05 語学学校入学、即試験からのクラス分け
そして、ようやくその日はやってきた。
ユーロスクール初日。
朝八時に起きて、シャロットとニック、僕の三人で朝食をとり、八時半に家を出た。
イギリスはどんより曇った空というイメージを持っていた僕はまたしても裏切られた。これで五日連続、快晴だ。
別の学校に通うニックと別れ、チェリーヒントンロードからヒルズロード、二つ目の角を左折してユーロスクールに到着。
四階建てビルのドアを開けると、フローリングのロビーは様々な国籍の生徒で溢れていた。多種多様な言語が飛び交う人ごみに気後れしつつ、生徒たちが列を成しているレセプションへと赴く。
入学許可書の提出とクラス分けテストの受験票をもらい、試験会場となる三階の教室へ向かった。
教室は予想もつかない形をしていた。一般的な四角い教室ではなく八角形になっており、丸い感じの教室だ。机も円卓状、正確には八角形卓状をしており、先に来ていたヨーロッパ人やアジア人、髭を蓄えた中東の青年が緊張した面持ちで僕の方をちらりと見た。
僕も幾つか空いている席の中で一番ドア寄りの席に腰を下ろし、試験開始の時間を待った。
筆記テストが始まった。高校一年生程度のレベルだった。拍子抜けしたのもつかの間、いきなり一問目から躓いた。簡単な単語の綴りが出てこない。どうやら大学生活の四年間で、僕の英語レベルは高校一年生レベルを大きく下回っていたらしい。ショックを受けたまま、瞬く間にテスト時間は終了した。
続いて、英会話テストが始まった。テストは二人の先生と机を挟んで日常会話をすること。
英会話については自らのレベルの低さを把握していた。が、今度は嬉しいショックを受けた。予想外に英会話ができたのだ。これは間違いなくシャロットと文化の違いを延々と話した夜や、ニックの悲壮感漂う恋愛相談を受けていた賜物だ。二人に感謝だ。
テストを終えて一階に下りると、他の教室でテストを受けていた生徒も集まり、イベント会場のようなざわついた状態になっていた。
暫くして、スーツを着た女性教師が現れた。
四十代半ばくらいだろうか。ブロンドの髪を結い上げ、化粧も濃くなく、細い印象を受ける先生だ。眼鏡のせいで少し厳しそうにも見える。
彼女は紙を見ながら、一人ずつ名前を読み上げ始めた。
数人分の発表ののち、僕の名を呼ぶ。
「ミスター・ジュンイチ・ナルミ」
「Yes」
「ブルー教室です。二階の真ん中の教室よ。私が担任になるわね。よろしく」
彼女はそう言い終えると僕に向けてウインクをした。
この国に来てから幾度となく出逢ったウインクだが、彼女のそれは最も格好よく似合っていると感じた。
午後。
二階にあるブルー教室でこれから半年間、クラスメイトとなる六人が会した。
八角形のテーブルに全員が座り、ホワイトボードを背にした席に先ほどの女性教師が座っている。
僕の斜め前に、日本人らしき女の子がいる。手元を見やれば、『英和辞典』と日本語の辞書あった。間違いなく日本人だ。日本人に会いたくないはずなのに、心強いと感じてしまう自分に失笑する。
女性教師は緊張気味の生徒全員を見渡したあと、無駄のない所作で立ち上がった。
「みなさん、はじめまして。私はアン・ドモーネと申します。これから半年間、みなさんの担任となります。英語を勉強していく中での疑問や、普段の生活の中での疑問、どんなことでも問題を抱えた時はすぐに相談してください。みなさんにとって、ここイギリスは異国です。異国での生活は母国の常識とのギャップでストレスが溜まることも多いでしょう。抱え込まず、何でも話してください」
ミセス・アンは綺麗な発音で丁寧に話すと、確かめるようにゆっくりと全員を見渡した。
「それでは、まずは自己紹介から始めましょう。まずは、あなたから順番にね」
ミセス・アンは左手に座る男性を指名して着席した。
三十歳くらいだろうか。中東の顔立ちをした青年が、がらがらと音を立てて立ち上がる。
「俺はエンディ・クント。トルコ出身だ。トルコでは大学生で経済を専攻している。歳は二十三歳。趣味はチェス。よろしく」
よく通る声だった。全員からパラパラと拍手が起こる。
髪の毛は短髪、髭が口からあごまで繋がっており、目は大きく、くっきりとした太い眉が逆ハの字をしている。端整な顔立ちだが、髪の毛が薄いせいか、どう見ても同じ年とは思えない。豪快な印象の男だ。
