遥か先へ
1943年12月15日、川崎航空機工場というところで私は製造た。
製造たとき、やけに周りがうるさかったのを覚えている。
私には、意識があった。
三式戦闘機乙型、それが私だった。
私は戦闘機だ。戦うために造られた。
なのに、機械であるはずの私には、自分を造った人間たちのように心があった。
終いにはその心は、戦闘機としての体の他に、人間の少女の姿として形を成していた。
「私、なんでここにいるんだろ」
なぜ自我を持っているのか、それについて幾度となく考えた。
だが考えても、その答えは見つけられなかった。
工場にいる、他の戦闘機の声は聞こえない。
他の戦闘機に話しかけても、何も答えてくれない。
自分を造った人間たちも、私のことは見えていない。
その人間たちは、私のことを飛燕と呼んでいた。たぶんそれが、私の名前なんだろう。
わかるのは自分の名前だけで、それ以外は飛燕がなぜこのように人間と同じように、心があるのかわからなかった。
飛燕は最初からひとりぼっちだった。
だが、一つわかっていることがあった。
「戦争…してるんだね、この国は」
敵を倒すために造られた、そのことは飛燕は無意識の内に理解していた。
ならやることは決まった。
「活躍する、誰よりも強く飛んでやる。そしてみんな私が、すごいっていうの見せてやる」
誰にも気づいてもらえない、飛燕なりの目標がこの時できた。
飛燕は早く、戦場に出れることを願っていた。
だが、彼女の活躍は、予想と反した方向に向かう。
「またダメか?」
「ダメですね、うまくエンジンが上がらなくて」
今まさに飛び立とうとしている、飛燕に兵士たちが寄ってくる。
「またか」と飛燕は声を漏らした。
三式戦闘機。戦争中に造られたこの戦闘機は、ある一つの問題を抱えていた。
それはエンジンである。
この戦闘機のエンジンは、ドイツのメーカーのライセンス生産品だった。
当時の日本は、このエンジンの扱いに慣れていなかったために、現場の兵士はこのエンジンの整備に困難などにより不調が相次いだ。
高性能機として期待された飛燕は、空に飛ぶことができなかった。
最新機が空を飛べず、代わりに飛燕より前の型の戦闘機が空に飛んで行った。
まともに戦う機会すらもらなかった。
前線にいるのに戦えない。
飛ぶことができず、ただ基地に居座る飛燕に対し、兵士たちからは皮肉を込めて「博物館」と呼ばれていた。
兵士たちの、声が聞こえる飛燕には、辛く悲しい日々が続いた。
「私、なんで造られたんだろう」
これでは、戦闘機としての活躍など到底不可能である。
そのことに対し、飛燕は不安と焦りを感じていた。
飛燕はやがて、日本の九州にある「独立第12飛行団」に配備された。
この部隊でも、配備されてから基地の格納庫に、3日間放置されていた。
外からは飛行機のエンジン音が聞こえる。
「いいなぁ〜、他の子は動けて」
自分のコックピットに座りながら、目を閉じその音が消えるまで耳をすませた。
「……いつになったら、こんな退屈な日が終わるんだろう」
やがて口に出すのも飽き始め、飛燕はコックピットで寝てしまった。
1時間は経っただろうか。
格納庫の扉が開き、男2人が中に入ってきた。
「これか問題の機体は。で、この機体いつ乗れるようになる?」
「まだわかりませんが。報告によると、この機体はエンジン不調のみらしいので、早ければ2日ほどで動くかと」
「2日か。なら早く、この機体を見てやってくれないか?」
「急がなくても、もうじき修理班の連中がきますよ。私は迎えに行ってきます。大尉はここでお待ちください」
「あぁ、頼む」
そう言うと、男の1人は外に出て行った。
残った男は目の前にある、三式戦闘機をジロジロと見ていた。
「待っててな。もう少しで済むからよ。ん?あれ?」
男はコックピットの人影に気づいた。
音を立てないように、男は機体のコックピットに近づいた。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと。
コックピットを覗くと、そこには15.6歳くらいの女の子が寝ていた。
「なんでこんなところに?」
