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満月の夜に



次の満月は、すでに待っていた。



「今晩は、エラ。」


「・・・、今晩は、エリック様…」



不馴れな様子で名前を呼ぶと、優しく微笑んでくれた。


私は水浴びをするために裸だから、「泉に入ったままで」とお願いされた。

エリック様は、汚れてしまうのに、地べたに腰を下ろしてくれる。


あれから、考えて、謝らなければならない事があったな、と後悔した。

今日こそは最初に言おう。



「あ、の…、今更、失礼かもしれませんが…、この場所は、貴方様の、貴族様の…、土地、なんですよね? 勝手に、その、申し訳ありません…」

「・・・いや、ううん、土地と言えば土地になるのだろうけど、良いんだ、気にしないでおくれ。 エラなら、好きに使ってくれて構わないよ」



「色々知りたいこともあるからね」と、寛大にも許して下さった。

私のような卑しい身分の人間に…。


そうとも知らずなのか…、いや、きっと私の立ち振舞いで分かることだろう。

エリック様の動きひとつひとつは、とても美しいもの。


私が住むタール地区の、領主のグスタフ様は、太ってて、ニヤニヤ笑ってて、領民の女性には厭らしく触って、でも男の人にはすごく厳しくって…、エリック様とは大違い。

グスタフ様も、一度か二度程しか見たことはないけれど…。



あれ、グスタフ様が領主様なら、エリック様は誰なのだろう…。

領主様が変わったなら、御役所にも張り出すし、私でも知っている筈だ。


・・・、次期、領主様…?


そうだとしても、この土地で過ごすのは、あと、4ヶ月程度・・・。

関係のない事ね…。

少し、残念な気もするけど…。



「何を、考えているんだい?」



さらり、と何かが頬を撫でた。

「え…?」と、その出来事に目をやると、驚いたことに、貴族様の、エリック様の指が、私の頬に触れている。


あまりにも驚いて、仰け反ってしまい、水飛沫がエリック様に掛かってしまった。

私は青ざめて、今度こそ絞首だ投獄だと覚悟した。



「・・・・・・! も、申し訳っ、ございませんっ・・・、わたし…、なんて事を・・・!!」



しかしそんな覚悟も、この飛沫のように一瞬で飛んだ。



「あっはっはっはっは・・・!!」



エリック様は大笑いして、涙まで流している。

私はどうしてよいか分からず、「あ、え、…あの・・・」と狼狽えるしかなかった。


そしてエリック様は一頻り笑って、落ち着いた頃、「申し訳無い…!」と話し出した。



「頬に、触れただけで、可愛らしい反応をするものだから、つい、可笑しくって…」

「あ、あの、申し訳御座いませんでした…。 他人に、その様に触られるのは、初めてだったもので、その…、不快な思いを…」



兎に角謝るしかなかった。

寧ろそれしか知らない。

私達は謝ることしか許されない。



エリック様は、困ったように笑って、少し溜め息をついて、「可愛いと言っているのに…」と呟く。



「は、はい・・・貴族様に失礼をした、私のような者にお気遣いまで・・・、」



そう言うと、また困ったように笑った。



暫しふたりの間に静寂が訪れて、風や、水音だけが聞こえる。

ふと背後が暗くなったのを感じて、ちらりと振り返れば、泉がゆっくり沼地に変わっていく。



「あ、わたし、泉から上がらなくてはなりません」


「・・・・じゃあ、目を閉じよう」



もうお別れなのだと、感じているかように、エリック様はゆっくり目を閉じた。


瞑っているのを確認して、泉から上がる。

もう一度、エリック様を確認して、泉の周りに生えている花や、木葉などを、ぷち、ぷちと幾つか貰った。



そして最後に、もう一度、エリック様を瞳の奥に焼き付けて、満月は雲に隠れた───




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