表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/22

17 蝉しぐれの降る真夏日の午後

 遥香の発作の頻度が三日に一度のペースになった。隣で眠る遥香の息遣いが急に荒くなったかと思うと、僕に背を向けて身を小さく縮めた。声をかけても「ごめん」と息絶え絶えに呟くだけだった。発作の時、結局僕は何もしてやれない。早く苦しみが過ぎ去るように祈りながら、冷たい水を遥香に渡し、背中を擦ってあげることぐらいしかできない。


 遥香の尋常ではない行動が幾つか目立つようになった。バイトから帰っても部屋が真っ暗なままのことも多くなった。暗闇の中、ベッドに寝転んで天井を眺め続けていたり、閉じたカーテンを睨みつけていたりした。さすがにラジオのノイズを聴いていることはなくなったが。


 シャワーの時間が極端に長くなった。今日もシャワーを浴びに入って随分時間が経ち、痺れを切らした僕は脱衣所から遥香に声をかけた。

 遥香からは「大丈夫だよー」と軽快な声が返ってくる。しかし、シャワーの流れる音がもう一時間以上も続いている。湯船に浸かっての一時間とはわけが違う。僕たちが住んでいるのは学生用の安アパートのため、風呂場に鍵はついていない。「開けるよ」と声をかけ、うろたえる遥香の声を無視してドアを開けた。遥香はすぐさま湯の張っていない、空の浴槽に身を屈め、上目使いで僕を睨んだ。


「もう、信じられない。……一緒に入る?」


 頭上から降り注ぐシャワーを浴びながら、裸の遥香が怒った顔を作る。僕は無言のまま、遥香の両腕を掴んで立たせた。

 「スケベ」とか「エッチ」とか騒ぐ遥香の声から現実感が失われていく。慌てて隠した腕の隙間から遥香の乳房が覗く。乳房全体が赤く腫れているようだった。乳房だけではなかった。まるで熱湯に何時間も浸かっていたかのように、全身が赤く染まっている。明らかに首から上と下の肌の色が違っていた。おそらく、身体を洗い続けていたのだろう。無意識のうちに。

