思い通りになんかならない
私は知っている。「殺人者」となることを。
なぜ知っているのかはわからない。しかし、この世界は「作者」によって作られた繰り返される世界で、私は唯一の友達、朝日を殺す登場人物なのだ。
目覚まし時計が鳴り響き、ダルいなと思いつつも、起き上がって学校に行く支度を始めて、階段を降りた。テーブルの上には美味しそうな朝食が並べられていた。私は、お父さんの向かい側に座り、香ばしいトーストをかじった。
「最近学校はどう?」
お母さんが食器を洗いながら聞いた。どうせ興味ないくせに。
「楽しいよ。朝日もいるし。」
「そうなの、よかったわね。」
「学校が楽しいのはいいことだ。父さんも学校行くのが毎日楽しみだったな。」
「そうだったんだね。あ、そろそろ行かなきゃ」
私は牛乳を飲み干し、席を立った。今日も1度も2人は視線を合わそうとしない。もちろん、私にも。両親ともに不倫してて、お互いにそれを知っている。でも、私が独り立ちするまでは一緒にいるつもりなのだろう。私は両親にとって邪魔な存在でしかない。そんなのとっくに理解してる。私は、早く大人になりたい。毎日そう思っているのだ。
リュックを背負い、靴を履き、「行ってきます」と声を弾ませて玄関を飛び出した。
そこには澄み切った青空の中、朝日が笑顔で待っていた。
「おはよう雫」
「おはよう朝日、待たせちゃったかな。」
「全然待ってないよ。今日も暑いね」
これは日課だ。朝日は毎日玄関の前で待ってくれて一緒に登校する。私はこの時間が大好き。朝日は中学から一緒で、人付き合いが苦手な私のたった1人の友達。とても大切な存在だ。
「ねえ、雫、昨日熱中症になってキツそうだったけど大丈夫?」
朝日は心配そうな顔をして私の顔を覗いた。
「うん、すっかり元気だよ。心配させてごめんね。」
「元気になったならよかったよ。」
朝日は両親と違って私を見てくれる。その事がほんとに嬉しい。
2人でそれからたわいもない話しをし、学校に着いた。
教室の前で隣のクラスの朝日と別れ、私は一番端で後ろの窓際の席についた。私に声をかける人はもちろんいない。何人か挨拶をするだけだ。クラスの中央では、人気者の成瀬翔を中心に、賑やかにしていた。
私は1人、空を見上げた。
ああ、なんて作者は残酷なんだろう。朝日を殺させるなんて。殺人者に私を選ぶなんて。どうして、どうして。
絶対に朝日を死なせてなるものか。何があっても、絶対に。殺したりなんか、、
チャイムが鳴り、クラスメイトがガタガタと音を立て席に座り、先生が「おはよう」と教室へ入ってきた。
「今日の4限目は隣のクラスと合同で体育だ。しっかりと水分補給を忘れずにな。」
「マジで!?よっしゃ!」
「えー、グラウンドの使える面積狭くなる」
生徒がそれぞれ話してるなか、私は心の中でガッツポーズをした。朝日と体育ができる!やった!
それからの授業はとても時間の流れを遅く感じ、3限目が終了した。チャイムと同時に、私は1番に体操服が入ったバックを持ち教室を飛び出した。
女子更衣室に到着した私は、いつもの一番奥のロッカーに荷物を置いた。私のあとから女子がぞろぞろと入ってきて、朝日の姿も見えた。朝日は私を見つけると、「雫!」と名前を呼んで、私の隣のロッカーに荷物を置いた。
「合同授業でよかったよ」
「うん!朝日と一緒って分かった途端、心の中でガッツポーズしたよ」
「そこまでか。あ、ちゃんと水分補給してね。昨日みたいになるから」
「ちゃんとしますよー」
「え?ほんとに?」
「ほんとだって」
私は持ってきた水筒と予備のペットボトルを、ほら、と朝日に見せた。
ドヤ顔するほどかと朝日は笑った。やっぱり朝日と話してると気が楽で楽しいな。
サッカーをやるらしく、男女それぞれクラスで2グループに分かれ、試合が始まった。
私はもともと体育が苦手で、なかなかボールに触れることができない。だけど、体育の点数のために、ボールを追いかけた。すると、急に頭痛がしてきて、いつの間にか座り込んでいた。
「雫ちゃん、大丈夫?」
何人かのクラスメイトが寄ってきた。
「雨宮、昨日のこともあるし日陰で休んでていいぞ。立てるか?」
私は「はい」と先生に答えて、日陰に入った。どこかで、
「先生、体調が悪くなってきたので、日陰で休んでもいいですか?」
と、聞こえてきて、私の隣に朝日が駆け寄ってきた。
「先生に嘘ついてきちゃった。大丈夫?ほら、水分。」
「ん、ありがと。ちょっとふらっとしただけ。」
「そっか、よかった。」
私たちは眩しく光る校庭のなか、ボールを追いかけている姿を見ていた。
女子の歓声の中、そこにはサッカー部のエースの成瀬がゴールを決めていた。
やっぱり人気者は違うなと思いながら、ふと朝日を見た。
朝日は、今まで見たこともないような表情をしていた。私はこの表情を知っている。女子が好きな子の話をする時のと一緒だ。
「あの、朝日、間違ってたらごめん。」
「ん?なに?」
「もしかして朝日、成瀬くん好きなの?」
私がそういった途端、朝日はものすっごく驚き、焦り出した。
