Section1-1
十七年前、初冬。
当時、ビルの建設途中だった工事現場近くで。
夜間であるにも関わらず、一人の少年が膝を擦りむいたまま、夜道を歩いていた。
小学生だろうか。膝下から垂れていた血はすっかり乾いていたが、治療した様子は見受けられない。
少年は半べそになりながら。一人、途方に暮れるかのように夜空に浮かんだ三日月を見上げていた。
周囲に人の姿はなく、いるのはロボットだけだった。
その、ロボットたちの中に、彼。ブラックa2もいた。
怪我をしている少年を見つけた彼は、一時間ほど様子を見ていたが。
いつまでも家に帰る様子がなかったため、恐る恐る少年に近づいた。
アンドロイドたちには、人間に声を掛けると、最悪『人の心を持つ危険な不良品』として扱われ。処分される危険性があった。
けれど、相手が子供なら、自分たちをそんなふうに扱いはしないのではないか。
少年を見かねたブラックa2は、そこまで考えてから行動した。
「どうしましたか?」
道案内をするアンドロイドたちになるべく似せながら、少年に声を掛ける。
少年の視線が、ブラックa2に向けられた。
だが、その視線はすぐに地面へと落とされる。
「案内をご希望ですか? なんでもお尋ねください」
ブラックa2が再び声を掛けると、少年は拗ねるように答えた。
「……ロボットにはわかんないよ」
「何か、お困りのことがございますか?」
それでもブラックa2が尋ね続けると、少年はその場にしゃがみ込む。
どこにでもあるような、何気ない街灯が、二人を温かく照らし続けていた。
少年は嗚咽と、鼻をすする音を出して、言った。
「痛い……すごく、痛い」
「どこが痛みますか?」
ブラックa2もしゃがみ込み、少年に合わせる。
もしかしたら、擦りむいた箇所が痛むのかもしれない。雑菌でも入っただろうか?
そう思っていると、少年から予想外の言葉が返ってきた。
「喉が、胸が、足が、痛い……痛いよ……」
少年が顔を上げ、ブラックa2を見る。
両目から大粒の涙がぼろぼろ、こぼれ落ちていた。
よく見れば、彼の目元は涙で赤く腫れ、痛々しいほどだった。
だが、膝の擦り傷を除けば、他に外傷はなさそうに見える。
外傷がないのなら、身体の内側が損傷している?
しかし、痛む箇所を聞いた感じでは、内臓の損傷ではないだろう。
「……治療しましょう、案内します。立てますか?」
ブラックa2は、黒い腕を少年に差し伸べる。
少年は驚きの目を向けてから。その黒い手を掴んで、ふらつく足で立ち上がった。
それからブラックa2は近場の小さな内科病院へと向かった。
素人の自分が調べるよりも、専門的なアンドロイドに調べてもらったほうが早い。
この病院なら、情報が正しければ夜間でも、急患を受け入れている。
そう考えて、少年を連れて行った。
途中から、あまりにも少年の足取りが遅かったため背負い。
病院の扉前まで来て、インターホンを鳴らした。
ここで人間の医者が出てきたら『アウト』だろう。間違いなく自分は処分される。
『こちら、まな診療所です。急患ですか?』
インターホン越しに声が聞こえた。
これだけでは人かアンドロイドかわからない。
ブラックa2は、少しの迷いを見せてから、答えた。
「子供が一人、膝を怪我していたので連れてきました。喉と胸、足が痛いと言っています」
『わかりました。今、扉を開けます』
ガチャリ、とロックが解除される音がして。すぐに扉が開いた。
そしてやってきたのは、白い腕を持つ、医療福祉に携わる中性的な顔つきのアンドロイドだった。
相手はブラックa2を見ると、驚きの表情を見せてから、すぐに真剣な表情へと戻り。少年を院内へと招き入れた。
だが、その後をついて行こうとしたブラックa2を、白いアンドロイドは引き留める。
「彼はこちらでお預かりします、あなたは仕事に戻ってください」
「え、でも……」
「あなた、職場を抜け出してきたでしょう? これ以上は危険です」
そこまで言われて、白いアンドロイドが言わんとしていることを理解した。
職場を抜け出したことが人間にバレたら、その時点で処分されるかもしれない。
これ以上持ち場から離れているのは危険だ、そう言っているのだ。
「さあ、早く」
白いアンドロイドが急かす。
ブラックa2は来た道を急ぎ、駆け戻った。
少年の痛みが無事、取り除かれることを祈って。