男は、コックピットのキャノピーをノックし、少女に声をかける。
「お嬢さーん。おーい、起きろ〜」
「ん、んーん。何?……うるさいなぁ〜」
寝起きで、飛燕は寝ぼけている
「うるさいじゃなくて、ダメだろ。女の子がこんなとこいちゃ。早く帰りなさい」
「帰る必要ないじゃん。私はこの前、ここに配備されたんだから……ん?」
飛燕は眠たそうな目を、パッ!と開いた。
目の前には、若い軍服を着た男が飛燕をじっと見ていた。
「私…に、言ったの?よね?」
「他にお嬢さんがいるか?いいから、早く降りなさい」
「えぇ!見えるの!!?」
今まで、発したことのないほど大きい声を、この時始めて出した。
「えぇー嘘!こんなことにあるんだ!えー!もう!とにかくすごい!やっと会えた!」
飛燕はうまく伝えたい言葉が出てこず、言葉よりも喜びが優っていた。
「何いってんだ?お嬢…あっ、もしかして」
と男が言うと、男は飛燕の機体を指差し「この機体、お嬢さん?」
その言葉に、喜びで騒いでいた飛燕はピタリと黙って男を顔を見た。
「その様子だと当たりかな?声は、何回も聞いたことあるけど。まさか、人の姿になれるのがいるとはなぁ〜。いやぁ驚いた」
「なんで、これ(機体を指差す)が私ってわかるの?」
「昔からさあ、時々聞こえるんだよ、機械の声が。なんか機械の想いみたいのが強いと、聞こえるらしくて。生まれつきなんだよね。家族で俺だけ」
「そんな人間がいるんだ」そう心の中で、飛燕は呟いた。
「まさか、私と話せる人間と会えるなんて。そんな日をずっと期待してたけど、まさか本当に来るなんてなんか夢みたい」
「そこまで喜んでもらえると、なんかこっちも嬉しくなるな。じゃあ、これから相棒になるわけか」
「相棒?」
「そう、相棒。僕が今日から君のパイロットになる、中島大介。階級は大尉。たしか、飛燕で合ってるよね?これからよろ…」
「待って、待って、相棒ってどう言うこと?それに私は、エンジンのせいで飛ぶことができないのよ」
「あれ?何知らないの?それなら今…」
大介が、話している途中ガチャっと音がし、入口からさっきの男が入ってきた。
「大尉、修理班が到着しました!」
「お、じゃ早速頼む」
大介がそう言うと、飛燕の周りに人が集まり始めた。
「ねぇ、何するの?この人たち」
「飛べるようにするんだよ、君を。前線じゃ、修理する部品も技術者もいなかったろうけど、本土には君を直せる人が豊富にいるから。これでもう一度、君は空に行ける」
その男の言葉に嘘は感じられなかった。
空に行ける。その言葉をいつも聞きたいと思っていた。
そして次の日、その言葉通りになった。
カラカラカラ、ブルルンンンン!!
青く透き通りそうな空の下、一機の戦闘機が息を吹き返した。
小さな音の後に、力強いエンジン音が機体を小刻みに揺らす。
「こんなに機体が震えるんだ、エンジンで」
「まだプロペラ回してるだけだから、こんなのまだまだ序の口だよ」
滑走路進入の合図が出る。
飛燕は自分の機体に憑依し、大介に操縦を任せた。
「あなた、操縦は大丈夫なんでしょうね?」
「うん、これでも元テストパイロットだからね。多少は自身があるよ」
滑走路に入る
離陸の合図を確認し、スロットルを上げた。
「いくぞ」
機体の速度計が、徐々に上がっていく。
100、120、140、160、180。
大介は機首を上げていき、機体は地面から離れた。
大介は少しずつ速度と高度を上げていたが、速度が乗り始めると一気に上昇し始める。
320、300、280、260、240。
上げていった速度が、高度を増すごとにどんどん落ちていく。
高度計が4000mを指すと、大介は機体を水平に戻した。
いつも見上げていた雲よりも上の高さに、飛燕は初めて来た。
今までにないくらい、エンジンが快調なのを飛燕は実感していた。
「どうだい?エンジンの調子は?」
「今までにないくらいに調子が良い!こんなの初めて!」
「なら、こういうのはどうかな」
大介は操縦桿を勢いよく切り、様々な方向へ旋回をしていった。
その動きも飛燕には、初めての経験だった。
大介といると、自分の知らないことを教えてくれる。
「これからら私を頼むわよ。大尉さん」
