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二十三話 国王陛下

 ただ、そこには先客がいた。

 夜空に首をもたげた状態で、此方に背を向ける男性。

 歳の頃は、初老に差し掛かったあたりぐらいだろうか。チラリと視界に映り込む相貌から、そんな予想をしてしまう。

 だけど、姿勢が良いからか。

 その男性は、面立ちよりもずっと若く見えた。


「今日は、星がよく見えおるわ」


 男性らしい低い声。

 理由はわからなかったけど、その声は心なしか弾んでいるように思える。

 加えて、駆け足でやって来た私達の存在に気付いたからこそなのか。

 その一言は独り言にしては大きく、もしかすると私達に向けられたものなのかもしれない。


「……そこで、何をなさっているのですか」


 そう発言するヨシュアの表情は、どうしてか何とも言い難そうな渋面を浮かべていた。

 言葉遣いも、今まで聞いた事のないくらい堅苦しいものだ。


 横顔がチラリと見えるくらいである事。

 星影があるとはいえ、夜闇に紛れてるせいで視界は良好とは言い難い。


 でも、その顔にどこか見覚えがある気がするんだよね。


「ただの気分転換よ。外に出たいと言っても、斯様な状況で我を外に出す訳にはいかないと、臣下達は必死で止めおるからな。仕方なく、ここで妥協してやっておるのだ」


 そして、彼は視線を正面に戻してから私達へと振り向いた。

 碧い瞳と、目が合う。


 そこで漸く、私は目の前の男性の正体を理解した。


「好き勝手に動けるクラウスが心底羨ましいわ」


 冗談半分とも取れる様子で言い放たれる。

 王子殿下でもあるクラウスさんを、当然のように呼び捨てに出来る人間。


 真っ先にヨシュアの名前が浮かんだけれど、それを公式の場でさえも言えてしまう人間を私は知っている。


「とはいえ、好き勝手に動く馬鹿息子も、今回ばかりはちゃんと仕事をしたらしい」


 口の端をゆるく吊り上げて、彼は────ノーズレッドの国王陛下は、私を見据えた。


「ミネルバの件は聞いておる。助かった、メルト王女」

「……今はもう、嫁いだ身ですので」

「おぉ、そうであったな。では、メルト王女では可笑しいか。とはいえ、仲は……悪くないようであるな」


 未だ繋いだままだった手に視線が向く。

 もしかすると陛下は、私がヨシュアとの政略結婚をよく思っていなかった時の為に、王女呼びをしてくれたのかもしれない。


「いや、良かった、良かった。経緯は兎も角として、流石にアルフェリア公爵家のお家を断絶させる訳にはいかんのでな」

 

