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三十話 クラウスとヨシュア

 †


 亀裂なんてものは、生まれたその時から存在した。


 アルフェリア公爵家を象徴する比類なき魔法の才。それは、世代を経るごとに薄れてゆき、王国の武とまで称された魔法師の一族としてのアルフェリアは過去のものと化していた。

 しかしだからこそ、アルフェリア公爵家は王国の中でも特に血を重んじる家となった。


 魔法の才ではなく、誇り高きアルフェリア公爵家の先祖の『血』を色濃く受け継ぐ己らは、貴き存在であるのだと。

 そう言い聞かせる事で、最後の一線をどうにか保っていたのだ。

 けれど、その一線はヨシュア・アルフェリアが生まれた事によって越えられた。


 『天才』などという言葉すら生温い。

 あれは、まさしく、ノーズレッド王国を興したかつての王が全幅の信頼を寄せていたアルフェリアを体現するような存在。

 名の知れた魔法師達ですら、『怪物』と言わずにはいられない才能の持ち主であった。


 本来であれば、諸手を挙げて称賛すべき事。

 しかし、肝心のアルフェリア公爵家の家中は、全くもって穏やかではなかった。

 ヨシュアは正妻の子ではない。

 にもかかわらず、アルフェリアにこれ以上なく「相応しい」人間だった。


 それはまるで、己らを真っ向から否定しているようではないか。

 アルフェリアの人間として誇れる唯一の拠り所である貴き血である事さえもヨシュアという存在が否定した。


 そして、嫡男であったクゼドは真っ先に、己が得るべき立場をヨシュアに奪われるのではないかと危惧し、遠ざけた。

 その為に、ヨシュアが家から出ざるを得ない状況さえも作ってみせた。

 父も、弟も、血を重んじる人間であったからこそ、クゼドを支持した。


 己らへ対する嫌味のような存在であったヨシュアへの風当たりは、それらの経緯ゆえに、特に厳しいものであった。


 ヨシュアは何も悪くない。

 悪いのは、押し付けたクゼドやその周囲の人間だ。ヨシュアが責められる理由は何処にもない。生まれてきた事自体が罪深い。

 そんな暴論が、認められる筈がない。


 だからこそ、ヨシュアは何も悪くなかった。

 そもそも、あんな純粋で揶揄い甲斐のあるやつを責める方がどうかしてる。

 そう、クラウスは目の前で水で作られた縄のようなもので拘束されるクゼドの考えている事を予測しながら、侮蔑の眼差しを向けて言葉を口にした。


「あいつはさ、良くも悪くも単純な奴だよ」


 メルト達がいなくなった城の中。

 名目としてはミネルバへの見舞い────という事でやって来たクゼドを迎え入れたクラウスは、弟に挨拶をしたいと口にする彼を身代わりがいる場所へと案内をした。

 だが、部屋から破壊音が聞こえたと思った直後、ドアを慌てて押し開けるとそこには拘束されたクゼドの姿があった。

 口の付近まで拘束されており、もごもごと声が聞こえる。隙間から時々、怨嗟の声のような、憎悪の言葉が漏れていた。

 「邪魔をするな」「ふざけるな」「ぶっ殺す」など、赫怒の形相で必死の抵抗で拘束から逃れようともがく。

 とはいえ、クゼドにヨシュア達を害する意思があった事は明白だった為、彼の行為に対してのクラウスの驚きは少なかった。


「お前らはヨシュアを最初から最後まで敵視してたから、勝手に被害妄想を膨らませてたんだろうけど、ヨシュアが魔法を本格的に学び出した理由は、アルフェリア公爵家の当主になりたい────なんて理由じゃないよ。寧ろ逆だ。ヨシュアはよく言ってたよ、さっさと家を出たいって」