「もちろんだ。僕が君を、もっともっと先に飛ばしてあげる」
この大介との出会いをキッカケに、飛燕は戦場の大空をかけていく。
その日以来、何度も空を飛んだ。
初めての戦闘では、待ち望んでいた敵を撃墜し、戦果をあげた。
撃ち落とした敵の数を、飛燕の機体に書き込んでいった。
仲間を守ったときもあった。
その度に感謝された。
そのたびに、自分のしていることには、意味があると実感でき、誇りを持てた。
任務が終わると、その日の出来事を大介と話した。
その2人での時間が、飛燕は大好きだった。
時間になると、大介は兵舎に帰ってしまう。
そうなる前に、話したいことを全て話そうとする。
やがて時間がくると、飛燕は1人になった。
格納庫に、1人だけのの時間が、とても寂しく感じてしまう。
「こんな日が、いつまで続くのかな」
答えの出ない、問いが頭に浮かぶ。
「この日常に終わりが来ないで欲しい」と寝るときになると、いつもそう思っていた。
今までの出来事が、全部夢だったのではないか。
それだけは、違っていて欲しい。
寝るまでの時間が、なによりも怖く、なによりも長く感じて、仕方がなかった。
飛燕は目を瞑る。
また明日も変わらぬ日常を過ごせるように。そう願いながら。
「おやすみなさい」
飛燕たちは活躍を続けた。
だが、2人の活躍を他所に、戦局は敗色濃厚である状況だった。
戦うたびに、敵を落とす数よりも味方の戦闘機が多く海へ落ちていった。
やがて飛燕と大介の2人も、戦果をあげられなくなってきたある日、ある任務を2人は命じられた。
任務当日。
曇りきった空の下、滑走路に三機の戦闘機が列をなしていた。
その戦闘機たちには、普段つけられることのない爆弾がくくりつけられていた。
速度が速くなければならない戦闘機が、その速度を犠牲にした装備で、今飛び立とうとしていた。
「特別攻撃隊……その護衛が任務なんだね。私たちの」
なんでこんなことができるのだろう。
同じ戦闘機を前に、飛燕は複雑な気持ちだった。
私はまたこの基地に帰ってくることができる。
しかし、あの戦闘機たちはもうここに戻ることは決してない。
「あまり深く考えない方がいい。厳しいことを言うかもしれないけど、今は任務に集中しよう」
「っ……そうだね。ごめん」
口から出そうになった声を、飛燕は押し殺した。
気持ちが整理できないまま、三機の戦闘機と飛燕と大介は空に飛び立った。
しばらく飛行しているが何も起きなかった。
敵もまだ現れていない。
ただ白い雲の上を、四機の戦闘機が飛んでいた。
「もうそろそろ、護衛任務の終了地点だ。後は彼らに任せよう」
「ここから先は、あの戦闘機たちだけ行くのよね」
「…うん。そうなるね」
「彼らの戦果は?彼らの最期の意思は誰が見届けるの?」
「誰も見届けない。記録にも虚偽の戦果が載るだけで、その記録が死んだ人の家族に知らされる。僕たちも基地の人たちも、彼らが戦果をあげてくれると、信じることしかできない。それしか、今はできないんだ」
「……なんで、こんな悲しいことができるんだろう」
弱く、悔しそうな声を、飛燕はボソっと口に出していた。
「終了地点だ。引き返そう」
そう言うと大介は、特攻機の前に出て翼を左右に振り護衛が終了した合図をし、基地の方向に旋回をした。
「ナンで…」
「何?今の?」
「ナンで?ナノ?」
「何なのこの声?どこから聞こえるの?」
「キミたちは…ナンデ、マダ空ヲ飛ベルノ?僕モ、マダ飛ンデイタイノニ…。コレデ、終ワリナノ?」
戸惑っている飛燕を他所に、大介は後ろに首を向け悲しそうに呟いた。
「…そうか、君たちの声か…」
その大介の一言に、飛燕は大介が目を向けている先を見た。
大介の目は、護衛していた特攻機に向いていた。
「今の声は、あの子たちからの声なの?」
大介は頷く《うなず》。
「ナンデ…ナンデ………ナンデ…」
その特攻機たちの声は、次第に小さくなっていった。
やがて特攻機は雲の中に消えた。
その方向に大介は敬礼をし、機首を基地に向け振り返ることはなかった。
任務を終えた2人は、いつものように2人で今日の出来事を話していた。
だが、今日はあまり良い気分ではなかった。