 養子を迎えるという手もあるだろうが、それが面倒ごとの種になる事は火を見るよりも明らかだ。

 それも、公爵家ともなれば頭痛しかない。


 私という存在が出てきてくれて心底良かったと嬉しそうに告げられた。


「昔からそやつは強かでなあ。貴族と必要以上に関わりたくない。嫁を取りたくないからと、自分に悪名がつけられるような立ち回りをする始末よ」


 そうして出来上がったのが、ノーズレッドの『冷酷公爵』であるのだと。

 近所の悪ガキでも見るような様子で、在りし日に想いを馳せながら陛下が言う。

 何というか、物凄く話しやすそうな人だった。


「……ヨシュアは何というか、頑固なところがありますからね」


 だからなのかもしれない。

 国王陛下と理解をして萎縮するどころか、私もその話に乗って言葉を口にしていた。


 良く言えば、一度決めたことは何が何でもやり通す性格。

 悪く言えば、融通がちっとも利かない頑固なところがある、だろうか。


「……そういう話は、せめて本人がいないところでやって貰えませんかね」


 昔話に花を咲かせる────そんな様子ではあったけど、溜息混じりに言い放たれたヨシュアの一言によって、その流れは断ち切られてしまう。


「ところで、陛下。そんな事よりも、ひとつ、お伺いしておきたい事が」

「うん?」


 これ以上ないくらい引き締まった真剣な面持ちで、ヨシュアは告げる。


 元々、私達は明日、目の前の国王陛下と会う予定があった。

 そして、そこで色々と聞くつもりだった。

 けれどこうして偶然、出会ったのであればここで聞くのもやぶさかではなくて。


「単刀直入にお伺いしますが、今回の一件にアルフェリア公爵家の人間だった者(、、、、)が関与しているというのは事実ですか」

「……あぁ、その事か。今日、王都に着いたばかりと聞いていたが、随分と耳が早いのだな」


 否定も、肯定もされない。

 だけどその物言いは、そういう噂もあるという捉え方も出来なくはないが、殆ど肯定しているようなものだった。


「そういう疑惑があるのは事実である。だが、確定ではない。とはいえ、早くて明日にはその疑惑が晴れるか、確信に変わるかするとは思うが」

「……と、言いますと?」

「ロランだ」


 控え目に尋ねてみると、陛下が何故かミネルバさんの名前を持ち出した。


「今回の一件、水面下でロランに調査を任せておったのだ。他国の関与や国内で通じてる者がおると考えた場合、何事にも首を突っ込まない気性のあやつに頼むのが一番都合が良かった」


 ────何故ならば、一番疑われにくい人間だからこそ動きやすいから。


「なら、ミネルバ卿が襲われた理由は」

「……そういう事になるであろうな」


 ミネルバさんが何かしらの情報を掴んでしまい、その情報が出回ると都合が悪い人物がいたという事か。


「だから、早くて明日には分かる、という事でしたか」


 厳密に言えば、ミネルバさんが目を覚まし次第。

 これが最悪の事態────助かってなければ、また違った動きをする必要があったのだろうが、どうにか一命を取り留めてくれた。

 故に、今は待つ他ないのだと理解をしてか、ヨシュアは口を真一文字に引き結んだ。


「時に、お主らはどうして此処へ?」

「星を見に来たんです。折角なので、部屋の窓からでなく、空を見渡せる場所でと思って」

「成る程な。そういう事であったか」


 外に出られない理由は、実際に臣下の方に止められている陛下が一番分かっているだろう。

 その上で、星を見たいと願うなら、このバルコニーを除いて適している場所はない。

 そう思ってくれたのか、納得してくれる。


「陛下も如何ですか。星に、願い事をしてみるのは」

「願い事?」

「ウェルグでは、星に願い事をすると叶う、なんて迷信のような話がありまして」

「一年に一度、満天の星が見えるウェルグらしい迷信であるな」

「はい。ただ、私個人としては迷信ではなくなっちゃいましたけど」


 すると、陛下は私を意外そうな目で見詰めてくる。


「ずっと昔に、ヨシュアと願った願い事がついさっき叶ったばかりだったので。だから、私の中では迷信じゃなくなったって事ですね」

「ずっと昔……」

「もう八年も前の話ですけど、ヨシュアがウェルグの城にいた時期がありまして。その時に知り合いました」

「……あぁ、あの時であるか。確かに、アルフェリアの人間もウェルグに向かっていたか」


 どうにも、陛下は私とヨシュアが幼馴染である事を知らなかったらしい。


「そうか。そうか。それで、あの『冷酷公爵』が素直に政略結婚を受け入れおったのか」


 漸く合点がいった。

 そう言わんばかりに、陛下はあえてヨシュアを『冷酷公爵』呼びにして訳知り顔で笑む。

 ただ、ヨシュアは別に気にしていないのか。

 特にこれといって反応は返さない。


「しかし、そういう事であるならば、こやつのこれまでの行動も色々と納得がいく」

「そうなんですか……?」


 私はヨシュアのこれまでを殆ど知らない。

 だから、確かめる方法としては疑問符をつけて小首を傾げる他なかった。


「我は一応、こやつの後見紛いの事を少しの間しておったからな。勿論、表立ってではないが、それでもある程度は世話は焼いておった」


 故に知っているのだと。

 そう告げてくれる陛下の言葉が意外過ぎてつい、私は不自然に眼を瞬かせてしまう。


「その中で、色々と不可解な行動もあってなあ? まぁ、何となくその行動の意図が漸く見えたわ。とはいえ、この人嫌いを相手によくもまあ幼馴染などという関係に落ち着けたものよな」


