偉大なる聖女とその息子
我が家は、僕が物心ついた頃から母一人、子一人の母子家庭だった。父は僕が二歳の頃に事故で亡くなったらしい。
親戚は父方も母方もいないので、文字通り、母だけが僕の唯一の家族だ。女手一つで子供を養うのは大変だったろうに、母は仕事を掛け持ちしたりして懸命に僕を育ててくれた。
母は明るく優しく、少しふざけたところのある、太陽のような人だった。
僕がまだ子供の頃、風邪をひいたりすると「母さん、実は聖女なのよ。この聖女特製スープを飲めば、風邪なんかすぐ治っちゃうわ」なんて冗談を言いながら野菜スープを作ってくれた。
僕は「聖女って言うより魔女みたいだよ」と憎まれ口を叩きながらも、母の作ったスープをひと匙ひと匙味わって飲んだ。甘くて優しい味がして、飲み干した後は布団の中で母に手を握られながらぐっすり眠り、翌日にはすっかり元気になるのだった。
それから一瞬だけ反抗期があったり、母にばかり苦労は掛けられないと一念発起して奨学金で大学に通ったり、無事に就職して仕事に邁進したりと、母子二人で仲良く暮らしていた。
そんなある日、母に病気が見つかった。胃癌だった。幸い、早期に発見できたけれど、母はだいぶ落ち込んでしまった。
「迷惑掛けてごめんね」
「迷惑なんて思ってないよ」
「母さん、死んじゃうのかしら」
「早期に見つけられたから大丈夫だよ」
「でも不安だわ」
「母さんは聖女様なんだろ。癌だってすぐ治るさ」
「そんな力、きっとなくなっちゃったわ」
あんなに明るかった母さんが、病気のせいですっかり気弱になってしまっている。
僕は母さんに生きる気力を取り戻してほしかった。
今こそ、僕の力を発揮する時だと思った。
「心配しないで。聖女の力は僕が受け継いでる。僕が手術をして、癌なんて欠片も残さず取り去ってあげるから」
母の小さくてカサついた手を握ってそう伝えると、母はぱちぱちと瞬きをして安心したように笑った。
そうして迎えた手術の日。執刀医として、患者である母を迎えた僕は、不思議と心が落ち着いていた。絶対に上手くいくという自信に満ち溢れていた。
実際、手術は何の問題もなく成功した。転移もなく、癌が自ら敗北を認めて降参したかのように、あっけなく終了した。
それから五年後。母は生きている。病気になる前のような明るい笑顔を絶やすことなく。
「ほら、ちゃんと治っただろ?」
「ええ、さすが私の息子だわ」
ありがとうと言って微笑む母は、聖女のように美しかった。
なろうラジオ大賞2への応募作品です。
「聖女」をテーマにしています。