「なんで、あの特攻機から声が聞こえたの?あなただけじゃなくて私にも」
「わからない。僕もこんなこと初めてだよ。本来、僕が触れなければ、機械自身の声を聞くことはできないはずなのに。まして今回は、君にも声が届いてる」
静まり返る飛燕に、月夜を見ながら大介は話を続けた。
「これは推測なんだけど。たぶんあの特攻機は、君以上に感情が強かったんじゃないかな?あの時の、ほんの一瞬だけど、心の底からまだ飛んでいたいって、誰かに知って欲しかったんじゃないかな」
「…だとしたら、あの子がかわいそうだよ。こんな終わり方」
「けどそれは彼らだけじゃない。僕たちだって、いつ最後がくるかわからないんだから。……ごめん話過ぎた。今日はもう終わりにしよう、それじゃ」
そういうと、大介はそそくさと行ってしまった。
最後。
その言葉を聞いた飛燕は、一気に怖くなった。
あの特攻機たちは、軍の命令で死んでしまった。
勝手に彼らの、日常が終わらされた。
彼らはどんなに残念だっただろう。
苦しかったろう。
悲しかったろう。
この日常が終わってしまうのか。
大介とも、別れになる日が来てしまうのか。
その日が、今にも迫っているように感じてしまい、不安だけがその夜残った。
それから3日後、その日は突然訪れた。
空は厚い雲で覆われ、その下に先日と同じように特攻機と護衛機が滑走路に並んでいた。
この前と違い、両機合わせ30機での作戦決行となった。
様々な種類の戦闘機に爆弾がくくりつけられていた。
「今度はこんなに多く、出撃させるんだね。旧式の戦闘機も行かせるんだね。少しでも成功するために」
「…行こう。彼らのためにも、今は僕らも僕らの仕事をしよう」
滑走路にいくつものエンジン音が鳴り響く。
あの特攻機たちは、これが最後のフライトになるだろう。
彼らは今まさに、片道切符の旅に出ようとしている。
準備が整い、全機出撃の合図が出た。
基地の隊員たちは、帽子を回して何か叫んでいる。
次から次に空へと飛んで行った。
空へ飛び立つと、皆振り向かず前を向く。
自分の棺桶を操り、彼らは旅立っていった。
やがていくつもあったエンジン音は、遥か先の空へと消えていった。
「さようなら」
口に出さずとも、多くの基地隊員たちがこの言葉を心に思っていた。
1時間は経つだろうか。
あたりの空は、少し不気味なほど静かだった。
その状況が、飛燕の心に不安を与えていた。
「そろそろ、帰投地点だ。もう少しだ、頑張ろう」
「え、あ、うん。そうだね」
大介が、何を言ったか聞いてなかったが、飛燕はとっさに返事をして誤魔化した。
「早く帰りたいな」
そう思った矢先。
「敵機だ!!」
大介が叫ぶ。
十時方向を見ると、敵の戦闘機が何機こちらに一直線に、向かってきている。
味方が何機も、敵に向かい旋回を始め迎撃する。
すぐに空中戦になった。
味方が敵を撃墜する。
その味方を敵が撃墜する。
それを繰り返し、味方の戦闘機の数が減ると、今度は特攻機が狙われる。
爆弾を抱え、足の遅い特攻機は、すぐに敵に後ろを取られた。
飛燕と大介も、必死に敵に食らいつく。
「後ろ!!」
敵が飛燕に向かい発砲する。
「クソ、数が多い」
やっと敵の後ろについても、違う敵に後ろから狙われた。
その度に、大介は回避行動をし、射線を外す。
「大介!あれ!」
飛燕の声に大介が反応する。
特攻機が敵に狙われていた。
後ろに陣取られ、必死に回避行動を取っていた。
「助けに行こう!」
「ダメだ!今行ったら、敵に背中を見せることになる!今度はこっちが狙われてしまう!」
「でも、それじゃあの戦闘機が!」
その飛燕は、今にも泣きそうな声で、大介に訴えた。
「…わかった」
機体を旋回させ、スロットルを上げ、助けに向かう。
エンジンが力強く声を上げている。
気づかれないように、真後ろに着き、射撃を始める。
ババババババ
敵の翼が吹っ飛び、その敵は海に向かい落ちていった。
狙われていた特攻機は、翼を左右に振り、その場を離れていった。
「やったぞ」
「大介、ありが…」
直後に雑音混じりの、無線が2人に届く
「大尉!右方向から敵機です!!」
右を振り向くと、敵の戦闘機がこちらに向かっていた。
