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二十九話 隠していたもの

「『それにしても、随分と嫌われてるんだね。ディティアの花の子は』」


 先のやり取りを目にしたからか。

 あれからまた更に、数体ほどの魔物を倒した後、幾度となく周囲から同じ反応を向けられていたヨシュアに対して、〝シルフ〟はそんな呟きを漏らしていた。


「『なのに助けるんだ』」


 ヨシュア自身の境遇も、背景も、何も知らないにもかかわらず、『冷酷公爵』と断じ、恐れ、畏怖し、負の感情を向けるような相手をどうして助けるのだと、〝シルフ〟は指摘していた。

 少しだけ、意地悪な質問な気もした。

 だけど、ヨシュアは渋面を見せる素振りもなく、あっけらかんとして答えた。


「たった一人、俺を俺として見てくれる人間がいるなら、有象無象の評価なぞどうでもいい。だから、嫌われていようが気にしない。ただ俺は貴族としての責務を果たすまで」


 要するに、民草を守るのだと。


「クラウスに言い包められた感は否めないが、それでも貴族になる事で助けられるなら安いものだった。その機会をくれたんだ。貴族としての責務くらい果たしてやるさ」


 ────何より、それが巡り巡ってメルトを守る事にも繋がるのだから。

 こうして手を貸して貰っている以上、本末転倒になってしまっている感は否めないが、それでも。


 そう言って、ヨシュアは微かに相好を崩した。


「『……皮肉なもんだね。本当は〝ど〟がつくほどに優しい性格をしてるってのに』」


 なのに、実際はそれとは真逆の『冷酷公爵』なんて蔑称で呼ばれている。


「……さてな」


 ヨシュアは嘯き、ざり、と足音を立てた。

 それが魔法の始動の合図。


 ヴーン、と空気が振動する音と共に薄黄色の膜のようなものがヨシュアを中心として広がってゆく。

 魔法師の中でも使える人間はひと握り。

 きっと、大陸全土を見渡しても、その数は片手で事足りるのではないだろうか。

 過去を遡っても、使える人間は恐らく数える程度にしかいないその魔法の名を────〝空間制御〟。


「『じゃなくちゃ、八年前のあの時、あの言葉(、、、、)は出てこないよ』」


 〝シルフ〟とヨシュアの間で完結する会話が交わされる。

 ただ、私一人だけ仲間外れにされてる感じがして物寂しかった。

 だから、何の話だろうかと思って二人に尋ねてみる事にした。


「ねえ、二人とも。あの言葉って?」

「…………」


 一瞬のヨシュアの逡巡。


「なあ、覚えてるかメルト。俺が八年前、別れ際に口にした言葉を」


 正直に言ってしまうか。

 はぐらかすか。

 きっとそんな考えを抱いていたが為に渋い顔を浮かべるヨシュアだったけど、程なく話が振られる。


 長いようで短かった付き合い。

 たった一ヶ月程度だったけど、濃密な日々を共に過ごした仲だ。

 別れ際に口にされた言葉は勿論、覚えている。


『────魔法を学ぶ理由が出来た。だから、俺はちゃんと魔法を学ぶ事にする。それで、凄い魔法師になる事にする』


 生まれ持った才能を疎まれて。

 それ故に虐げられて。

 そして居場所を見つけられず、一人で殻にこもっていた筈のヨシュアは別れ際に私にそんな言葉を言い放った。


 誰よりも魔法師という存在を嫌悪していた筈のヨシュアがそう口にした。

 その理由はきっと、見返すだとか、生まれ持った才能を活かしてやるといった反骨精神によるものだと思った。

 私も、そんな感情を持ってるから反射的にそうであると理解していた。


「精霊には嘘はつけないから。だから、出来る限り、嘘をつかなくていい言い回しをするしかなかった。本音は少し恥ずかしくて隠したかったから。だから、あの言い方になった」


 けれども、あえてその言い回しを選んだ事によってその場に居合わせていた〝シルフ〟には、己の胸中を隠し切れなかった。

 だから、〝シルフ〟だけは知っているのだとヨシュアは口にした。


「本当は、こう言いたかったんだ────」


 私とヨシュアの視線が交錯する。

 でも、それは一瞬だけ。

 正面から言葉を口にする事は気恥ずかしいのか、遠い日々を思い返すようにヨシュアは空を仰いだ。


「────魔法を学ぶ理由が出来た。だから、俺はちゃんと魔法を学ぶ事にする。そして、メルトを守れるような、凄い魔法師を目指してみる」

「────」


 反射的に頭の中が真っ白になった。

 聞いたのは私だ。

 踏み込んだのは、私だ。

 だけど、この返答は予想出来る訳がない。


 というか、私を、守る?

 なんで? どうしてそうなった?


