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二十四話 蠢く影

 †


「────ロラン・ミネルバが生きているだと……!?」


 ノーズレッド王国に位置するとある場所にて、驚愕に目を丸くしながら、男は告げる。

 その声は随分と若く、歳の頃は20程だろうか。銀色の髪が特徴の男だった。


「なんの、冗談だそれは。お前があの呪いに掛かったが最後、誰であろうと死に至る、と言ったから、こちらも危ない橋を渡り、ロラン・ミネルバを襲ってやったのだぞ……?」

「ええ。そうですねえ。本来であれば、ロラン・ミネルバは既に死んでいる筈でした。ですが、少しイレギュラーが起こりまして」


 濡羽色の外套を、すっぽりと目深に被り込んだ男は若干の困惑の色を声音に含ませて答える。その様子から、言葉を投げ掛けられている男にとっても不測の事態であった事は容易に汲み取れた。


「最悪、呪いの効果があるからと安易に捉えていましたが、まさか、解呪出来てしまうとは……これは少し、いや、かなり厄介ですね」


 ────解呪出来てしまうなら、脅威の度合いが大幅に下がってしまう。最早それは、脅威とすら捉えられなくなるかもしれない。

 それでは困る。それでは、ノーズレッドが混乱に陥る事がなくなってしまう。


 ガリ、と音を立てて外套の男は爪を噛んだ。

 目の前で焦燥に駆られる銀髪の男よりも、その事実の方が重要であるのか。

 思考の渦に囚われる彼に、その後も捲し立てるように、「どうするのだ!!」とがなりたてる声はシャットアウトされて届いていないようであった。


「ですがこれは、多少強引にでも始末してしまえば良いという話。なにせ、使い手は彼女一人。まさか王都に出向いているとは思いもしませんでしたが、彼女の価値を考えれば、始末すれば今回の件を挽回出来るどころか、釣りが来る。何より、こちらには少々喧しくはありますが、使い勝手のいい捨て駒もいる……」


 ぶつぶつと独り言を漏らし、男は平静さを取り戻してゆく。

 想定外の展開ではあるが、十分まだ軌道修正が利く段階。ならば────。


「────アルフェリア卿(、、、、、、、)。一つ、ご提案がございます」

「……なんだ」

「恐らく、このまま手をこまねいて立ち往生していても、結果は透けて見えている」


 つまりは、外套の男がアルフェリア卿と呼んだ青年が責を取らされ処罰を受ける、と。


「ですので、此方から動いてみるのは如何でしょう。具体的に言うならば、アルフェリア卿には、これから城に出向いて頂きたく」

「な……ッ」


 驚愕に、言葉を失う。

 それもその筈。

 彼は今回の下手人と疑われる立場にある。

 城に出向くなど、論外だ。

 処罰してくれと言っているようなものではないか。


「ふざ、けるな……ッ!! 呪術師、貴様は僕に────」


 死ねと言いたいのか。

 それは、激昂する彼の口から本来告げられたであろう言葉。

 しかし、呪術師と呼ばれた外套の男はその言葉を遮るように言葉をひとつ重ねる。


「早合点しないでいただきたい。城に登城し、貴方に懺悔をしてこいと言いたい訳ではありません。貴方には、ロラン・ミネルバではなく、今度はある精霊術師を殺して欲しいのです」


 そうすれば、全てが上手くいくのだと。


「……そんなもの、出来るわけが」

「いかに疑われている人間とはいえ、揺るがぬ証拠がある訳ではありません。こちらから出向き、ロラン・ミネルバの安否を心配するフリでもすれば良いのです。そうすれば、向こうもすぐに処罰とは出来ない事でしょう。堂々とし、登城まですれば、間違いなく疑心が生まれる。本当は、貴方が関与していないのでは、と」

「…………」


 呪術師の言葉に、男は口を真一文字に引き結ぶ。その物言いに一理あったからだ。

 このまま身を隠していれば、それこそやましい事があるからと向こうも気勢をあげてしまう。確信を持ってしまう。

 ならば、呪術師の言うようにあえて出向く事もなきにしもあらずなのではないか。


「それに、今回のターゲットを殺せば、貴方の憎き弟君(、、)にも少なくない害が及ぶ事は間違いない事でしょう」

「……それは、本当か」

「ええ。なにせ、今回の目当てはウェルグの元王女であり、現アルフェリア公爵家当主夫人ですから。彼女の排除さえ叶えば、ノーズレッドはウェルグから敵意を買い、八方塞がりに陥る。そしてその責任をヨシュア殿(、、、、、)は問われる事となるでしょう。最悪、首を飛ばされる事もあるかもしれませんな」


