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十六話 ミアさん

 それからというもの。

 必死の訴え虚しく、服屋さん巡りをする事となった私が着せ替え人形になる事、数時間。

 空の色が晴れ渡った青から、黄昏色に移り変わり、そして夜闇に包まれ始めていた頃、私の服選びが楽しくなったのか、もう一軒だけ!


 と、すっかり疲れ切ってしまった私を連れて最後の一件に向かおうとしたところで丁度、マスカレード商会所属の商人さん────ドルク・アンドリューさんとばったり出会った事で、すんでのところで救われる事となっていた。


 ……た、助かった……!


「成る程、メルト様の服を見繕っていた、と」


 少し前に王都にたどり着いていたドルクさんから、折角ですのでと商会に招かれた私達は、手に抱えていた荷物の正体と、その経緯を話していた。


「道理で、メルト様がこんなにも疲れている訳ですね」


 苦笑いを一つ。


「……着せ替え人形にされてました」


 そもそも、最初の一歩目が間違っていた。

 服屋さん巡りなんてしんどいだけだから、さっさと無難なのを選んで終わらせてしまおう。


 そう考えていた私の内心を見透かしてか。

 あろう事か、私に任せたら適当になるからと、ヨシュアが服を選んでいた。


 しかも、その悉くが黄色を基調としたディティアの花の色ばかり。

 どんだけ好きなんだこの色って思って突っ込んだら、この色が私に一番似合うからとか真正面から告げられて、何も言えなくなってしまったのはまだ記憶に新しい。


 兎に角、自分の服を選んでる訳でもないのに、店員さんに意見を伺いながら何処か楽しそうに選ぶヨシュアの横顔が印象に強く残っていた。

 なんだかんだと最後まで逃げ出さずに付き合っていた理由はきっと、それ故なんだと思う。


「メルト様は素材が良いですからね。原石を磨こうとする閣下の行為には、私も賛同するところでありますね」


 味方だと思っていた筈のドルクさんに、さらりと裏切られてしまう。


「ですが、そういう事でしたら困りましたね」

「困った、ですか?」

「ええ。一応、メルト様へのお祝いの品にはドレスをマスカレード商会側で用意させていただければと考えていましたので」


 私とそれなりに関わりのあったドルクさんだったからこそ、服にあまり興味のない私にはドレスしかない。

 そう思ってくれていたのやもしれない。


「閣下がメルト様のドレスを既に見繕われたのであれば、それ以外をご用意させていただきますね」


 なので、お祝いの品はもう暫くお待ちいただけますでしょうか、と締め括られる。


「にしても、少し前に王都にたどり着いたって、随分と遅かったんですね」


 積荷の中には商品もあるだろうから、ある程度遅くなる事は当然だった。

 ただ、私達が王都に着いてからそれなりの時間が経過していたので興味本位で尋ねてみる。


「……ああ、少し寄り道をしていまして」

「寄り道、ですか」

「ええ。我々商人にとって、経路の状況把握は死活問題ですからね。今回は偶然、メルト様達とお会い出来たから良かったものの、あの橋以外に何か異常が見られた場合、情報を共有しておかなければなりませんから」


