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第1話 人生で一番綺麗な夕焼け空

からかわれるのが嫌で避けてしまった中学時代に色褪せていた茜の空は、再び鮮やかな赤と黒を取り戻す。

コンクリの壁に覆われた閉塞感のある道路は街灯も少なく、夜中に歩くには危険な道。

でも僕にとっては、彼女と二人きりになれる特別な場所。

ここには、僕たちの仲を茶化す奴らはいない。

たとえ告白したとしても、だ。

柴田円(しばた・まどか)

小学生の頃からの幼馴染で僕の好きな人が、隣を歩いている。

プールの塩素で脱色した赤っぽい茶髪に、小麦色に焼けた肌、そして筋肉質な肉付きのいい身体。

彼女の首筋や鎖骨に滴る汗を目で追うと、そんな所にばかり目がいってしまう。

でも女らしさからかけ離れた彼女を見て、クラスの男子が自分を棚上げして放った言葉を、僕は一生涯忘れない。

―――女ゴリラ。

日々の努力の結晶を侮辱されて、言い返せない自分が歯痒かった。

僕に彼女を好きになる資格なんてあるのか。

告白するのに中学生の頃から数年間、悩みに悩んだ。

でも、やれることをやらない後悔はしたくない。

息をゆっくり吐きつつ、僕は覚悟を決めた。


「まっ、円! ぼっ、ぼぼ僕と……」

「緊張してる? 深呼吸深呼吸」


心配する円の真似をして、顎が外れたかのように口を開けると、呼吸は幾分か楽になる。

夕方になって気温は落ち着いてきたというのに、滝のような汗が止まらない。

胸の動悸は、今にもはちきれんばかりに激しくなる。

告白した人は、みんなこれを乗り越えてきたのか。

ごちゃごちゃ頭で考えてたら、ずっと告白なんて無理だ。

もう勢いに任せてしまえ。


「つ、付き合ってほしい」


言え、言うんだ!

早鐘を打つ胸に従うと、僕は至極シンプルに恋心を伝えていた。

予め告白する際に考えていた台詞も忘れて。

ああ、終わったな。

失態を犯してから気がついた僕は、その場で項垂れた。

孔雀のオスは求愛の際、きらびやかな尾羽根をメスに見せる。

人生の大仕事でポカをやらかした僕は、動物からしたらどんなに愚かだろう。

しかし前にして、言葉を綺麗に飾りつけるだけの余裕がなかったのだ。

いっそ、こっぴどく振ってくれ。

そうしてくれれば、諦めもつくから。

絶望が、雨雲みたいに心を覆いつくした。


「う、うん……嬉しい……。これからは恋人として……一緒だね」


両手で顔を覆う彼女は、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

OKを貰って緊張がほぐれると、安堵からか涙腺が緩んだ。

次の瞬間には、一筋の雫が頬を伝っていた。

あれ、おかしいな。

泣くつもりなんてなかったのに。

泣かせるつもりなんてなかったのに。

けれどこれは、哀しいから流れたのではない。

嬉しさが、涙となって溢れ出したのだと。


「あ、ああぁ……よかった。……勇気出して……」

「もう、ハンカチくらい手渡してよ。彼女が泣いてるんだから」

「ホッとしたら、つい……」

「亮ちゃんパッとしないし、しっかりしないと自慢の彼女、誰かに取られちゃうよ」

「し、失礼だなぁ! まぁ、否定はしないけどさ……」


他人にわざわざ言われなくても、自覚くらいある。

僕が円に相応しい人間ではないことも。

でも今、この瞬間だけは幸せな時間に心いくまで浸りたかった。

そして僕と円が恋人になれたのだという、確かな証が欲しかった。

……流石にそういうのは、僕たちにはまだ早すぎるけど。


「手、握っていいかな?」

「う、うん……」


手を繋ぐなんて、普段は何気なくしていた行動だった。

けれど関係性が変わったというだけで彼女の表情が、仕草が、まるで違うもののように映る。

まるで万華鏡を覗いたような、不思議な感覚を覚えていた。 

恋。

悪くない心地だ。


「暖かいな、すごく」

「なんか触りかた、いやらしー」

「え、あっ、ごめん! そんなつもりなかったんだけど」

「ハハハ、冗談冗談。亮ちゃんはからかいがいあるなぁ、ホント」


女の子には似つかわしくない、喉彦が丸見えの大笑。

普段なら注意の一つもしていただろうが、無粋だな。


「……正直いうと、こういうの慣れてないからさ。空元気でごまかしちゃった」

「文化祭のコスプレ喫茶で褒められた時も、そんなだったね」

「恥ずかしいこと思い出させないでよ。でも、初めての恋人が亮ちゃんでよかった……」

「僕もだよ。初めての相手は円って決めてたから」

「て、照れちゃうね。亮ちゃん、あのさ」

「どうしたの?」

「大好きっ!」


唐突に彼女は子どものような無邪気な笑顔で、恥ずかしい台詞を臆面もなく言った。

好きな人に好きと伝えられる、素直で真っ直ぐな純真さ。

ああ、こういう部分に僕は惹かれていったんだな。

でも好きを口頭で伝えるのに緊張しない人間なんて、きっといない。

円なりの好意の返し方に応えてあげるのが、男としての務めだ。


「うん、僕も」

「僕も……何?」


意地悪な表情を浮かべ、こちらの顔を覗き込む。

その先の言葉はないの?

十年来の付き合いだ。

わざわざ言葉にせずとも、そう言いたいのが分かった。

彼女の無邪気で人の反応を見て面白がる所が、昔と変わらないから。


「だ、だからさ、その……。……だ、大好き。……僕も」

「亮ちゃ~ん! 私も、私も、私も~っ!」

「わわっ、円!」


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