 如何にウェルグが好戦的でない国とはいえ、ノーズレッドが他国から攻められている状況になれば、これ幸いに大義名分を掲げて攻めに転じる可能性は十二分にある。

 そうなれば、ノーズレッドは完全に終わる。


「……あの愚弟の首が、か」


 アルフェリア卿と呼ばれていた彼の名を、クゼド・アルフェリア。

 

 とはいえ、既にアルフェリア姓は剥奪されており、父母共々、辺境での隠居生活を強いられている。

 だが、未だかつての地位に拘りを見せる彼らを慮って呪術師の男はあえて「アルフェリア卿」と呼んでいた。

 しかし、そんな彼らの心中が穏やかなわけがなく、その心境を利用したのが呪術師と呼ばれた彼が所属する────ナザレア王国。


「ええ。そうですとも。その為にも、アルフェリア卿にはノーズレッドの城へ向かっていただきたいのです」


 煽てる呪術師のその言葉は、クゼドの鼓膜へ蛇のように絡みついてゆく。

 胸の内に巣食う憎悪に対して、受けた恥辱は己の手で晴らしてこそ。

 そんな彼にとって甘露のように甘い言葉も添えて囁いた。


 ────ノーズレッドを四面楚歌にしたとあれば、陛下からもアルフェリア卿にはより広大な領地が与えられる事でしょう。


 国を売り、己の欲の為に誰かを殺す。

 そんな人間が重用される訳がない。


 少し考えれば分かる事。

 しかし、クゼドの頭にそんな考えが浮かぶ訳なく、腹の中では嘲り、侮蔑している呪術師の男の心境も知らず、告げられる言葉を素直に受け取っているようであった。


「……それで、僕にどうしろと」

「これを差し上げましょう」


 ただ、如何に殺せと命じようとも、側にヨシュア・アルフェリアがいる限り、「分かった」で済ませられる訳がない。

 彼の戦闘能力はノーズレッドどころか、その外にすらも広く知れ渡っており、その魔法師としての力を考えれば、ある程度の被害も覚悟せねばならぬ程。

 そして、これからクゼドに課される使命はその側にいる人間の排除だ。

 故に、クゼドは指示を求め、呪術師の男はそれに応じて懐から鉱石のような物を取り出し、それをクゼドに差し出していた。


「これは?」

「〝闇魔法〟を内包させた鉱石です。これを、メルト元王女の前で砕いていただければ。そうですね。出来れば、城の中が好ましいかと」


 不安を煽る濁った黒の鉱石をクゼドは言われるがままに受け取り、懐に収める。

 如何に得体の知れないものであろうと、ヨシュアを始末出来るならば。己らを辺鄙の地へ追いやり隠居させた国王に目に物を見せられるのであれば。

 そう思っているが故に、疑問が挟み込まれる事はなかった。


「……分かった。だが、これが成功した暁には」

「ええ。分かっております。今回の一件は、アルフェリア卿の協力なくして進める事は出来なかった。貴殿の働きは陛下に伝えさせていただきますとも。勿論、貴方を当主として、ナザレア王国にアルフェリア公爵家を再興させる事も」