次に、少しぽっちゃり目の女の子が立ち上がった。
「私は、アニカ・ルースカと言います。出身はフィンランドです。よろしくお願いします」
女の子は一気に言い終えると、そそくさと席に着いた。
パーマがかった赤茶色の髪の毛に青色の瞳、こぢんまりとしただんごっぱな。ただ、バランスが良いのか愛嬌のある顔をしている。
ミセス・アンが質問する。
「フィンランドでは何をしていたの?」
「高校を卒業してから来ました。十八歳です。よろしくお願いします」
アニカは顔を真っ赤にして答えた。
「ええ、よろしくね。一緒に頑張りましょう」
ミセス・アンは俯くアニカに微笑みを返す。
次は僕の番だ。小さく深呼吸をしたのち、立ち上がった。
「日本から来ましたジュンイチ・ナルミです。二十三歳です。大学ではミスター・クントと同じく経済を専攻していました。趣味は……ありません。英語を好きになるために来たので頑張りたいと思います」
無難に拍手を受けてほっとする。
「大いに好きになってくださいね」とミセス・アン。
僕の左手の女の子が立ち上がった。
金髪のショートヘアで、こぼれそうなほどの大きな二重の瞳、整った顔立ちをした小柄な女の子だ。芸能人並みにかわいい。
「こんにちは! 私はカリン・ミューレ。二十歳。カリンって呼んでね。スイス出身、趣味は遊び! ねえ、みんな、今日の夜、ディスコに行かない? この街にも二つディスコがあるんだって」
イギリスのディスコとは、日本でも今や聞くことのなくなったそれとは違い、健全な学生たちの社交場らしい。若者の溢れる町でありながら、遊ぶ場所の少ないケンブリッジでは、学生たちはみんなそれらの場所に集まって交流を深めているらしかった。
カリンが興奮ぎみに続ける。
「それで今日はなんと、シティセンターにある『シカゴ』は外国人ナイトなのだ。私たち、ここじゃ、みんな外国人じゃん? ねえ、行こうよ」
カリンの提案に、みんなは「いいねえ」と賛同する声が上がる。
「オーケー、カリン。帰りまでには、みんなに学生証を渡せると思います。それでセキュリティはパスできるわ。今日の授業が終ったらみんなで相談しましょうね」
いっせいに上がる歓声を微笑ましく見つめ、ミセス・アンは次を促した。
「俺はフェリックス・コッフェ。十八歳だ。ドイツ出身。高校・大学一貫の学校に通っていて、今は休学してここに来た」
金髪で長髪の青年は立ち上がり、堂々とした立ち振る舞いで言った。
身長が一八〇センチくらい。肩ほどに金色の髪が揺れている。彫りが深く、とても整っているが、初対面でも分かるくらいに典型的なドイツ人の顔をしている。
「俺は騒ぐのが好きではないので今日のディスコは辞退する」
「Hey! つまんないヤツだなー」
無愛想に続けたフェリックスの言葉に、すかさずカリンが野次の声を上げる。
「まあ、待てよ、カリン。このクラスだけでも五つの国の人間が集まっているんだぜ。いろんなヤツがいるって。今日は行きたいやつだけで行こうぜ」
トルコ出身のエンディがすかさずカリンを諭す。
よく通る声で、既にこのクラスのまとめ役となっている。
ミセス・アンが続けた。
「そうよ、カリン。今日は初日。無理したくない人だっているんだから。ね」
「はーい……」
不貞腐れたような膨れっ面でカリンは席に座った。
ドイツ人のフェリックスは既にそっぽを向いて着席している。
ミセス・アンが、やれやれ、という表情で、次を促した。
最後に日本人の女の子が立った。
細身で背が高く、肩下十センチほどだと思われる髪をポニーテールにしている。黒いシャツにジーンズというラフな格好をした彼女は口角を持ち上げ、感じのよい笑みを見せたのち、口を開いた。
「こんにちは、みなさん。日本から来ました沢木亜衣子です。外語大学に通っています。今は休学してここに来ました。今日、私もディスコに行きたいと思っています。ヨロシクね」
沢木亜衣子はカリンの方を見て微笑んだ。
カリンは、ナイスとばかりに小さく親指を突き出していた。
沢木亜衣子が着席すると、ミセス・アンが再び立ち上がった。
「オーケー、みなさん。これからみなさんは半年間同じクラスで勉強をします。仲よく助け合って、また、互いの国の文化を理解し合って頑張って参りましょう」
初日の授業がスタートした。




