表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/23

待ち遠しかった月



────雨だ、



私はどこかで期待していたのかもしれない。

また、あの綺麗な貴族様に、逢えることを。



いいや、そんな事を考えている暇なんてないの。

雨ならば、水瓶に溜めなくてはならない。

貴重な恵みの雨だ。


けれどあまりにも降りすぎてしまうと、沼が溢れ、臭くて汚い泥が家の床の上まで入ってくる。

それに虫や蛙だって、其処ら中に湧くし、それを食べに蛇だって来る。

雨が上がれば、変な病気も蔓延しやすい。


でも蛇や蛙は貴重な食料だから、取りに行く手間も省ける。

それを思うと、一見悪いように思えることも途端によく見えた。



あぁ、でも、この貴族様の御召し物だけは…、何とかして守らないと…。



こんな心配事、早く返してしまいたいと、そう思うエラ。

だが、あのときの、あの手の温もりを、思い出せる。

そこに置いてあるだけで、何となく幸せな気持ちになった…。



そんな気持ちを汲み取ってか否か、空は、雨を降らせる。

次も、その次の満月も──



泉で水浴びをしていないから、髪の毛はまた汚く絡み合って、指も通らない。

肌は垢でくすみ、若干頬も痩けた。

勿論、臭いも酷いだろう。

御役所の人が鼻を曲げるぐらいに。




───そして、初めてあの御方と出逢って、6回目の満月・・・



ようやく泉に包まれた。


嬉しくて、気持ちよくて、水の中をくるくる魚のように泳いだ。

木葉や、枝、花も採取した。


・・・でも、あの御方は、何処にも居ない。



「上着を、返せないままね…。」



と、どこかそれとは違う残念な気持ちは言葉にしないで、岩にもたれ、満月を眺める。


すると、遠くの方から馬の足音がする。


木々を掻き分け、現れたのは勿論あの貴族様だった。



「は、はぁ、・・・あぁ、良かった、間に合った…」



少し息を切らしている。

急いで来たのだろうか?

何のために?



「どうか…、私と、少し話をしてくれないか。」

「・・・・はい。 あと、以前も申しましたように、私は貴方様にお願いされる身分ではありませんので」

「・・・・・良いんだ、そんな事…。 この時間は、この時間だけは、そんな事気にしないでおくれ」



そう、貴族様が仰るなら、その様に従うのが最善だろう…。



「・・・・はい」


「もっと、近くへ来てくれないか。 君の顔をもっとよく見たいんだ」



泳いで岸まで行く。

貴族様の眉が少しだけピクリと動いた。

あの日より痩せてしまったから、きっとその事について何か思っているのだろう。



「・・・ごほん、まず、私の名前はエリック。 君の名前を教えてくれないか」

「私は、エラと」

「エラ…、綺麗な名前だ…。」



エリック、とても、よくある名前。

だけど何か引っ掛かる。



「前回も、満月の日だった。」

「えぇ、満月の光が泉に当たっていないと、この泉には来れないのです」

「…そうか、だから先月は…」

「はい、その前も雨でした。」



「成る程…」と、ひとり納得しているが、エラの瞳には雲に月が隠れる様子が映っていた。


そうだ上着を返さねばと、岸から上がれば、また貴族様は目を背けてくれる。

目一杯、丁寧に畳んで置いていた上着を手に取り、渡そうと差し出す。



「あ、申し訳ございません…、あの、この、上着、汚してしま────




─────い、ました・・・、」



最後まで言い切る前に、その日の満月の夜は終わった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