「────」


 クラウスのその一言で、クゼドの動きが止まる。大きく見開かれた瞳は、そんな訳があるかと訴え掛けていた。

 しかし、クラウスに嘘を吐いている様子もなく、彼とヨシュアの関係は誰もが知るところ。

 だから、「有り得ない」と一蹴しようにも、素直に一蹴する事は出来なかった。


「簡単な話だよ。ヨシュアは、一人の女の子を国から助け出したかったんだ。助け出して、二人でかつて一緒に語った『自由』に生きてみるって事をしてみたかったらしい」


 けれど、国を出てしまえばどれだけ有名な家の出であれ、地位で飯は食えない。

 だから、生きる術としての魔法を身に付ける事にした。

 もし、断られたとしても、身に付けた魔法で何か力になれる事はきっとあるだろうから。


 ヨシュアが魔法を学ぼうと決めた理由は、そんなものだ。

 それが昔、クラウスの前で一度だけ語られたヨシュアの本音だった。

 故に、クラウスは単純な奴と口にしていた。


「だから、お前らから何かを奪う気なんてヨシュアには更々なかったんだよ。勝手にお前らが暴走して、勝手に失っただけ。誰のせいでもない。これは、お前ら自身のせいだ」


 酷薄に目を細めながら、普段とは異なる一切の感情が籠らない声音でクラウスが淡々と告げる。

 普段の適当気質な彼を知っていたからこそ、クゼドはその普段とのギャップに萎縮せずにはいられない。


 だが、知っている人間は知っている。

 クラウスの本質は、元々はコレだ。

 ヨシュアと出会う前は、『冷酷』という言葉がヨシュア以上に似合う人間。

 それがクラウスだった。


「……僕も、ノーズレッドの王族だ。自国の貴族がこれまでのノーズレッドを支えてくれた事は知ってる。それに感謝もしてる。だから、本当にミネルバ卿の事をお前が心配してくれた可能性も信じてはいたんだよ」


 けれど、ものの見事に裏切られたと。

 それどころか、己の欲に突き動かされ、全く関係のないメルトまで巻き込むつもりだったのだろう。

 水のようなもので覆われ、無力化されてはいたが、側に転がる鉱石の存在からそれを一瞥したクラウスは断じた。


「その結果が、これだ」


 恐らくは、他国と共謀してノーズレッドを陥れようとしていた件にも絡んでいるのだろう。

 最早、弁明の余地すらない。


「やっぱり、あの時、処罰をもっと重くしておくべきだったね」


 ヨシュアは、己と今後一切、関わらない事。

 城に立ち入らないこと。

 それらを最低限の条件に、あとは好きにしてくれと放り投げた事で、辺境に強制的に隠居させる事で決着がついた。


 流石に公爵家の人間である事。

 国を売る等の行為をした訳でもなく、あくまで身内のごたごただった為に、その程度で済んでいた。だが────今回は違う。


 何より、クラウスの親友にとって大事な人を、国にとっても大事な人間を害そうとした。

 何処の国の仕業なのか。

 その正体については恐らく、使い捨ての駒程度にしか思われていなかったクゼドは知らないだろう。知っていたとしても、それが本当の情報である可能性は極めて低い。


 だったら、もうこの場でクゼドの処遇を決めるべきだ。ここまで証拠が揃っている。

 ならば────。


「クラウス王子殿下」


 言葉なくとも分かるほどに身体から溢れ出す剣呑な雰囲気。そこに秘められた殺意を理解してか。思い止まれと言わんばかりに声が投げかけられた。


「……ミネルバ卿」

「まさかと思って追いかけて来ましたが、やはり、こうなりおるのか」


 どのみち、クゼドの身柄は理由をつけて軟禁するつもりではあった。

 しかし、叶うならば、こちらの思い違いであってくれ。その感情は、こうして駆け付けたミネルバも同じであった。


 だが、目の前に広がる光景から、やはり思い違いでもなんでもなかったのだと理解をして、彼もまた、侮蔑の眼差しを向けた。


「……処遇は追って決めるとして、ひとまず、人を呼びましょうぞ」

「いや、処遇は今、決めよう。他に何かをされる危険性の方が高いからね」


 人を呼ぶべき。

 ミネルバのその言葉は紛れもなく正しい。

 けれど、クラウスはその言に頷かず、腰に下げていた剣の柄に手を掛けた。


 然程の情すらも籠っていないその声音は、底冷えする程に低かった。

 このまま放っておけば、クラウスは剣を抜き、クゼドを殺してしまうだろう。

 そう思えるだけの覚悟と圧力がひしひしと感じられた。

 だからこそ。


「……クラウス王子殿下。メルト殿が扱う〝精霊術〟には、魔法とは異なる奇妙な術も多いのだとか。生かしていれば、情報を引き出せるかもしれませぬぞ」


 我を失いかけていたクラウスを、ミネルバは言葉を重ねる事で思いとどまらせる。

 ミネルバの言葉に逡巡してか、クラウスの動きが一瞬ばかし止まった。


 その間に、本気で殺す気か……!?