 だから、今の今まで時間を食っていたのだと教えて貰う。


 確かに、〝シルフ〟にお願いしてどうにかなる私は兎も角、そうでない場合はそう言った確認も必要不可欠なのだろう。


「特に、そこのところの確認を怠っては大旦那に私がひどく叱られてしまいますので」


 大旦那と呼ばれているマスカレード商会の元締めの名前は、ミア・マスカレードさん。

 姐御肌で面倒見が特に良い人ではあるのだけれど、怒る時は雷が落ちたかと思っちゃうくらいの怒号がやって来る事を私も知ってるので、それは慎重になっちゃうよねと同調。


 うんうんと頷く私だったけど、その反応が意外であったのか。


「メルトも、マスカレード商会の元締めと面識があるのか?」

「あ、うん。私が政務担当するまでは、そこそこの頻度でミアさん、一番偉い人なのにわざわざウェルグに来てたからね」


 不思議そうに側にいたヨシュアから、私は尋ねられていた。


 元々は私の姉が前任者として商人達との政務を担当していたのだけれど、金使いが荒いせいか。

 偶に執拗に値切ったりして、浮いたお金を自分の懐に入れちゃったりしていた。


 だが、腐っても王族。

 その圧倒的な立場の差から、物事をはっきりと言えない下っ端の商人に行かせる訳にもいかず。

 かといって、一国との取引は捨てるには惜し過ぎる。という事でわざわざミアさんまでもが出向いていたという経緯があった。


 そんな中、面倒臭いからお前がやれと押し付けられたのが私。

 結果、当たり前の事を当たり前にやっただけなのにミアさんから滅茶苦茶感謝される事となり、気付けばかなり仲良くなっていた。


 私が政務を押し付けられた事を一番喜んでいたのは、もしかするとミアさんだったのかもしれない。


「────だから、メルト様が嫁いだって聞いて、嬉しいような、悲しいような気分になったって訳さね」


 噂をすればなんとやら。


 何処からともなく、声が割り込んだ。

 よく通る堂々とした声音。


 私の名を呼んだその声の主を、私はよく知っていた。


「ミアさん!」


 声が聞こえてきた方へと肩越しに振り向くと、そこには褐色肌で気の良い笑みを浮かべる女性、ミア・マスカレードさんがいた。


「そこのところについては多分、大丈夫ですよ。政務については姉じゃなくて宰相さんに投げてから城を出てきましたから」


 それで迷惑を掛けていた記憶があったので、その点についてはちゃんと気を配っておいた。

 ただ、その他はこれといった引き継ぎもなく、全部丸投げをしてきたのであの「助けて」手紙が私に寄越されたのだろうが、流石にそこまでは面倒見きれない。


「……悪いね。メルト様も色々大変だろうに、こっちの事まで気を遣って貰って」


 姉が担当していた時の悲惨さは、忘れるに忘れられないものだったのか。

 申し訳ないと言葉が返ってきた。


「いえ、流石にあの姉に任せ続けてたらとんでも無いことになるのは目に見えてたので……。それに、今は大変どころか、本当にいいのかなってぐらい好き勝手にさせて貰ってるので」


 政務要員が一人増えたんだから、コキ使っちゃえばいいのに、ヨシュアはちっともそうしようとしない上、使用人さん達と親睦を深めておいて損はないと言っては暇さえあれば政務もさせないようにしている。

 だから、使用人さん達と一緒に料理をしてみたり。買い物に付き合ってみたりする日々が大半を占めていた。


 後は本当に、ヨシュアの〝冷酷公爵〟という悪評さえどうにかなれば言う事なしなんだけど、それは本人が今はまだ望んでないみたいだから強制は出来ない。


 そんな訳で、私はこれ以上なく現状に満足していた。色々大変、なんて事実はこれっぽっちもなかった。


「あ、でも今日は珍しく大変でした」


 見てくださいよ、これ!

 というノリで、今日買った服をミアさんに見せ付ける。


「ヨシュアが、服を買うぞって言って聞かなくて」

「へえ。あのアルフェリア公爵閣下が」


 滅茶苦茶連れ回されてたんですよって疲労感を露骨に表情に滲ませながら告げる私に対して、何故かミアさんは瞠目していた。


 「あの」が指している事は間違いなく、ヨシュアの悪評である〝冷酷公爵〟に掛かっているのだろう。


「あ、えっと、本当はヨシュア、これっぽっちも悪い人じゃなくて、寧ろ良い人というか、良い人過ぎるというか、だから、その、」

「そう慌てずとも、知ってるさね。アルフェリア公爵閣下が、悪い人でない事くらい」


 だから、慌ててその認識を訂正しようとあたふたしながらも言葉を重ねようとする私だったのだけど、返ってきた言葉は、「知ってる」であった。


「しっ、てる?」

「あたしは商人だ。自分の目と耳で見聞きした事しか信じる気はないよ。所詮、〝冷酷公爵〟なんて、アルフェリア公爵閣下をよく思わない貴族達が憂さ晴らしに流してる悪評に過ぎない事くらい知ってるさね」


 ヨシュアから聞いた通りの答えが返ってきて、思わずぽかんと呆けてしまう。


「ただ、あたしの知るアルフェリア公爵閣下は、クラウス殿下を除いて誰一人として興味を示すどころか、談笑一つしてる姿を見た事がないと言われてる人でね」


 だから、誰かの服を率先して一緒に買いに行く。そんな姿が想像も出来なかったとミアさんが言う。


 もしかして、こうして今、顔を出してくれた理由って私とヨシュアの仲を心配しての事だったのだろうか。


「メルトだけは、特別だからな」


 だったら、そんな心配は無用だったのに。

 そう答えるより先に、優しい笑みを浮かべるヨシュアが私に代わって返事していた。


 声には懐古の色があって、温もりのような。

 「特別」のふた文字を聞いて、心地のいい何かが私の胸の中に広がった。


 掛け替えの無い幼馴染。

 たぶん、そんな意味で告げられた「特別」だろうけど、素直に嬉しくて顔が綻んだ。


「……そうかい」


 その言葉一つで色々と感じ取ったのか。

 はたまた、私達の浮かべる表情から察したのか。ミアさんも、笑ってそう返事をしていた。


「そうだ。二人とも、挙式とかしてなかっただろう」


 何を思ってか。

 ふと、思いついたと言わんばかりにミアさんはそんな事を口にする。


 一応、私とヨシュアは政略結婚であり、私に至っては完全に押し付けられただけの存在だった。


 だから、式を挙げるとか考えた事もなかったし、その予定も一切なかった。


「挙げる気はないかい? 祝いの品は、そのセッティングでどうさね」

「う、うーん」


 この気遣いは素直に嬉しい。

 だけど、その申し出の内容を前に、反射的に悩ましげな声が漏れでた。


 私とヨシュアの仲は……たぶん傍目から見ても良いものだろうし、そこは否定しない。

 ただ、この結婚がヨシュアにとって歓迎すべきものなのかどうなのかは、未だに私はちゃんと分かっていなかった。


 だから、ヨシュアはどう思ってるんだろう。

 そう思って顔色を窺ってみると、ヨシュアも私みたいな顔をしてた。

 なんというか、分かりやすい困り顔だった。


「考えておく。なんて返事じゃだめですかね」

「そうかい。なら、気が乗った時にあたしか、マスカレード商会の人間を介して伝えてくれれば、準備はさせて貰うよ。他でもないメルト様の晴れ舞台の一助になれるなら、これ以上ない喜びだからねえ」

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