十三話 ばかか私は
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「サクサクで美味しいのに、本当にヨシュアはこのクッキーいらないの?」
それから、空腹を満たした私とヨシュアは、今度こそ「リルドの湖」に向かっていた。
ただ、クラウスさんオススメのお店を出る直前に、店主さんから何故か私はバスケットに詰め込まれたクッキーを頂いていた。
ヨシュア曰く、基本的にあの店に訪れる時はクラウスさんと二人の時が殆どで、クラウスさんが決まってクッキーを持ち帰っていたからそれでだろう、との事であった。
だったら。と、私は頂いたクッキーをクラウスさんに届けようとしたのだけれど、ヨシュア曰く、溜まっていた仕事をやってるだろうからクッキーを食べる暇もないだろう。
そう言って、私に食べて良いと許可を出してくれていた。
こんなに美味しそうなクッキーを腐らせる訳にもいかないし、そういう事ならと私はパクパクと頂いたクッキーを美味しく味わってるところであった。
「……いつもクラウスが食べてるだけだからな。基本的に俺は食べない。甘い物はそんなに好きじゃないからな」
「へえ。じゃあ、クラウスさんって甘い物が好きなんだね」
てっきり、誰かにあげる為。
お土産にと持ち帰っているのかと思っていたけど、どうにも自分用であったらしい。
「だったら、少し申し訳ない事をしちゃったかなあ……」
「クラウスが連行される様子はメルトも見てただろ。律儀に届けに行っても折角のクッキーが腐るだけだ。……たぶん、最低でも今日一日は政務漬けだろうからな、あれは」
「あー……た、確かにそんな感じだった、かも」
ヨシュアが「連行」と言ったように、あれは何処からどう見ても「連行」だった。
あの時のクラウスさんの顔といえば、もう判決を待つ罪人のようにしか見えなかった。
一言で言い表すなら、絶望顔。
うん、この事についてはもう考えないようにしよう。なんか、私まで悲しくなってくる。
「……にしても、ヨシュアってばまだ甘い物が苦手だったんだ」
だから、話題を変える事にした。
「嫌いだからといって、特別困る事もなかったからあえて直す理由もなくてな」
正論すぎる返事だった。
あえて苦手な物を食べろと強要する理由もなし。私は「美味しいのに」と、感想を残して新たなクッキーを手に取った。
「八年ってさ。長いようで、短いんだね」
「藪から棒にどうした」
「八年前と変わってる部分もあれば、変わらない部分だってある。だから、長いようで短いんだなあって思って」
八年前は、お互いの身長に然程差は無かったはずなのに、今じゃヒールを履いたとしても完敗するレベルで身長差がある。
顔だって大人びてるし、口調だって昔とは違う。性格も、今ほどズバズバ言いたい放題言ってなかったというか、どちらかというと内気な性格だった筈。
でも、食べ物の好みは変わってないし、根っこの優しい部分だってちっとも変わってない。
今だって、歩く速度を私に合わせてくれてるし。
「あぁ、そういう事か」
ヨシュアの視線が、今しがた私が食べていたクッキーから、私の相貌へと移動する。
そして、頭のてっぺんを見詰め始めるヨシュアの意図を私なりに自己解釈。
「……昔とあんまり変わらない背でわるうござんしたね」
私だって、出来ればもう少し身長が欲しかったんだよ。
責め立てるように半眼でヨシュアを見詰めながら、私は言葉を吐き捨てておいた。
こうなったら、クッキーのやけ食いである。
「背? メルトは何を言ってるんだ?」
「え? いや、ヨシュアは八年も経ったのに私の背があんまり伸びてない事を言いたかったんじゃないの?」
「……確かに背がそこまで伸びてないと思った事はあるが、今思っていた事はそれじゃない。昔のメルトは髪が短かったのに、そういえば、今は長く伸ばしてるよなって思ってな」
……あぁ、それで頭のてっぺんを。
ヨシュアの言葉で合点がいく。
どうにも私の早とちりであったらしい。
「もしかして、私に長い髪って似合ってなかった?」
誰かにどう見られているかなんてあまり気にした事がなかったので、もしかして似合ってなかったのかな。なんて思って尋ねてしまう。
「そんな慌てなくても、似合ってない訳じゃない」
であるなら良かった────と思った直後の出来事であった。
「寧ろ、似合い過ぎているというか。綺麗だと思うぞ、そういう髪型のメルトも」
「っ、んぐっ!? んっ、んっ、ぷはっ!?」
唐突のお世辞のような言葉につい、食べていたクッキーを詰まらせてしまう。
置かれていた環境が環境だった事もあるけど、容姿などについて褒められるという機会が皆無だった分、私にとってヨシュアのその発言の破壊力は中々の威力を誇っていた。
「べ、別にお世辞とか言わなくても良いから」
「いや、お世辞じゃなくて、ただ思ったそのままの感想を言っただけなんだが」
そんな驚く事だったか?
