四話 ディティアの花
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「あぁ、自分がダメになっていくのが手に取るように分かっちゃう」
アルフェリア公爵家にやって来てから、早くも二日が経過していた。
控え目すぎる政務。
温かいご飯が三食。
ふかふかのベッドに、嫌味を言う姉や義母もいない。
まさに天国。
何故かヨシュアも私に対して甘やかしてくるので、拍車を掛けて堕落しているのが分かる。
取り敢えず、ヨシュアは冷酷公爵という通称をさっさと返上した方が良いと思うんだ。
「……しかし、精霊術というのは凄いね。こうも簡単に植物を育てられるのか」
生まれに生まれた自由な時間を利用して、何も植えられず放置されていたアルフェリア公爵家本邸に位置する庭にて、昨日から精霊術を用いて植物を育て始めていた私に声がかかる。
声の主は、ヨシュアではなく、ヨシュアの友人のクラウスさん。
曰く、困ったことがあれば、クラウスに相談すると大抵の事は解決するぞ。
なんて説明を受けた為、私的に彼は、何でも屋さんというイメージだった。
「川の水を綺麗にしたり、物を直したり、精霊術には色々な用途がありますね。ただ、適度に使ってないと鈍っちゃうので、取り敢えずお花を育ててます」
精霊術の酷使は勘弁して……!!
とは言ったけど、まさか、一切使わなくて良いなどと言われるとは思ってもみなかった。
なので、腕が鈍らないように、庭の使用の許可を取って植物を育てさせて貰ってる。
「ちなみに、なんの植物を育ててるの?」
本来であればあり得ないスピードで成長している植物達。
しかし、それでも未だ花は咲かせられていない。だから、クラウスさんはそう尋ねて来ていたのだろう。
でも。
「それは、ですね……もう少しだけ内緒です」
焦らすように言葉をためた後、笑みを貼り付けながらそう答えると、クラウスさんは、ええー。みたいな落胆の表情を見せる。
でも、ごめんね。クラウスさん。
これは、誰よりもまずヨシュアに教えたいから。
「まぁ、いいや。にしても凄いね。精霊術ってのは。ウェルグ王国の……精霊術師って言うのかな? 彼ら彼女らは皆、君ぐらいの事は出来るのかな」
「どうなんでしょう。ここ数年は、基本的に私が全部押し付けられて全部管理とかしてましたから」
「へえ……って、全部!?」
加えて、政務もかなりの大部分を押し付けられていたので、本当にいつ倒れてもおかしくないくらいの仕事量だったと思う。
まぁ、根性でそこは何とかしてたけど。
「いや、まぁ、ヨシュアからとても優秀とは聞いてたけどさ……全部って……ええぇ」
「————それで、メルト。用ってなんだ?」
一人で声を漏らしながら驚くクラウスさんをよそに、庭へヨシュアがやって来る。
流石は公爵家本邸に設えられた庭。
規模がかなり大きかったので、二日もかかっちゃったけど、漸く準備が整ったので私はこうしてヨシュアを庭へ呼んでいた。
「用ってのはね、これの事。私達二人の再会といえばさ、やっぱりこれじゃない?」
そう言って私は、視界いっぱいに広がる庭に埋めた植物に視線を向けながら、精霊術を行使した。直後、周囲に、粒子のような小さな丸い光が突として生まれ、溢れ出した。
もう、八年も昔の話。
嫌われ者同士だった事もあり、周囲からの関心が薄かった私達は、何度かウェルグの城を抜け出した事があった。
「————ディティアの花」
その時に見つけたのが、ディティアの花畑だった。
溢れ出した光の粒子は、庭に植えられた葉に浸透し、成長を促して花を咲かせてゆく。
黄色に光り輝く花が、周囲一面を埋め尽くす。
「へえ」
遠慮ない精霊術の行使に驚いてか。
クラウスさんは側で感嘆の声をあげていた。
『私で言えば、精霊術。ヨシュアでいえば、魔法。確かに私達があんまり良く思われてないのはこれが原因になってるんだと思う。でもさ、私達の力はこんなにも凄いものだよ。だから————私は誇るべきものだと思ってる。少なくとも、要らないものなんかじゃない』
……勿論、だからといって虐げられて良いってわけじゃないんだけどさ。
そう言って愚痴りあった過去を懐かしむ。
まだ花を咲かせていなかったディティアの花を、私が精霊術を用いて満開に変えて、花畑を作って自慢した過去が思い起こされる。
そして、ヨシュアが初めて私に笑顔を向けてくれたのが、その時だった。
だから、私達の再会にはこれが相応しいと思わずにはいられなくて。
「これからよろしくね、ヨシュア」
手を差し伸べる。
ヨシュアは花に対して驚いていたけどそれも刹那。
差し伸ばした手を握り返しながら、
「ああ。こちらこそよろしくな、メルト」
八年前とよく似たやり取りを交わした。
屈託のない笑みを浮かべ、私はこれからの日々に胸を弾ませた。
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