そして翼から、赤く光る敵の弾丸が、飛燕の機体と大介に命中した。
機内に血が飛び交った。
「大介!!」
敵の弾は、大介の右腕を吹き飛ばしていた。
「大介!しっかりして!大介!」
「うっ……まだ。まだ…やれる」
「ごめんなさい。ごめんなさい。私のせいで。ごめんなさい」
飛燕はただ後悔した。
そして同時に、後悔しても遅いことも気づいた。
機体は、翼に炎が上がる始めた。
大介は覚悟した。
自分はもう助からないと。
そんな大介を他所に、飛燕は自分の意思で、機体を逆さまにし始めた。
「飛燕?」
「ごめんなさい」
飛燕は大介の座席のベルトを外し、大介を無理やり外に放り投げた。
「飛燕」
それが飛燕の聞いた、大介の最期の言葉になった。
機体から離れた大介は、雲の中に消えていった。
大介の脱出を確認すると、飛燕は何の抵抗もせずに
ただ落ちていく。
やがて急降下を始め、海へと落ちていった。
大きな水しぶきとともに、飛燕は海に沈んだ。
1945年6月23日の雲の濃い空の下、飛燕は撃墜された。
そこは、暗く、寂しく、とても冷たい場所だった。
海へと墜落し、機体がバラバラになりながらも、飛燕にはまだ意識があった。
「まだ死ねないのね。私は」
暗くて何も見えない。
寒い。
寂しい。
言葉を発しても、誰もそれに答えてくれない。
だか、そのことは別に辛くはなかった。
それよりも、一つだけの後悔が、彼女を苦しめていた。
「私が、助けようって言わなかったら、あんな結果にならなかったのかな」
自分の行動で、大介を巻き込んでしまったこと。
彼に、ただただ申し訳ないという気持ちだけは、暗い海中の中でも日々思い続けていた。
「叶うのならば…もう一度、大介に謝ってから死んでいきたい」
飛燕は、目を瞑る。
早くこの時間が、終わって欲しいと願いながら。
「あの世に行けば、大介にも謝れるかな」
目を瞑るとき、いつもこう考える。
このまま眠りながら、死んでいきたい。
その願いが、叶わないことを知っていながら、やることもなく目を瞑る。
昼か夜かもわからないこの場所で。
飛燕は一人、まだ生きている。
「おやすみなさい」
海流の音がする。
いつもと違う音だ。
なんか気持ちいい。
ゆらゆら揺れているのだろうか。
まるで空を飛んでいるみたいに、ふわふわと浮かんでいるように感じた。
まだ暗い。
「へんな夢」
バシャンという音がした後、周りが明るくなったような気がした。
目を開けたら、何か見えるだろうか?
そう思いゆっくりと、目を開けてみる。
あっ、やっと明るくなってきた。
うっすらと見えてきた。
青い空だ。
ところどころに、雲がある。
その雲も、ゆっくりと動いていた。
海の音も聞こえる。
「こんな色がある夢、久しぶりだなぁ」
その風景に、飛燕は懐かしさを感じていた。
そう思い再び、眠りにつく。
ガシャン
ガガガガガガ
ガシャン
「うっ…」
うるさい。夢なのに、やけにうるさい。
「おい。やったぞ」
今度は人の声まで聞こえる。
「お願い、夢ならもう少し、静かにして」
ブォォォーーーーン
大きな汽笛が鳴る。
「うっさ!!」
閉じていた目を開け、体を起こす。
そこは船の上だった。
ボロボロになった機体は、塗装がところどころ、塗装が剥げ落ちていた。
飛燕は、海中から引き上げられたのだ。
飛燕はその後、船から降ろされ、どこかの倉庫らしいところに運ばれた。
そこでは、多くの人間が飛燕の機体を、事細かに調べ始めた。
何をされるのか、分からず不安でいっぱいだった。
が、そんな不安を他所に、飛燕の機体は戦時中の頃のように、修復されていった。
何故今更、自分を修復するのか分からずにいた飛燕だが、修復が終わるとまた飛燕は、どこかに運ばれ始めた。
「次はどこ行くんだろ」
着くなり今度は、やたらでかい建物の中に入れさせられた。
その中に入ると、飛燕は中の光景に驚いた。
そこには、自分と一緒に飛んでいた頃の、戦闘機や航空機が、並んでいた。
そこは、戦争時の航空機や戦車を展示する、博物館だった。
ここで展示するために、飛燕は修復され、運ばれたことを、その時悟った。
その博物館に、三式戦闘機が展示されたという話が入ると、すぐに人が集まった。