 僕はシャワーに濡れるのも構わず、浴槽の縁を挟んで遥香を抱きしめる。熱く火照った遥香の体温が僕の心をえぐる。


 どうしたらいいのだろう……。

 遥香が……、遥香が崩れていく……。


 じわりと滲んでくる視界をきつく目を閉じて堪え、抱きしめる腕に力を込める。

 遥香は不思議そうに「ねえねえ」と無邪気な声を出す。


「淳一君も服、脱げば? 濡れちゃうよ」


 七月の終わりも近く、暑い日が続く中、今日も皴だらけのスーツで面接を二件受けてきたところだ。

 今日の面接予定が終了し、僕は急いで銀行に向かった。祖父母に連絡を入れてから一週間が経ち、祖母から例のお金を振り込んだ旨の連絡が入ったのだ。


 銀行のATMで残高照会の操作をした。そこにはお願いした金額プラス五万円の五十万円が入金されていた。早速、祖父母に連絡して、入金を確認した旨と感謝の言葉を伝えた。


 これで、とりあえず遥香の三年生という時間は守ることができる。

 僕は家路を急いだ。


 部屋に遥香はいなかった。

 今日は比較的早く帰ってくることができた。まだ夕方の五時だ。遥香は多分買い物にでも行っているのだろう。僕は部屋着に着替えて遥香を待った。


 一時間が経過しても遥香は戻らなかった。

 嫌な予感が駆け巡る。遥香のスマホを鳴らした。留守電になった。胃の下の方から不快な靄のようなものがせり上がってくる。

 僕は車の鍵を掴んで飛び出した。

 ドアを開けた瞬間、誰かとぶつかりそうになった。


「きゃっ」


 買い物袋を両手に持った遥香だった。


「淳一君、どうしたの?」


 遥香はきょとんとした目で僕を見つめている。

 僕は思わず遥香を強引に引き寄せて、きつく抱く。


「淳一君?」

「なんでもないよ」


 僕は目を閉じ、遥香を全身で確かめていた。


「最近、よく抱きしめてくれるから嬉しい」


 遥香は無邪気に言う。


「でも、ちょっと、部屋の中に入らない? 丸見えで恥ずかしい」


 僕は遥香を離し、「そうだね」と言って、一緒に部屋の中に入った。


 確かに、僕の方がおかしくなっているのかもしれない。

 二十歳にもなる女の子が、夕方一時間いなくなっただけで慌てるなんて。


 僕は夕食を作ろうとする遥香を制し、「話しがある」と言った。

 渋る遥香に、とにかく座るように、と促す。


 テーブルを挟んで向かいに座る遥香が不思議そうな顔をしている。


「なに? 改まって」


 授業料未納を告げられたあの日以来、遥香は授業料の工面のことや、お母さんと継父のことをまったく話さなくなっていた。


「遥香、大学を辞めなくてすむぞ」


 僕は話の核心から切り出した。


「言っている意味が分からないよ?」

「お金の工面ができた。期限は明日までだよな。大丈夫。何とか間に合ったよ」


 遥香は怪訝な顔つきで僕を見つめている。


 僕は、祖父母が協力してくれたことを正直に話した。消費者金融や友人に借り回ったわけではないことを強調して。

 しかし、遥香は驚いたような顔をしたが、嬉しそうな顔はしなかった。そして、沈んだ口調で言った。


「受取れないよ」


 この言葉を予想していた僕は説得にかかる。


「別にお金をあげるというわけではないんだ。貸してあげるだけだ。だから、遥香には卒業して働き出したら返してもらう。それに、来年から……、あー、多分俺も就職できている予定なんだけど、給料をもらい始めたら俺が先に爺ちゃんたちに返していくから。遥香はゆっくり俺に返してくれたらいい」

「受取れない」


 遥香はオウム返しのように言う。


「そんなこと言っても、遥香だってあてはないんだろう? だったら、ちゃんと返済しなきゃいけないものなんだし、受け取ってよ。じゃなきゃ、遥香、本当に除籍になるんだから。それに」

「もう、これ以上、淳一君に迷惑をかけられないよ!」


 遥香は顔を伏せて大声を出した。驚いて僕は口をつぐむ。


「もう、嫌なの。これ以上、淳一君に迷惑をかけるのは。私、大学辞めるよ。でも、東京には戻らない。どこか、住み込みの仕事を探すの」

「何を言って」

「もう、決めたの!」


 遥香は断固とした声で僕を遮った。

 遥香をじっと睨む。遥香に対して怒りが込み上げてくる。

 まただ。またいつかみたいに大切なことを勝手に決めようとする。


「私も今のままの自分じゃダメってわかってた。ずっと甘えたままじゃいられない。だから、仕事が見つかるまで、もうちょっとだけ、ここに置いてくれたら」

「ちょっと、待てよ」


 今度は僕が遥香を遮る。


「遥香、冷静になって考えろ。もう、三年生の半分まで来たんだ。残りはたった一年半だ。ここで辞めるな。大学に行きたくても行けない人だって沢山いるんだ。でも、今、遥香の前には一切の障害はなくなった。あと少しなんだ。だから」


 遥香は首を振る。


「わ……、私は逃げるの。大学に通っている限り、あの人から逃げられない。頭がおかしくなりそうなの。ううん、ゴメン。もう……、自分で何をしているのか分からなくなる時があるの」


 遥香の声色が一瞬震え、崩れ出す。


「昨日ね、お母さんからスマホに電話があったの。あの人の様子がおかしいって。突然、今の会社を辞めたって。ずっとお酒を飲んで、ぶつぶつ私のことを言っているみたい……。もう……、わた……しぃ、考えただけで吐きそうになるのぉ」


 遥香はぼろぼろと涙をこぼしながら続ける。


「そ、それ……で、最後に……お母さんがぁ……、……お母さんが、私に言ったの。あんた、本当にあの人に何をしたの? 色目でも使ったんじゃないでしょうね、ってぇ! 許さないよ、ってぇー……」


