好きだったらしい。誕生日という特別な日に告白してくれたのに、僕はそのプレゼントを素直に受け取ることが出来なかった。まぁ原因は……そこにいるっちゃいるけれど。
「ね、ねぇ奏汰……私にも、まだチャンスはある……よね?」
「どういうこと?」
「お、急に鈍感系主人公」
「まださ、私のこと嫌いじゃないんでしょ……?」
「うん」
「もしかしたら、これから私のこと好きになる可能性もあるってことでしょ!?」
「まぁ、もしかしたら」
「じゃあ、絶対に私のこと好きにさせてやるんだから!」
萌歌は決意表明と共に僕に抱きついてきた。黄金色のポニーテールが揺れる。
すっかり元気になったようで良かった。もしかしたら僕は……ずっと萌歌と一緒にいたいのかもしれない、そう思った。
「そこまで」
だが、抱擁を交わす僕と萌歌を突然汐見会長が引き剥がした。
「し、汐見会長?」
「は、ハルちゃん?」
ウンウンと頷きながら僕と萌歌の感動的な瞬間を黙って聞いていた汐見会長は、笑顔で僕と萌歌の間に割って入ると口を開いた。
「確かに私は可愛い可愛い萌歌ちゃんのために協力してあげたけど、萌歌ちゃんと奏汰ちゃんが付き合うことを許したとは言ってない」
「親なの?」
「いや、従姉のはずなんだけど」
「だって、私も奏汰ちゃんのこと好きだから」
「「え?」」
汐見会長は僕の腕を掴むとそのまま抱きついてくる。萌歌よりも豊満な、その……それが僕の体に当たって、心臓の鼓動が急激に早くなる。
「いや~奏汰ちゃんが一年生の頃から良い子だな~って思ってたんだよね。真面目に仕事してくれるし要領も良くて、自覚ないのかもしれないけど人を引っ張ってくれる存在だと私は思ってる。ていうか、私のことを引っ張ってほしい」
「はい?」
「それに奏汰ちゃん小動物みたいで可愛いし」
「それって恋人とかじゃなくてペットとして好きってことじゃ?」
「ううん、違う違う。普段は大人しい奏汰ちゃんみたいな子がさ、裏では実は滅茶苦茶リードしてくるようなギャップがあるのって良いじゃん? 奏汰ちゃんベッドの上だと猛獣になりそうだし」
「「べ、ベッドォッ!?」」
何かわからないがこの人おかしいぞ。絶対に僕じゃない幻の僕を妄想して楽しんでるだけだよこれ。
「そ、そうなの奏汰……?」
「いや、そんなわけないじゃん……って経験ないからわかるわけないでしょ!」
「初々しいのも良いと思うよ、うん。私はどんな奏汰ちゃんでも受け入れられるから」
やっぱり僕は汐見会長のペット枠なんじゃないかと段々思い始めた。何だか思ってたよりぶっ飛んでる人かもしれないが、やっぱり面白そうな人だ。うん、僕もどんな汐見会長でも受け入れられるかもしれない。
「それにさ、奏汰ちゃんは私のこと好きなんでしょ? じゃあさ、もし私が奏汰ちゃんに告白したら付き合ってくれるの?」
「え」
「ちょ、ちょっとハルちゃん!?」
汐見会長が僕に告白……それは夢のようなシチュエーションだ。今だと雰囲気もクソもない。
「どう? 私は奏汰ちゃんのこと好きだよ。卒業したらちょっとの間離れ離れになっちゃうけど、奏汰ちゃんが頑張ってウチの大学入ってくれればいいしさ、その時は私の家に住めばいいし」
「えっと、その……」
「あ、勿論萌歌ちゃんをキープするのはダメだよ? 奏汰ちゃんには私のことだけを見ててほしい」
ヤバい汐見会長滅茶苦茶怖いかも。いや、確かに今までの付き合いの中でその片鱗が時折見えていた気もするけど、体が火照っているぐらいには僕の心は汐見会長を受け入れようとしていた。
「ダメダメダメ! まだそんな話は早いよ!」
僕に迫ってくる汐見会長の体を、今度は萌歌が引き剥がした。
「ハルちゃん! 奏汰のことを好きになったのは私の方が先なの!」
「おや? でも奏汰ちゃんが先に好きになったのは私の方だよね?」
「ぐぅ……」
いや、ぐうの音も出てないじゃん萌歌。
「でも、でも、好きなんだもん……」
ウルウルと涙目になってきた萌歌を見て流石に可哀想だと汐見会長も思ったのか、やれやれと溜息を吐いてから言った。
「じゃあこうしようか。私は可愛い可愛い萌歌ちゃんのために二人の卒業まで待ってあげるよ。そこで奏汰ちゃんに審判を問おうじゃないか」
「え、でもハルちゃんはもう卒業でしょ?」
「私が何もしないとは言ってないだろう? 勿論私もずっと奏汰ちゃんにラブコールを送り続ける、卒業した後も連絡を取り続けるだろうしこっちに帰ってくるか、もしかしたら奏汰ちゃんを攫っていっちゃうかもしれないからね。あと一年の少し、それまで奏汰ちゃんを二人で奪い合おうじゃないか」
これは……凄いことになりそうだ。まさか汐見会長も絡んでくるとは思わなかった。条件的には大分萌歌の方に有利に思えるが、要は僕の心がどっちに傾くかってことだ。
……来年卒業する時に、こんなに優柔不断な僕がどちらかを選べるのかなぁ?