 と言わんばかりに、瞳を揺らして怯えの感情を伝えてくるクゼドの存在を認識して、閉じた口を再び開く。


「……自分がした事が自分に返ってくるだけさ。何もおかしな事なんてないだろうに」


 彼は紛れもなく、ミネルバやヨシュア達を殺そうと明確な殺意をもって行動していた。

 ならば、その報いを受ける事になっても仕方がない事だろう。


「それと、僕自身、個人的にヨシュアには恩があってね。無理を言ってお願いを聞いて貰った手前、このくらいはしないと申し訳が立たなくなる」


 クゼドのヨシュアに対する憎悪は揺るぎなきもの。このまま放っておけば、危険に晒す事になる可能性が高い。

 流石に今回の件で軽くない処分が下されるだろうが、後顧の憂いは今、断っておくべきだ。


「なぁに、簡単な話だよ。ヨシュアは、クソつまらない僕の世界を色づけてくれた人間なだけだ」


 瞳に懐古の色を奔らせながら、懐かしむようにクラウスは告げる。


 ヨシュア自身は、クラウスの事をひたすら一方的に構ってくる変人。

 なんて思っているが、それは半分正解で半分不正解だった。


 王子殿下という立場上、クラウスは友人と言える友人を持てない人間だった。

 王から禁じられていた訳ではない。

 王子殿下故に、誰もがクラウスに「遠慮」を覚える。だから、本当の友人と言える存在は本来、クラウスは持てない筈の人間だった。


 王位継承権は第一位。

 次期国王と召されている人間に、誰が気安く接する事が出来ようか。

 故に、次第にクラウスはこの世界を「クソつまらない」世界と称すようになった。


 そんな時だった。

 彼は、ヨシュアと出会った。


 不敬を買って家を追い出される事になろうが、寧ろ望むところ。

 家がどうなろうと、己を虐げる人間しかいないし、最悪、まぁいいか。


 という理由で、クラウスに唯一、ぞんざいな態度を貫いていたのがヨシュアだった。


 だから、気になって話しかけてみれば、第一声が邪魔をしないでくれ。だった。

 その反応がクラウスにとって新鮮で、面白くて、気付けば、付き纏うようになっていた。


 交わす言葉その一つ一つが面白くて、楽しくて、常に掛かっていた暗い紗のようなものはいつの間にか取り払われていた。


「だから────」


 一方的に名乗っているだけとはいえ、親友だからこそ、ここで情を見せてやる訳にはいかないんだよね。

 いつになく冷酷に、クゼドの処罰を行おうと試みるクラウスであったが、直後、開きっぱなしになっていた窓から何かが飛び込んできた。


 うわっぷ!?

 などと、聞き覚えのある声と共に、大きく響き渡る衝突音。小さく巻き上がる砂埃。

 映り込んだ三人分の人影にはクラウスも見覚えしかなかった。


「……も、もう二度とやりたくない……」

「『だから言ったじゃん。荒っぽいけど良いかって。でも、そのお陰でほら』」


 ────ちゃんと間に合ったっぽい。


 〝シルフ〟が口にすると同時、身体を起こしながらメルト────私は、周囲に目をやる。

 そこには、拘束された一人の男性と、クラウスさんとミネルバさんがいた。

 風を移動手段として使うと聞いた時、もっとふんわりした感じかと思ってたけど全然違った。もう二度とやりたくないとは思うけど、本当に間に合ったっぽいから今回だけは良しとする。

 良かった。みんな大丈夫そう。


「……えと、それで、えと」


 間違ってたら申し訳ないから、名指しで言っていいものかと悩む。

 多分、拘束されてるこの人がヨシュアの血縁上のお兄さんなんだろうけど、何というか、容姿が全然似てないからはっきりこの人!

 と言えない私がいた。

 そんな中。


「……もう二度と、会う事はないものだと思ってた。クゼド」


 ヨシュアが口にした言葉が、私の考えが正しかったのだと肯定をした。


 やっぱりこの紫髪の人が、ヨシュアのお兄さん。

 クゼド・アルフェリアなのだと理解をした。

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