 泣き叫んだ途端、遥香は表情を歪め、両手を口に当ててトイレに駆け込んだ。


「遥香!」


 遥香の背中を追ってトイレに駆け込む。

 遥香は泣きながら吐いていた。

 小さな背中が苦しそうに揺れる。


 無力だ。僕は。


 それから、長い間、遥香は吐き続けた。

 一年間、二人で頑張ってきた時間が崩れていく。

 遥香はもはや再会した頃よりも状態が酷くなっている。

 僕は大切な人、一人も守ることができないのか……。


 いや、まだだ。耐えろ。

 このまま、暗闇に飲まれてはいけない。

 僕が未来を見失ってはいけない。

 頭の中を冷静に保つんだ。


 暫くして、僕は落ちついてきた遥香を担ぎ、ベッドに運んだ。

 遥香は横になりながら、息を整えていた。

 遥香に冷たい水を渡す。


「大丈夫? 遥香」


 遥香は身を起こして、水を一気に飲み干した。そして、僕の問いかけにこくりと頷いた。

 その時、突然、僕のスマホが鳴り響いた。モニターには未登録の番号が表示されている。咄嗟に僕と遥香は顔を見合わせる。僕の脳裏に一度、遥香のアパートの階段でぶつかった継父の顔がよぎる。あり得ない。あり得ないはずなのに、響くベルの音に身体の芯が凍る。

 僕は意を決して通話ボタンをタップした。

 意外なところからの電話だった。


―― 明日、社長面接を行いますので午前十一時にお越し下さい。


 それは、内定が決定した旨を伝える電話だった。

 四十社を超える面接を受けた中の一社。以前、一次面接を受けた時、その会社の人事担当者が僕を気に入ってくれ、そっと耳打ちしてくれていた。役員面接を通過した時点で採用決定だよ、と。先週受けたのが役員面接だった。僕は役員面接に合格したのだ。礼を述べ受話器を置いた。そして、遥香の方にふり返る。

 遥香は憔悴しきった表情で、目配せで「なに?」と訊いてきた。


「遥香、就職が決まったよ」


 僕の言葉に遥香は安堵の表情を浮かべ、今日初めて微笑んでみせた。


 未来への扉が開いた。僕の頭の中で急速に将来の計画が組み立てられる。

 僕を採用してくれる会社は大きくはないが、札幌の中央区にあるコンピューターソフト会社だ。たしか、支店はないはずだ。この部屋を引き払っても、次に住む場所は札幌近郊のはずだ。当然、遥香は大学に通うことができる。そして、銀行で個人ローンも組むことができる。来年の遥香の学費も大丈夫だ。それと、継父との関係を絶たせるためには、遥香が言ったように大学を辞めたことにすべきだ。遥香が借りていた西一八丁目の部屋を解約させ、両親には遥香から大学を辞めたことを伝えさせよう。就職したことにして遥香に独立したふりをさせよう。来年四月から、本当に何もかも心機一転、再スタートだ。


 僕の考えを遥香に伝えた。その上で学費を受け取ってほしいと説得する。


 遥香は自由になれる。

 二人で、生きていける。

 誰にも縛られることなく生きていける。

 そして、いつか、遥香は過去からも解き放たれるだろう。

 今、僕たちの前に大きく道が広がった。


 長い時間をかけて説得した。遥香はそれでも頑なに首を横にふり続けた。僕は、そんな遥香の目を正面から受け止め、「信じろ」と何度も言った。日付が変わろうかという時間が迫り、やっと、遥香は俯いたまま頷いた。


 これで、暗く長い暗闇から抜けることができる。

 何もかもが終わり、新しい日々を生きていける。

 きっと、取り立てて特別なこともなく、ゆったりとした平凡な日々が流れるだろう。

 僕たちが求め続けていた、静かな日々。恋焦がれた日々がもうすぐやって来る。

 無意識のうちに、僕の頬を雫が伝っていた。

 俯いていた遥香がそんな僕を見上げ、小さく微笑んだ。


 翌朝、僕はスーツを着込み、髪型を整え、社長面接に備えていた。

 開け放たれた窓からは、近くの防風林から止め処ない蝉の鳴き声が舞い込んでくる。真っ青な空は高く、分厚い入道雲が真夏の王を気取って空を蹂躙している。テーブルに置かれた麦茶の入った二つのグラスはともに汗をかいていた。今日も暑くなりそうだ。


「そろそろ行くよ」


 僕はベッドに座り込んでぼんやりしている遥香に言った。遥香は微笑んでこくりと頷く。

 僕は祖父から振り込みを受けた銀行のカードと暗証番号のメモを遥香に手渡した。


「ちゃんと、お金を振り込んでおくんだよ。今日が最終日。今日、忘れちゃったら、除籍になっちゃうからね。本当は付き添ってあげたいんだけど、急な面接だったから、ゴメンな」