「分かっているならいい」


 ────勿論、貴方が生きていれば。の話ではありますが。


 呪術師の心の中で付け足された言葉を、クゼドは読み取れなかった。

 目深に被り込んだ外套によって隠された瞳に、胡乱気な光が妖しく湛えられている事に気付けなかった。



 †


「……やはり、か」


 そして一夜が明け、私達は朝から城に位置するとある一室へと訪れていた。

 そこには苦虫を噛み潰したような渋面を浮かべる陛下と、未だ体調が万全ではないのだろう。疲れた様子のミネルバさんと、普段通りのクラウスさん。

 他にも、何人かの臣下の方が一堂に会していた。


「ええ。儂の撒き餌に食い付いてアレを寄越したという事は、アルフェリア元公爵が今回の一件に関わっている事は紛れもない事実でしょうや」


 今回、ミネルバさんが襲われた理由は、ただ情報を得たからではなく、得た情報の真偽を確かめるべく、己の身の危険も顧みずに撒き餌として敵を誘ったからであるらしい。

 結果、懸念していた通りの展開に陥ってしまったものの、それでも得た物は相応であったと彼は口にする。


「……ですが何故、アルフェリア元公爵が」

「唆されたようですな。ノーズレッドを混乱に陥れ、その間に切り取った領土の一部をくれてやるという甘言に」

「やはり他国の関与が……となると、ウェルグとの縁を深めたクラウス殿下の行動は、先見の明でしたな」

「ふふふ。一部じゃサボり魔とか言われてるけど、僕もやる時はやるのさ。とはいえ、腐っても元公爵。己の失態とはいえ、隠居に追い込まれ、辺境の地で残りの生を終えるという事が耐えられなかったのか。はたまた、その息子が決起したのか」


 いずれにせよ、愚か極まりないね。

 臣下の方からの賛辞に顔を綻ばせながら、クラウスさんはそう言葉を締め括る。


「では、その調子で馬鹿息子には馬車馬の如く働いて貰うとしようかの」

「……そこは、頑張ったから休暇を与える。とかじゃないんですかね……」


 冗談めかした様子で紡がれる陛下の言葉に、クラウスさんはげっそりした様子で答えた。

 周囲からも、散々休んでいるではありませんか。などと追撃の言葉が飛び交っていた。


「しかし、ロランの言葉が正しいのであれば────戦争、か」


 他国からの干渉。

 それがどの国からなのかについてはまだ、私は把握していないけれど、国同士のいざこざならば行き着く先は戦争だ。


「ええ。最終的に行き着く先は、戦争になりましょうな。ですが、恐らくは今回の一件では蜥蜴の尻尾切りになるでしょうや」

「……ミネルバ卿が一命を取り留めた事で、蜥蜴の尻尾切りの可能性は一層高まっただろうな」


 ノーズレッド国内が混乱に陥っているとはいえ、未だ国が揺れる程でもない。

 もう少し時間が経過していたならば、また違っていただろうが、しかし、この時点でミネルバさんの件で下手を打っている以上、時期尚早として関与している他国が手を引く可能性が高い。

 とどのつまり、関与しているであろうアルフェリア元公爵らが責を負う形で蜥蜴の尻尾切りをされる可能性が濃厚であると、ヨシュアもミネルバさんの言葉に同調をしていた。


「とはいえ、ここまで事が大きくなっているにもかかわらず、大人しく手を引くとは考え難い」


 何かしらの一手は打ってくる可能性は高い。

 それこそ、確実性を捨てたギャンブルめいた一手のような。

 そしてそれが窮鼠になる場合だってある。

 ミネルバさんが助かったからといって、気は抜けない。


「だからこそ、手を打つ必要があるだろうね。となるとやっぱり、アルフェリア元公爵の件も含めてこちらが打って出る他────」


 何事も迅速に。

 いつになく真剣な眼差しで、クラウスさんが言葉を口にしようとした刹那。

 大きな物音が立つ。

 不躾に響いたその音は、閉じられていたドアを力任せに思い切り押し開けた事で生まれたものであった。


「し、失礼いたしますッ!!!」


 一斉に注目が話し合いに乱入してきた貴族の男性へと向いた。

 身に纏う豪奢な服装からして、私は分からないけど、それなりに格の高い御家の者なのかもしれない。


「……誰も入れるなと申し付けておいた筈だが」


 部屋にいた臣下の一人が、ドアの側にいた数名の騎士達へ、責めるような眼差しと共に静かに怒る。

 とはいえ、乱入者が貴族であったが為に彼らも断るに断れなかった、といったところか。


「急を要する事でして……そ、その、アルフェリア公爵閣下の兄君がお見えになられており、まして」

「……なんだと」


 たどたどしい口調だった。

 まるで、言うか言うまいか未だに悩んでいるかのような。

 だが、今現在、一番憎悪を向けられるべき人間が自ら出向いてきたというのだから、その反応も当然といえば当然であった。

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