五話 手紙と王都
「うーん。困った」
私が、アルフェリア公爵領にやって来てから、早数週間。
ヨシュアから与えられていた私の私室にて。
机に積み上げられた紙の束を見詰めながら、私は溜息混じりに呟いた。
これが、ただの書類だとか。
ヨシュアの政務の手伝いによるものであれば、何も問題はなかった。
だが、私の目の前にある紙の束は、間違っても政務に関係しているものではなく————手紙の山。
実家、ウェルグ王家や、義母達と深く関係のある貴族諸侯から私にあてられた手紙であった。
勿論、中身は見ていない。
どうせ手紙の中身は嫌味ったらしい言葉の羅列だろうし、無視を続けとけばいいや。
と、放っておいたら、気付けばとんでもない数の量が溜まっていた。
考えられる線としては、相当暇なのか。
それとも、私の事を心配でもしてくれてるのか。
……うん。後者は天地がひっくり返ってもあり得ないな。やっぱり前者だろう。
「一応、中身を確認するべきなのかもだけど、どうせロクな事書かれてないだろうし」
見て損する事はあっても、見ないで損する事は恐らくはない。
だったら、私は「見ない」選択をする。
「よし、処分しよう」
ヨシュアに頼んで、ぼうっと火の魔法でひと思いに燃やして貰おう。
そう思いながら、私は机に積みあがっていた手紙を箱状の入れ物へと乱雑に詰め込んでゆく。
「今いいか、メルト」
「ヨシュア? どうしたの?」
そんな折、ドア越しに声をかけられる。
直後、ドアが押し開かれた先、何故かそこにはヨシュアだけではなくクラウスさんもいた。
別に私個人としては、それは構わなかったのだけど、どこか引き攣った表情を浮かべるクラウスさんの様子が印象的だった。
「……一向に帰らないこのサボり魔を、そろそろ王都に送り届けるつもりなんだが……もし良ければだが、メルトも一緒に王都に行くか?」
————あ、これヨシュアちょっと怒ってる。
普段よりも少しばかり低いヨシュアの声音から、私はそう理解した。
確かに、クラウスさんは何故かアルフェリア公爵家の人間。って感じがこれまでもどうしてかしなかった。
だからちょっとした違和感を抱いていたんだけど、先程、ヨシュアの口から言い放たれた「サボり魔」「一向に帰らない」という言葉のお陰で何となくだけど事情を把握してゆく。
「……良いの?」
「良いも何も、敵国の捕虜じゃあるまいし」
呆れられる。
幾ら和平の証とはいえ、あんまりアルフェリア公爵領の外に出歩かない方が良かったりするのかなとか思っていたから、少しだけその返事は意外だった。
「それに、メルトがアルフェリアに来てから、政務をずっと手伝って貰ってたし、その礼もしておきたい。だから本音を言うと、用がなければついて来て貰いたい」
「おーっと。そういう事なら僕はお邪魔虫になっちゃうよね。うんうん。僕の事は放っておいていいから、二人とも楽しんで……いだだだだ!! 耳! 耳引っ張るのはナシ!!」
そそくさと「それじゃあ!」と、手を挙げてその場を後にしようと試みるクラウスさんだったけど、ヨシュアにすぐ様捕獲されていた。
どうにも、王都に行くにあたって、クラウスさんの同行は必須であるらしい。
「政務が嫌だからって、いつまでもアルフェリアに居ようとするな。王城に戻って王子としての責務を果たしてこい」
「そ、そうは言っても、ちゃんと君達が仲良くしてるかを見届ける義務が僕にはあって」
……その発言で、色々と合点がいった。
どこかクラウスさんに親近感があったのは、似たような立場の人間だったからなのだろう。
加えて、そんなクラウスさんがアルフェリア公爵家にいた理由は、私とヨシュアの関係を見届ける為であったらしい。
「その仲が問題ない事を、王家の人間に伝えに行くついでにサボり魔の王子を一人返却しにいくだけだ。何もおかしな部分はないだろう」
「……そ、それは」
ヨシュアじゃだめだ。話にならない! 助けて、メルトさん!
クラウスさんの縋るような瞳が、私に向かってそう強く訴え掛けていた。
確かに、ここ数年、王城で政務に追われ続けていた私は人一倍理解が深い人間だと思う。
思う、んだけど。
「クラウスさん。諦めも肝心だと思います」
ここにいる私は、全てを諦めて三人分の政務をこなしていた人間である。
明らかに、クラウスさんは頼る人間を間違えていた。
「……そ、そうだね」
私の全てを諦め切った遠い目を前にして、クラウスさんも何か思うところがあったのか。
何故かすんなりと肯定してくれた。