 遥香は一言、一言にこくりと頷く。


「じゃ、行くよ。今日で就職活動最終日。ね、夏休みに北海道を一周しようよ。心機一転スタートするのにいいと思うんだけど」


 遥香は曖昧な笑みを浮かべて、頷かなかった。

 僕は遥香の頭を包み込み、遥香の匂いをかいで、遥香を確かめる。


「大丈夫、これから、ゆっくりとした静かな暮らしが遥香を癒してくれるよ。信じようよ、未来を」


 僕は遥香にいつもより長めのキスをして、部屋を出た。


 大通駅の地上出口から流れ出る人波と一緒に僕も炎天下の街に出た。

 歩いて数分のところにある五階建てのビルに着く。三階までエレベータで昇り、会社名の記されたドアの前に立つ。ドアの横には外づけの受付電話が置かれている。僕は一つ、大きく息を吐いた。十時五十分。その時、スーツの内ポケットに入れていたスマホが振動した。

 モニターを確認する。遥香からのラインだった。


―― お金、振り込みました。淳一君、ありがとう。私も未来を信じます。


 胸の中が熱い想いで溢れる。小さく「よし」と呟いた。

 受付電話の受話器を上げかけた、ちょうど、その時、再びバイブレーションモードのスマホが震える。


―― P.S. 最終面接頑張ってね!


 もう、何も障害はない。今から始まる面接を精一杯頑張るだけだ。


 僕は受付電話の受話器を取って、面接に来た旨を伝えた。「お入り下さい」との返事を受け、ドアに手をかけた時、三度、内ポケットのスマホが震える。僕は苦笑しながら、ドアを開けた。

 遥香が前向きに生き始めている。

 全ては今日から始まる。


 社長面接を終えて、人事担当者に何度も頭を下げて会社を後にした。

 面接は十五分程度だった。社長は意外に若く、多分四十代後半だろう。僕にしては上手く話せたと方だと思う。最後に人事担当者が「一緒に働ける日を楽しみにしています」と言ってくれた。正式な内定の告知はもう少し先だが、もう、間違いなく採用だと思う。


 昼の一時を廻った頃、僕は最寄り駅に着いた。

 アパートまでの道すがら、途中の花屋で小さな花と花瓶を買った。

 全てが晴々としていた。いつも手を翳して恨みがましく仰いでいた照りつける陽射しでさえ、愛しく思える。家を出る前、「昼頃に帰れると思うよ」と遥香には伝えていた。もしかしたら、昼ごはんを作って待っていてくれているかも知れない。僕はアパートまでの道のりを急いだ。


 アパートの階段を軽快に上り、部屋のドアを開けた。

 むっと蒸した空気が顔を撫ぜる。

 蝉の鳴き声がいつもよりも、けたたましく響いている。


「ただいま、遥香」


 部屋に入った。

 見覚えのない風景が飛び込んできた。


 部屋が激しく散乱している。

 テーブルがひっくり返され、本棚は倒れ、床には本やCDと一緒にグラスの破片が散らばっている。壁が何かで打ちつけられたように所々へこみ、そこに掛けていたはずのコルクの伝言ボードが割られていた。