 ひゅ、と自分の息がいつの間にか止まって、思案が物凄い速さで行われる。

 でも、何も分からない。

 それどころか、私、何か聞き間違えてない? としか思えない。

 もしそうなら私の自意識過剰とか、そんな笑い話で済む。だけど、その可能性を私自身の頭の中がしきりに否定してくる。


「というより、あの時はそれを除いて俺に出来そうな事が浮かばなかったんだ」


 身分や地位はお互いにどっこいどっこい。

 かといって精神面では寧ろ助けられる側。

 八年前の当時の子供の頭で頑張って考えて、自分に出来そうな事。


 そう考えて出した結論が、魔法師として力になる。たった一人の友人の為に自分が力になれるとすれば、それしか無いと思ったと、言葉が続けられた。


「ただ、八年の間にいろんな縁に恵まれて、出来る事の範囲が広がった。これに関しては、陛下やクラウスのお陰ではあるな。後者に関しては、お節介を焼き過ぎるきらいがあるから、素直に感謝したくはないがな」


 言われて漸く、〝シルフ〟が優し過ぎると口にした理由が分かった。

 多分、私がこうしてアルフェリア公爵家に嫁ぐ事になった理由がきっと。


「だって、そうだろ。俺はただ大切な人って言っただけなのに、必死に隠そうとした事まで見透かして、余計な節介を焼いてくるとか、自称とはいえ親友失格だろ」

「あのね、ヨシュア────」


 ────親友だからこそ、指摘してやったんだよ。


 したり顔でそう口にするクラウスさんの様子が浮かんでいたけれど、彼への弁明を行う事もせず、私は己が嫁ぐ事になった理由についての話を切り出そうとして。


「それと、そこの精霊の言葉は不十分だ。俺が優しく出来るのは、メルトだけだ。大好きな人に対してだから、優しく出来る。それだけだ」


 だけど、続きの言葉を私は紡げなかった。

 何故ならば、それは本来、口にしようとしていた言葉そもそもの根本を揺るがす発言であったから。


 きっと、家族とか、友達とか、そういった対象に向ける『大好き』であるならば、私は言葉を止めなかったと思う。

 でも、恋愛とかに相当鈍ちんな私でも分かるくらい、それはちっとも隠そうともせずに私の耳にまで届いた。

 舌に乗せられた熱量が違うと分かってしまったが最後、自分自身を誤魔化す事すら出来なくなる。


「本当は最後まで隠しておくつもりだったんだが、メルトが色々勘違いしてそうだし、打算ありきでクラウスの提案に頷いた俺の良心が耐えられそうになかった」


 誰かを騙すのはいい。

 自分や他者を欺くことなんて今更だ。


 けれど、それをする対象が『大好きな人』に代わると、どうにもそれは適応されないらしい。なんて言葉がぼそりと口にされた。


「一応言っておくが、メルトじゃなかったらあんな行為をそもそも許容してない。俺がメルトの側にいられるならって、自分の欲望に従った結果、こうなっただけだ。俺が謝る事はあっても、メルトが俺に感謝する必要はない」