「じゃあそれまで、私とハルちゃんは奏汰の彼女ってこと?」
「うーんそれも良いかもね。お試し期間だよ」
「いや、二人はそれで良いの!?」
「「奏汰(ちゃん)を射止めるためなら」」
「そ、そうなの……?」
実際には見えないが、目を合わせて笑い合う萌歌と汐見会長の間にバチバチと激しく火花が散っているように見えた。
高校を卒業する時の僕……任せたぞ。今の僕は決められなかった。決められなかったから未来の僕に決断を委ねるしかないんだ。
僕は、一体どっちを選ぶんだろう……?
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時が経つのは早く、僕が高校を卒業する日を迎えてしまった。僕が今日という日が来ないことをどれだけ神様に願っていたか、これまでの罪をどれだけ懺悔してきたか二人は知らないだろう。
「卒業おめでとう、二人共」
わざわざ遠方から戻ってきた汐見会長……いや今は遥香さんが待ち合わせ場所の海浜公園で出迎えてくれた。
「久しぶりハルちゃん。思ったより泣いちゃった」
「フフ、慣れ親しんだ場所を離れるのは辛いね。
いやぁ、それにしてもまさか二人共私の大学に来てくれるとは思わなかったね。これも愛が成せる業かな?」
遥香さんは推薦入学だったが、僕と萌歌は一般入試で遥香さんが通う大学に合格した。僕も萌歌も受験勉強で大分苦労したが、我ながら頑張ったと思う。まぁ遥香さんがサポートしてくれたおかげでもあるが。
「あの頃が懐かしいね……まだ私は生徒会長だった。萌歌ちゃんは大分可愛くなったね」
「ハルちゃんこそ、すっかり大人の女性って感じ」
「でも萌歌ちゃんのボディーは控えめのままだね」
「うるさぁいっ!」
僕の彼女の権利を巡って戦ってきた二人だが、今でも昔と変わらず仲が良い。いや、僕の好みの女性のタイプとか好きな映画とか好物まで、僕に関する情報をわざわざ二人で共有して戦ってるんだから、もはや仲間意識が芽生えているように見える。
「さて、長いようで短かかったね。あっという間だったよ」
「うん。約束通り、今日が審判の時だよ」
二人が僕の方を見る。今日、二人が僕に告白をするのだ。
「奏汰。ずっと、ずっと前から貴方のことが好きだった」
ポニーテールに赤いリボンを着けて、さらに一つ一つの仕草や所作がますます可愛くなってしまった萌歌。遥香さんという強大なライバルから僕を引き剥がすために研究を繰り返し、その並々ならぬ努力を僕はずっと近くで見てきた。
「奏汰君。君を初めて見た時から、好きで好きでしょうがなかった」
白シャツに黒のロングスカートというモノトーンなファッションで、高校の時よりも髪を伸ばして、元々の可愛さに大人の雰囲気が足されてますます綺麗になった遥香さん。毎日のように携帯で連絡してきたが、遥香さんと話すだけでとても楽しかった。
「「私と、付き合ってください」」
同時に二人からという異例の告白。単純に「はい」と答えてはいけない、僕は萌歌か遥香さんのどちらかを選ばないといけないのだ。
神様。
僕は懺悔しなければならないことがあります。
まだ、まだ僕はどっちか決められないんです!
どうか、こんな僕を赦してください────。
完。