 クラウスさんという存在を身近で見てきたからなのだろう。

 あれ程執拗に絡んで、絡んで、絡み続けて漸くヨシュアは少し心を開いてくれるような人だ。

 基本的には人嫌い。というより、貴族嫌い。


「……私も似たような境遇でしたから」


 本当に、瓜二つだった。

 だから親近感だって湧いたし、周囲からの注目が私達二人だけ皆無だったから、必然、二人で一緒にいる事が多くなった。

 だって、暇だったからね。


「ですが、別にその事についてはもう気にしてはいないので。そのお陰でヨシュアと楽しい時間を過ごせた訳ですし」


 陛下が申し訳なさそうな顔を浮かべるものだから、慌てて言葉を付け加える。

 でも、取り繕いでもなんでもなく、その言葉は私の本音だった。


「そして何より、今がある」

「……成る程。我の早とちりだったようだ」

「なんでしたら、少しだけ私とヨシュアの昔話でもしましょうか」


 ヨシュアの数少ない好意的な感情を抱いている人間という事もあり、無性に過去を語りたい気持ちで溢れていた。

 この感情は……そう、自慢したい気持ちだ。


 でも、ヨシュアが嫌がるなら話す気はなかったけど、相手が陛下という事もあってか、拒絶する様子はなかった。


「昔話、か。ぜひ、聞かせて貰いたいものだ」


 笑みを深める陛下の反応を前に、私は遠い日々を思い返しながら、ゆっくりと言葉を紡いでみる。

 

「とは言っても、悪ガキだった私がヨシュアを引っ張り回してただけなんですけどね」


 そして私は、笑い混じりに過去を語り始める。

 本来の目的とは異なってはいるけれど────ただ、夜は長い。

 星だって、すぐにいなくなる訳でもない。


「それでも、俺は嬉しかったし、楽しかった」

「そう言って貰えると、助かります……」


 大体がひどい顰めっ面か、苦々しい顔、または、無表情。

 それが当時のヨシュアだった。

 そんな彼を私は散々振り回してやった。

 それこそ、堪らずに笑っちゃうくらい。


「でも、何から話しましょうか……ぁ、じゃあ、あの話とかどうだろう。ヨシュアが私に花飾りを作ってくれた時の────」


 ────なんで、よりにもよってその話をチョイスしたんだ。

 星影に照らされるバルコニー。

 そこには、呆れるヨシュアと、たびたび破顔する陛下。そして私の三人の姿があった。



『私は、メルト。貴方の名前は?』

『……ヨシュア』

『じゃあ、ヨシュア。私と、友達になろう?』



 それは、八年も前の出来事。

 少女は少年に手を差し伸べた。


 境遇は、二人とも似たり寄ったり。

 その事を、少女は己の姉達の会話を盗み聞きした為に知っていた。

 だから、助けになりたかった。


 少女には、〝精霊〟という存在がいた。

 彼ら彼女らのお陰で、感情を枯らす事もなく少女はとてつもなく図太い性格に成長した。

 故に、もし、己と似たような境遇の人間がいるならば、己が〝精霊〟にして貰ったように、助けたいと強く思っていた。

 叶うならば、友達になりたいとも。


 そして現実、それは叶い、良き友となった。

 愚痴に花咲かせた回数は数え切れず、嫌味しか言わない姉や、城にやって来る公子達よりもずっと馬が合った。


 少女にとっても、少年にとっても、お互いにとって初めての友達だった。

 だから、特別だった。


 時間にしてたった一ヶ月程度の付き合い。

 それでも、その記憶は一等大事なものであり、胸の奥に今も尚、大切に仕舞い込まれている。

 そんな二人の思い出が、笑い混じりに語られていた。

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