「……ぇ、ぁ、う、うん」


 まだ頭の中の整理がついていない私は、生返事をしてしまう。

 何を言われたのか、正確に理解出来てない気がする。ううん、絶対理解出来てない。


「でも、だけど……もし、こんな俺を受け入れてくれるのなら、その時は────」

「『メルト』」


 そして、喉の奥を震わせるヨシュアから大事な事が紡がれようとしたその時、チクリ、と静電気のようなぴりぴりした痛みが走った。

 同時、〝シルフ〟からも名前を呼ばれたせいで、ヨシュアの言葉が聞き取れなかった。


「……身代わりが消えた、ね」


 〝シルフ〟が私の名を呼んだ理由は、城に残してきた筈の身代わりが消えたから。

 一応、私が行使した〝精霊術〟でもあるから、私にも消えたらその事が伝わるようにしてたけど、〝シルフ〟の方が一足早かったみたい。


「あの、ヨシュア」


 聞こえなかったフリをしたい訳じゃない。

 私の関係が少なからず、変わるかもしれない事を覚悟の上でこうして話してくれたんだ。

 だったら、ちゃんとその事については真摯に応えるのが筋だ。

 ただ。


「これが終わったら、私からも話をさせて欲しい。それじゃ、だめかな」


 ただ、今はタイミングが悪かった。

 せめて、この騒動が終わってから。

 それじゃあだめだろうか。


 そう思って問いかけてみると、言葉を遮られたにもかかわらず、ヨシュアは怒る事もなく小さく首肯をする事で答えてくれた。


「……相変わらずだな」

「?」

「相変わらず、どこまでもメルトは誠実だよなと思ってな。でも、そういうメルトだからあの時の俺は唯一心を許せたんだと思う。そして、好きになったんだろうな」


 吐露してしまったのだから、もう隠す理由もない。

 そう言わんばかりに、ちっとも隠そうともせずに「好き」って言葉を絡めてくる。

 とは言っても、この「好き」は親愛的な意味合いなんだろうけど。

 だけど、恋愛から縁遠かった人間からすれば割と心臓に悪い言葉ではあるので控えて貰えると嬉しいんだけれども。


「ん、んんっ」


 考え出したらひたすらに、堂々巡り。

 そろそろ慣れない事を考え過ぎて私の頭が爆発でもしそうだったので、咳払いを一つ。

 そうして無理矢理にその話題から目を逸らす事にした。


「……み、身代わりも消えちゃったし、ひとまず〝結界術〟の方を頑張ろっか」


 現実から目を逸らすように苦笑いを交えながら、私はヨシュアが展開してくれている〝空間制御〟に〝精霊術〟を合わせる。

 魔法師で言う「魔力」にあたるもの。

 強いて言うならば、〝精霊力〟か。


 それを展開される〝空間制御〟に合わせて、私は張り巡らせてゆく。

 〝結界術〟と言われて、私は真っ先に、結界を張って、爆発なりを止めるのだと思った。

 けれど、


「『中和させるんだ。禁術指定までされている〝闇魔法〟であるけれど、ある状況下に限り、中和されて〝闇瘴石〟の効果が一切発動しなくなるから』」


 結界もどきを展開するだけなら、魔法師一人でも出来る。〝空間制御〟の真似事ならば、〝精霊術〟でも出来ない事はない。

 だけど、これは〝シルフ〟の言う通り、魔法師と精霊術師の二人がいないと成立しなかった。


「────ゆ、き?」


 何処からともなく声が聞こえた。

 遠い北の大地では、雪と呼ばれるものが空から降り注ぐらしい。

 私は〝ウンディーネ〟が何度か見せてくれる機会があったから、割と馴染みのあるものだった。


 ぽつり、ぽつりと降り注ぐ白色のソレは、聞こえた声の言う通り、雪であった。

 けれど、その雪は淡い光を纏っており、本来の雪とは異なっていた。


 それもその筈。

 これは、魔法師が張り巡らせた〝空間制御〟の魔法に、〝精霊術〟を合わせて混ぜ込んだいわば、魔力の小さな塊。


「『位置を知る必要があったのは、展開する範囲を調整する為。出来る事なら、二人の負担は減らしてあげたかったから』」


 無闇矢鱈に王都全域に。

 そうした場合、〝シルフ〟から手助けを得られる私は兎も角、ヨシュアの負担が大き過ぎる。

 それ故の行為だったのだと説明がされた。


「『魔法と精霊術の両方を扱える人間がそもそもいないのは、中和が起きるからなんだよねえ。同時に行使しようとしても、発動すらしない。なにせ、中和が起きてるから』」


 だから、一人の人間が魔法と精霊術をちゃんと分けて行使する事は殆ど不可能。

 故に、両方の使い手が一切いないのだと。

 そして使い道はといえば、この〝結界術〟くらいであると言葉が締め括られる。


「『だけど、その中和をどうにか活かせないかと考えた子がいてね。〝ど〟がつくほどのお人好しだった彼女は、民を救う為にとこんな〝結界術〟を編み出したんだ』」


 ぽつぽつと降り注ぐ雪のようなものは、無差別に周囲に降り積もってゆく。


「『流石に、既に召喚された魔物の対処は〝結界術〟でもどうにもならないけど、発動する直前の魔法であれば、例外なく中和させられる。たとえそれが闇魔法であれ、爆発を齎す魔法であれ、全てが例外なく中和される』」


 だから、〝シルフ〟は魔物は〝結界術〟とは別で対処しなきゃいけないと言っていたのだ。


「『だけど、波長を合わせないとどうにもならない魔法だし、魔法師の技量も、〝精霊術〟を使う人間の技量もかなり求められるから正直これは実用的ではないねえ』」


 少なくとも、口頭で説明をして、いきなり本番一発目で成功出来るような代物ではないと。


「『そんな訳で、おいらはお似合いだと思うよ。二人の事はさ』」

「……。と、取り敢えず、〝結界術〟はこれで良いんだよね?」

「『うん』」

「……だったら、クラウスさん達の事も心配だし、城に戻ろう。他の魔物も────きっと、もう大丈夫そうだし」


 全ていなくなった訳ではないけれど、数はもう殆どいない。

 他の人達で十分対処出来るであろう物量。

 ならば、彼らに後は任せて、私達は城に戻るべきだろう。


 何気ない様子で〝シルフ〟から告げられた言葉のせいで、限定的に目を逸らしていた話題を再び、直視する事になって、動揺が自分でも分かるくらい声に滲んでいた。

 ただ、全く悪い気はしなかった。

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