 そして、部屋の隅。


 僕は手に持っていた花瓶を落とした。

 ガラスの破砕音はすぐに蝉の鳴き声に吸い込まれ、それを合図に、全ての音が消えた。


 遥香……。

 遥香がいる。


 部屋の角に引っつくように身を寄せ、背を向けて膝を抱える遥香がいる。

 僕の頭は真っ白になり、暫し立ち尽くす。


 一歩、足を踏み出した。

 鋭い痛みが足に走る。

 ガラスを踏んだ。

 どうでもよかった。


「遥香?」


 もう一歩、進む。

 靴下に血が滲むのが分かる。

 遥香は動かない。

 僕には小さく丸くなった遥香の背中が見えるだけだ。


「はる……かぁ」


 声が震えている。

 まるで、自分の声ではないみたいだ。

 部屋の風景が歪む。

 バランスを取っていないと、転びそうになる。

 耳の奥で超音波のような高周波の音が鳴り響く。


「おい、どうしたんだよぉ……、はるかぁ」


 一歩、また一歩。

 遥香と僕の間に果てのない空間が存在しているように感じる。


「はるッ……」


 言葉がつまり、僕は駆けた。無限のような空間を一気に飛び越えて。


 遥香の背中が微かに揺れている。

 僕は遥香の背後から両肩を掴んで、前を向かせた。

 遥香の体勢が崩れ、僕の両腕に抱かれる。

 遥香を見た瞬間、戦慄が身体を貫く。

 髪は乱れ、目じりが青く腫れ上がっている。

 口角も腫れ上がり、生渇きの絵具のように血が固まっている。

 Tシャツ以外には下着しか着ておらず、そのTシャツも首まわりから胸下まで引き裂かれていた。


 遥香は焦点の合っていない目で宙を見つめ、ぶつぶつと何かを呟いていた。

 遥香の口元に耳鳴りの酷くなった耳を近づける。


「ご……。ご……さ……。ご……ん……い」


 よく聴こえない。

 血のりが滲む口元に更に耳を近づける。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい――」


 遥香の頭を抱きしめて、僕は声にならない悲鳴をあげた。全身に無数の針を突き立てられたような激痛が走り、心臓が細かい爆発を繰り返えす。身体が大きく震え、気を失いそうなほどの閃光が頭の中で何度も爆ぜる。あの男だ。継父だ。僕の中の何かが決壊する。見開いた目から次々と大粒の涙がこぼれた。僕は音のない叫びを上げながら泣いた。止め処なく、涙が溢れた。全てが壊れてしまった。


 どうして、どうして、どうして、どうして、どうして……。


 遥香を力の限り、抱きしめる。身体の震えが止まらない。


「ただ、静かに生きていたいだけなのにぃ!」


 初めて、のどを通るヒューヒューという音が叫びに変わった。それは、いつの日か遥香が言った言葉だった。


 突然、全ての筋肉を弛緩させていた遥香の身体に力が籠もった。

 僕の皮膚全てが、遥香の皮膚から直接伝わる僅かな動きを感知する。

 腕の中で遥香が上体を起こすように動く。

 ゆっくりと、永い永い眠りから覚めたように。


 虚ろな目をした遥香が緩慢な動作でふらつきながら立ち上がる。

 次第に焦点が合い、僕を見下ろした。


「あ、じゅんいちくん、おかえり!」


 遥香がにっこりと笑み、元気な声を上げた。


「はるかぁ、はるかぁ」


 涙と汗と鼻水で、ぐちゃぐちゃになった顔で、僕は遥香を見上げる。

 大きめのTシャツの袖から伸びる白くて長い腕。

 裾から伸びる真っ白な足。

 ベランダに続く大きな窓から入り込む力強い陽射しを背に、遥香の身体のラインが透けて見える。


 時間が止まった。

 耳鳴りも消え、本当の静寂が訪れた。

 まるで、天使が降臨したようだ。

 僕はその美しくも神々しい姿を前に動けない。

 遥香は困ったような顔をする。


「わたし、いかなきゃ」


 優しい声色。


 どこへ?


「じゅんいちくん」


 慈愛に満ちた、優しい微笑み。


 なに?


 遥香の白く、細長い腕が伸びて、僕の頭をそっと撫でた。

 そして、まるで背中に羽があるように、軽やかに開け放たれたベランダに出た。


 はるか。

 どこへいくの?


 僕は足に力を込め、立ち上がろうとする。しかし、足元を濡らす自らの血に滑り、上手く立てない。手だけが宙を泳ぐ。


 もう一度、遥香を見上げる。

 遥香はベランダの格子に腰かけていた。

 僕の方を向いて。

 かつて、見たこともないような、最高に素敵な笑顔を見せながら。


「じゅんいちくん。ありがとー」


 夏の陽射しの下、透き通るような遥香の声。

 無垢で穢れのない瞳。

 緩やかな風に揺れる髪。

 笑顔。

 とても綺麗だ。


 時間を塞き止めていた門がゆっくりと開く。遥香は両腕を水平に伸ばし、瞳を閉じた。仰向けに遥香が視界から消えてゆく。スローモーションのようなスピードで。時間の制約から解き放たれた僕も、ベランダに飛び出す。


 伸ばした指先が一瞬だけ遥香の指先にかすった。

 その瞬間、白い腕は視界から消えた。

 遥香が元いた空間に青空が広がった。


 洪水のように、蝉の鳴き声や、街の喧騒、あらゆる音が戻り、左足に激痛が走った。

 僕は全身の力が抜け、崩れ落ちるようにベランダに座り込んだ。

 見上げた青空は高く、真っ白な鳥が旋回していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