博物館は、他にも航空機があったが、多くは展示用のレプリカであった。
本物が復元され、それを見ることができるとなると、ファンは飛びつくように、博物館に足を運んだ。
飛燕の機体の周りには、人が群がるほど多く集まっていた。
その様子を、飛燕は少し離れたところから、眺めていた。
とても不思議な気持ちだった。
戦時中は、どこからも煙たがれ「博物館」と呼ばれていたのに、今は逆にこんなにも人が自分に目を向けて、ましてや「博物館」で展示されている。
「……へんなの」(笑)
「あのー」
「ふぇ?」
その声の先には、1人の女性がいた。
周りを見渡し、飛燕は自分に指を指すと、女性は「うん」っとうなずいた。
その女性は、普通の人は見えないはずの飛燕に、声をかけてきた。
「あのー、もしかして幽霊さんですか?」
「幽霊…なのかな?正直、自分が死んでるかよく分からなくて。てか、見えるんですね。私のこと」
「体質なのか、子供の時から色々見えるんです。家族にも何人か、そういう人がいて」
不思議な人だなぁ、と飛燕は感じていた。
なぜかわからないが、その女性から、どこか懐かしさを感じていた。
何十年ぶりの会話が始まった。
話し始めると、次第に2人は打ち解けあっていった。
その女性、「美咲」には自分が何なのかも話した。
戦時中のこと。
自分と話すことができる、パイロットがいたこと。
その人といた時間のこと。
かれこれ、1時間近く話していたろうか。
ふと、飛燕が興味本意で質問をする。
「今日は、何でここに来たの?やっぱ私を見に?」
「実はそうなの。お爺さんが、乗ってた戦闘機だから気になっちゃって」
「パイロットだったんだ!美咲のお爺さん」
「ええ、いつもお爺ちゃん家に遊びに行くと、三式戦闘機の話を聞かされたの。それでSNSであなたのことを見て、気になっちゃって来ちゃった」
「えすえぬえす?何それ?」
「あー今で言う、電報みたいなものかな?」
今は電報をえすえぬえすって言うのか。
明らかに、自分のいた頃より、だいぶ時間が経っていると感じていた。
「あ、お爺ちゃんの写真見る?一様、持って来たんだよね。見せてあげようって思って」
美咲はそう言うと、カバンから一枚の写真を取り出した。
写真は少し傷んでいた。
傷つけないように飛燕は恐る恐る、写真の人物の顔を確認する。
すると、美咲は次の言葉を口にした。
「でも、お爺ちゃんも不思議な人だったんだよね。「彼女には悪いことをした」って、三式の話をするたびに言ってたなぁ〜」
その言葉の直後、飛燕は写真の人物に驚いた。
写真の人物は、軍服を着て、こちらに力強く顔を向けており、その顔が飛燕は誰だかを、一瞬で理解した。
「大介お爺ちゃん。昔は、テストパイロットをしてたみたいなんだけど、戦争の終わりくらいに、三式に乗るようになったんだって。なんかその時に、仲良くなった女の子がいたみたいなんだけど、戦争のせいで、会えなくなっちゃったんだって。まともにお別れもできなかったって」
その写真の人物は、間違いなく大介だった。
自分と一緒に、空を飛んだ大介だ。
それから美咲は、大介の話を始めた。
戦時中の、少女との出来事。
三式と空を飛ぶことができたこと。
戦争で撃墜された後、なんとか生き残ったこと。
戦争が終わり、その後家庭を持ったこと。
戦時中の少女に、また会いたいと思っていたこと。
そして彼が、去年まで生きていたこと。
「この戦闘機を、お爺ちゃんにも見せてあげたかったなぁ」
ガクッと力が抜けたように、飛燕はその場に膝をついた。
「ちょっと!大丈夫?!」
その瞬間、色々な気持ちが込み上がった。
死んでなかった。
彼は戦争が終わっても、生きていた。
そして彼の孫にも、今日出会うことができた。
「…よかった」
心からの嬉しさと同時に、大介がもういないという悲しさも込み上がってきた。
2つの思いの混ざった涙が、両目から流れた。
「今日まで……私…今日まで、生きてて良かった」
飛燕は美咲に抱きつき、声を上げ泣いた。
美咲は、一瞬戸惑ったが、すぐに飛燕のことに気がつき、飛燕の頭を「大丈夫、大丈夫」と言いながら優しく撫でていた。
20××年12月15日、飛燕の戦争が終わった。