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月が綺麗ですね



それから1か月後の満月の夜──


エラは、あの貴族様が幻ではなかったと知ることになる。




泉の中心から少しズレた所に岩がある。

岩なのに、温もりがあって、まるで何かが寄り添ってくれているかのように感じる。

その岩は丁度良く腰を掛けれるので、いつもそこで泉に浸かりながら満月を眺めていた。



今日の満月もそう。


しかし、岩に辿り着いて、ものの数秒で「君なのか…!?」と少し離れた場所から聞き覚えのある声。


顔面から血の気が引いて、心臓が大きく鼓動する。



あぁ・・・、貴族様だ…、待ち伏せをされていたんだ…



絶望しながらエラはその貴族様の方を見ると、1ヶ月前のあの日のように、煌々と輝いている。



「お願いだ。 もっと顔を見せておくれ」



「・・・・・・私は、貴方様に、お願いされる身分では御座いません」



岩影でよく見えなかったであろう私の顔、岸の方まですーっと泳いでいくと、その貴族様の顔も伺える。

とても、綺麗な顔立ちだ。

私の生きてきた中で見たこと無いほど美しい男性。

それに近くで見れば見るほど高そうな服・・・



「君は、誰なんだ・・・?」



近付く私の顔をまじまじと見ながら、貴族様は言う。

想像していた程、怒ってはいないようで少し安心した。



「誰、と言われましても…。 誰でもない・・・、貴方様からしてみれば取るに足らない人間です…」

「人間・・・? 聖霊や、はたまた人魚かと・・・」

「いいえ、ただの人間で御座います。・・・それで、私は、捕まるのでしょうか?」

「捕まる…、いいや、それよりも知りたいことが山ほどある。上がってこれるかい?」



美しい手を差し伸べられる。


その手を、取ってよいものか…。



「私の手は、汚いですが…」

「何を言う、そんな事はないよ。 さぁ、」



「どうぞお手を、」



貴族様の優しさを無下にするのも、きっと良くない事だろう。とエラはその手を取った。


今まで誰かの手を 、こんな風に差し伸べられた事など無い。

それに今まで感じたことの無いほど、その握った手は力強く、グッと、泉から引き上げられた。



つるつると泉の水滴が、肌を転がる。



「な"…!? っ・・・申し訳無い、水浴びをしているのだから、服を着ていなくて当然だった…」



貴族様は驚いて、目をつむり、更にそっぽを向いた。


驚いた。

私の身体なんて、貴族様にとっては空気と同じで、何も感じないのかと思った。

それなのに、私を気遣い、差し伸べられた手も離さず、紳士に対応する。



「私の上着を、」

「い、いえ…、その様な高価なもの、汚すわけには…」

「君の身体の方が大事だろう」



あぁ、こう言う御方が、きっと、ちゃんと教育をされた方なのだな。

女性を、ちゃんと女性として扱う…、生きる世界が違う方なのだな。


そう、エラは感じた。



「・・・では、御言葉に甘えて…有難う御座います。」



優しく離された手、貴族様の温もりが残るその上着を、重々しく羽織る。

これが服と言うものか、と…、初めて知った。


貴族様の、伏せる睫毛、鼻筋に、唇…、何もかも絵画のよう。

実際、絵画自体、町のお店の、窓の外からしか見たことはない。



あぁ、夜で良かった。と、月を見上げて思う。


だって、夜でないと、私の汚さがより見えてしまうだろうから。

この様な美しい人の前で、恥ずかしくて立っていられないだろう。



恥ずかしい…、だなんて、そんな事を思うのも烏滸がましいわね…。



ふっ、と聴こえぬように笑う。

すると、気付かなかったが、段々と満月が雲に隠れていくではないか。



「もう、目を開けても良いかな」



「え、…あ、はい…」




あぁ、さようなら。



瞬間的に思った。



貴族様が、ゆっくりと瞳を開ける。


その蒼い、美しい瞳を見つめる前に、月は隠れ、私は、また、ひとり──。



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