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第4話

   

 二月十四日、バレンタインデー当日の朝。

 渡せるかどうかわからないチョコレートを鞄に忍ばせて、千代子は自分の部屋を出た。

 三階から二階へ、階段を降りる足が、無意識のうちにゆっくりになる。二階まで来たところで、いつもならばすぐに一階へ向かうのに、つい足を止めて、廊下へ目を向けてしまった。

 ほんの少し、待ってみる。すると、部屋のドアがずらりと並ぶ中、その一つが開いた。玲斗の部屋だ。

「おはよう。玲斗も今から学校だよね?」

 階段の方から呼びかけられて、彼は一瞬、きょとんとした顔を見せるが……。すぐにいつも通りの真面目な表情を取り戻し、頷くのだった。

「もちろん。千代子もだろ? 一緒に行こうか」


 かつては自転車通学だった千代子も、最近では、大学まで歩くようになっていた。徒歩でも通える距離であり、玲斗の「健康のために、僕は歩くことにしている」というのを見習うことにしたのだ。

 だから今日も二人は、大学までの十数分間、とりとめもない話をしながら並んで歩く。

「僕の今日の運勢は最悪らしい」

「なあに? また例の番組の、星座占いのコーナー?」

 以前に聞かされたのだが、玲斗は毎朝、テレビの情報番組を見てから部屋を出るのだという。世情に疎くならないために、という理由だそうだ。

 千代子はテレビよりもインターネットのニュースの方が便利だと思うのだが、玲斗の「ネットサーフィンで無駄に時間を費やすのを避けるため」という言葉に、共感は出来ないものの理解は出来ると感じていた。

 実は今朝、千代子も同じ番組を見てから部屋を出ている。そうすれば、彼と全く同じタイミングで大学へ向かうことになるだろう、と思ったからだ。

 だから彼女も、玲斗の牡羊座が最下位だったのは承知しているのだが……。素知らぬ顔で、対応するのだった。


「しょせん占いでしょう? 気にすることないわよ」

「そうだけどさ。一日の始まりに『最悪です』と言われると、やっぱり……。ちなみに『赤い色に気をつけましょう』だって」

「赤い色? 何だろうね。郵便ポストにぶつかる、とか?」

「おいおい、僕はそんなにドジじゃないぞ」

 軽く笑う玲斗に合わせて、千代子も微笑みを浮かべる。内心では「私も同じ番組を見ておいてよかったわ。知らなければ、赤いセーターを着て来たもの」などと考えていた。

「一応、ラッキーカラーの提示もあった。今日の牡羊座は、茶色がラッキーカラーだそうだ」

「茶色? 茶色といえば……」

「ラッキーカラーにしては奇妙だよな? 明るいイメージじゃなくて、むしろ汚い色なんだから。ほら、うんちとか、泥とか……」

「朝っぱらから、何言ってるのよ! うんちだなんて!」

「おいおい、女の子が道端で『うんち』なんて叫ぶのは、はしたないぞ」

「あなたが言わせたんでしょう?」

 ニヤニヤ笑う玲斗に対して、千代子は思いっきり顔をしかめる。

 せっかくのバレンタインデーに、ロマンティックとは程遠い会話! 千代子は悲しくなるくらいだが、気持ちを切り替えて……。

「いいわ。茶色なら、ちょうど持ってるから、一つあげる。大丈夫、汚いものじゃないから、安心して」

 いったん立ち止まり、鞄の中からチョコレートを取り出した。


 手作りではなく市販のチョコレートだが、プレゼント用なので、可愛らしいリボンがかけてある。ただしラッピングは簡易なものであり、箱の一部が透明ケースになっているため、千代子が玲斗に渡す段階で、もう中身のハート型チョコがはっきりと見えていた。

「そういえば、今日はバレンタインか……」

「ハートの形に意味はないから、誤解しないでね。ほら、学部もサークルもマンションも一緒なんだから、義理チョコくらいはあげないとねえ」

「おう、大丈夫。わかってるから念押ししなくていいし、義理でも十分嬉しいよ。ありがとう」

 両手で大事そうに、千代子のチョコレートを受け取る玲斗。

 世俗のイベントには興味がないかと思いきや、彼は満面の笑みを浮かべていた。これほど嬉しそうな玲斗を目にするのは初めてかもしれない、と千代子が考えるほどだった。

 そんな彼を見ているうちに、彼女は気づく。

 玲斗は最初からチョコレートの色をわかった上で、ラッキーカラーの話を始めたのだ、と。

「なんだ、玲斗も男の子なのね」

「うん? どういう意味だい?」

 とぼける彼の顔には、ごまかしきれない喜びの色。

 千代子も自然に口元が緩んで、幸せな気持ちが胸いっぱいに広がるのだった。




(「今日は茶色がラッキーカラー」完)

   

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