八話 〝シルフ〟
「〝シルフ〟」
崩れた橋。
その割れ目へと歩み寄った私は小さく一言だけ呟く。
大気を微かに振動させるだけの言葉。
でも、それだけで十分だった。
「『ハイハイ。お呼びでしょうかねっ、て、おろろ? こりゃまた随分と乱暴に壊されちゃった橋だこと』」
森の奥のような、深緑に彩られた長髪を揺らしながら、何も無かった筈の虚空から、私の呼び掛けに応じて姿を表した中性的な相貌の少年の名を────〝シルフ〟。
有り体に言えば、風を司る森の精霊。
少年のような姿である事に加え、軽薄な口調から、幼い子供のように思ってしまうが、これでも千年以上生きている精霊さんである。
ウェルグ王家に伝わる〝精霊術〟であるが、その実、私達は〝精霊術〟を自在に使えるわけではない。
私達は常人より精霊に対する親和力が高いが故に精霊達とコミュニケーションが取れる。
そして、彼ら彼女らにお願いをして、力を貸して貰って〝精霊術〟を行使していた。
「ねえ、〝シルフ〟。これ、直せる?」
「『おいらを誰だと思ってんだか。橋を直す程度、朝飯前だねえ。でも、これは……』」
「これは?」
「『この近辺に、〝戦鬼〟か、そのレベルの怪力を持った人間でもいたのかねえ? これ、魔法を使用した痕跡一切ないんだけど』」
〝戦鬼〟。
それは、赤黒い肌を持った人を超えた怪物────魔物の一種。
その全長は人をゆうに上回り、大きく膨れ上がった筋肉を持つ怪力の魔物。
人の頭蓋など、果物のように容易に握り潰してしまえると聞く。
「どういう事だ、それ」
「『あ。ディティアの花ん時の子じゃん。随分とデカくなったねえ』」
馬車を後にした私を追いかけて来たのか。
駆け足でやって来たヨシュアに、親戚のおじさんのような物言いで〝シルフ〟が言葉を漏らした。
八年前、私がヨシュアと城を抜け出していた頃はまだ今ほど〝精霊術〟は達者ではなくて、視界いっぱいの花畑を満開にさせるには精霊本人から力を貸して貰う必要があった。
だから、〝シルフ〟にはその時、ヨシュアの前で力を貸して貰ってる。
それもあって、面識があった。
「ひ、ひと目で分かるんだ」
「『精霊は人とは違うからねえ。おいら達は各々が持つ魔力の質なんかで判断してるから、外見で判断してる人よりも正確性はあるだろうさ』」
私なんて声を聞いてもイマイチピンと来ず、明らかな答えでしかない言葉を貰って漸く、気付けた。
一度、それも一瞬だけ顔を合わせただけの〝シルフ〟がこうしてひと目で分かってしまう事に少しだけ納得いかなかったけど、どうにか飲み込む。
「『それで、どういう事か。についての質問だけど、こればかりは、言葉の通りとしか言いようがないね。この壊れた橋は、魔法によるものじゃない。誰かが、それこそハンマーでも持って力任せにドカン、と壊したんじゃないかな』」
分かりやすく説明する為のあえての一例。
しかし、だからこそあり得ないと言わずにはいられなかったのだろう。
ヨシュアは物言いたげな表情を浮かべていた。
基本的に橋には保護系統の魔法が掛けられている事が大半を占めている。
だから、生半可な攻撃では傷ひとつ付けられない筈だし、魔法なら兎も角、怪力任せの攻撃なら尚更に土台無理な話だと思ってしまう。
「……あぁ、そう言えば、最近奇妙な噂が出回ってたっけ」
そこに、クラウスさんまでもが話に混ざる。
〝シルフ〟の姿が珍しかったのか。
まじまじと物珍しそうに観察をしながら、言葉が続けられる。
「一応、アルフェリア公爵領に僕が向かった理由の一つが、君らの関係が問題なさそうかどうかを見て来る事だったんだけど、実はもう一つあったんだ」
「もう一つ……?」
「うん。ここ一、二ヶ月程度の話なんだけど、冒険者が行方不明になる事が立て続けに起こってるらしくてね。それで、冒険者を取り纏めてる〝ギルド〟が最近、本格的に動き出したんだけど、その中の一人が奇妙な事を言っていたらしい」
────黒く、大きな身体をもった化け物をみた、とね。
「……俺はその話、初耳なんだが」
「ちょ、話はまだ途中! 途中だから、怒らないで!!」
お前、いい加減にしろよ。
と言わんばかりに責め立ててくる視線に当てられてか。クラウスさんは必死に言い訳を重ねてどうにかヨシュアを宥めにかかっていた。
「……その本当かどうか分からない情報の出どころは、アルフェリアからは遠い場所だったんだよ。そして、その化物を見た時、黒い炭のような鉱石が辺りに散らばってたらしい」
「……それでお前、基本いつも出歩いていたのか」
「一応、これでもやる事はやってたんだよ。それと、ただでさえアルフェリアの当主になったばかりだってのに、更に面倒ごとを押し付けるわけにもいかないだろう」
クラウスさんのその一言には、私も心当たりがあった。
政務を手伝う中で、何というか。
引き継ぎのような内容が幾つかあった。
思えば、冷酷公爵の噂を聞くようになったのもここ一、二年のような気がする。
だとすれば手が回っていないのも頷ける話だし、クラウスさんが気を遣うのも分からないでもない。
「『黒い鉱石に、黒い化物かあ』」
「もしかして、〝シルフ〟は何か心当たりあるの?」
「『んー。あると言えばあるような。ないと言えば、ないような。なんか、記憶の隅にそれっぽい記憶があるような気がするんだけど……』」
眉間に皺を寄せながら、〝シルフ〟は考え込んでいた。
でも、上手いこと思い出せないのか。
うーん、うーん、と唸っていた。
「『まぁ兎に角、橋を先に直しておこうか。どうにも、困ってる人が結構いるみたいだし』」
後ろにいた商人らしき人達は、冷酷公爵という呼び名のせいか。
ヨシュアの姿を見て、たじろぎ、萎縮していた。それもあって、少しだけ気まずそうにするヨシュアの事を慮ってか。
パチン、と指を鳴らし、崩落していた橋の改修を始めてくれていた。
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