と、私が喉を詰まらせる原因を作った張本人は、不思議そうな表情で此方を見詰めてくる。
……成る程。
成る程、成る程、そういう事か。
そういう事なら私にも考えがあるぞ。
「……ふ、ふぅん。そっかそっか」
どうにも、ヨシュアは容姿について褒められる事がどれ程の破壊力を有しているのか。
それを知らないらしい。
だったら、思い知らせてやるなら今しかない。私がヨシュアの事を褒めに褒めちぎって茹で蛸のごとく真っ赤っかにしてやるしかない。
「そういえば、ヨシュアも随分と格好良くなったよね。元々、顔は整ってたけど、大人っぽくなったというか」
「……そうか。俺に縁談を寄越してくる連中から散々聞かされていた事もあって、下らん世辞は聞き飽きたとばかり思っていたが、メルトに褒められるとなると素直に嬉しいと思えるな」
そう言って、ヨシュアは一欠片も羞恥心が入り混じっていない爽やかな笑みを見せてくれる。
効果はいまひとつのようだった。
「たぶん、どうでもいいと思ってない相手からの言葉だったから、なのだろうが」
「……そ、そっか」
寧ろ、私が反撃にあっていた。
逆に私の顔が茹で上がってるような気がする。なに自滅してるんだ。ばかか私は。
だめだこの話題は。変えよう。
ヨシュアの方が、一枚も二枚も上手だこれ。
「あ、あー! 『リルドの湖』楽しみだなあ!」
若干、無理のある話題の変え方ではあったけど、ヨシュアはそこまで疑問に思わなかったのか。幸いにもそれに乗ってくれた。
「そういえば、メルトは知らないだろうが、『リルドの湖』にはちょっとした言い伝えがあるんだ」
「言い伝え?」
「ああ、『リルドの湖』で精霊を見た者はその年、幸せに過ごせる。なんて言い伝えだ」
「へえ、精霊を」
確かに、本来精霊は人の前には滅多に姿を現さないし、場所を限定された上でともなると出会える確率はかなり低い事だろう。
「そういう言い伝えがあるなら、ズルしても効果あったりしないかな?」
ズルとは言わずもがな、その場に呼び出してしまう事を指していた。
ノーズレッドに到着する前に風を司る森の精霊である〝シルフ〟を呼び出していたように、彼ら彼女らとの親和力の高いウェルグ王家の人間であれば何処であろうと呼び出そうと思えば呼び出せてしまう。
「さぁ? それはどうだろうな」
あくまでも言い伝え。
だから、本当に効果があるかも分からない事だぞとヨシュアが微笑む。
「なら、時間があれば〝ウンディーネ〟に協力して貰うのもありかなあ」
水の精霊〝ウンディーネ〟。
呼び出した理由を説明すると、不貞腐れてしまいそうだけど、彼女にお願いするのもアリなのかなと思いつつ、談笑しながら私達は『リルドの湖』へと向かった。