「え?あの、え?なんでわかったの」
「いや、なんとなく」
「そっかー。えっと、内緒だからね!」
「わかってるよ」
私はなぜだかこの会話を続けたくなかった。私は咄嗟に
「ごめん、なんか吐き気もしてきたから保健室行ってくる」
「大丈夫?ついて行くよ」
「ううん。1人で行けるよ。」
「わかった。あ、あと、ほんとに成瀬くんのことは内緒ね。」
「わかってるから!」
その時、私はどんな表情をしていたかはわからないが、私はいつもより早めに歩いて保健室へ向かった。
それを見ていた朝日は一人、成功かな?とこぼし、笑っていた。
私は校舎に入り、誰もいない廊下で立ち止まった。
朝日にまさか好きな人ができていたなんて。いや、でも、もう高校生だしそういうのあるよね。考えてなかった。ここは友達として応援しないと。
私は胸のモヤモヤを晴らすように意気込んだ。
保健室に到着し、昨日のこともあったので帰ることになった。
「ただいま」
玄関を開けると、リビングで母親が楽しそうに電話をしていた。
「今度レストラン行くの楽しみにしてるわ。服何着ようか迷ってるの………そんな事言われても照れる年じゃないわ。相変わらずね。」
おそらく、電話で話しているのは不倫相手の男性だろう。母は最近見ていない本当の笑顔だった。保健室の先生に「母は不在です」と言っておいてよかった。私が帰ってきたことがバレなくて済む。
私は音を立てずに、2階へとのぼった。
制服を脱ぎ捨て、ベットに倒れ込んだ。
私は、早く本当に制服を脱ぎ捨てたい。早く、早く。そして、朝日と遠くに旅行に出かけたり、、そう考えていると、成瀬の顔が思い浮かんで、掛け布団を頭から被った。
好きな人…好きな人か…。好きな人ってどういう存在なのだろう。バックからゴソゴソとスマホを取り出し、「好きな人とは何か」と検索した。ヒットしたサイトを開いてみると、「相手がどう自分のこと思っているか気になる人」「2人で過ごしたいと思う人」と書いてあった。
私はそれを見た途端、ガバッと起き上がり、スマホをベットに放り投げた。窓から差し込んでくる光がとても眩しく感じられ、カーテンも閉め、掛け布団をまた頭から被り直してベットに座り込んだ。
朝日は成瀬と2人で過ごしたいって思ってるってこと?そんなの嘘だよね。朝日は私を唯一見てくれる存在だよね。ねえ、朝日、朝日、朝日。今の1番は成瀬なの?そんなの、、、嫌だ!
私は底知れぬ怒りが湧いてきた。だけど、この怒りはどこへぶつければいいのかわからず、思考を放棄してそのまま眠った。
「ねえ、私と一緒に遊ばない?」
懐かしい、これは中学の時だ。私はいじめられっ子で、もうすべてを諦めていて、いつも席に座ってぼーっと空を見ていたんだ。そんな私に声をかけてくれたのが、朝日だった。
「どうして?おまけに、こんな私と遊んだら、一緒にいじめられちゃうよ。」
「どうしてって、一緒に遊びたいからだよ。それに、いじめとかドーンっとこい!だから、大丈夫だよ」
「え?いじめられたいの?」
「違う違う。そんな陰湿なことしか出来ない奴は返り討ちにしてやるってこと」
「なんじゃそりゃ」
そう言って2人で顔を見合わせてクスッと笑った。それが初めての私たちの会話。
それから、私たちは毎日のように話した。お弁当も一緒に食べて、休日もショッピングとか映画にも行った。
「この映画面白いね」
「まさか犯人があの純粋そうな女の子とは思わなかったよ」
「てっきりおじさんかと思ってた」
「私も!」
好きな映画の話を出来るのはほんとに楽しいなと思った。次は何を見に行こうか。朝日とは話が途絶えない。
朝日は、クラスの人気者で周りに人が耐えなかったのに、今じゃ私とつるみ出したせいなのか周りが関わらなくなっていた。私はそれでよかったが、朝日はどうなのかわからない。私はふと心配になって聞いてみた。
「ねえ、朝日。ちょっと暗い話なんだけど、どうして朝日は私と一緒にいてくれるの?私と一緒になってからは、みんなから除け者にされてるしこんな私より…」
「はいストーップ!そっから先は言わせないからねー。そんなの楽しいからに決まってるでしょ!」
「……うん、ありがと。」
私は必死に涙をこらえた。ほんとに朝日は、私が欲しい言葉を無意識にくれる。
「それに、私は雫にー」
ーそこで私は目を覚ました。あのあと朝日は何を言ったっけ?確か声が小さくて聞こえなくて聞き返したけど、笑顔で何でもないって言われたんだっけ。まあ、昔のことだし気にしなくてもいいかな。
時計を見ると午前4時だった。私はこの時間が好きだ。夜であるような、朝であるような曖昧な時間。その曖昧さが好きなのだ。
私はパッとシャワーを浴びて制服を着て、外に出てみた。
夏でも外は涼しい。人も車も通ってなくて、とても静か。私は気の向くままに進んでいった。まだ薄暗かったけど、今の私にはちょうど良かった。角を曲がったら、川が流れていた。川辺にベンチがあったので、私はそこに座って眺めた。私の住んでいる町は、田舎の方で、川も水が綺麗で心が浄化される。
朝日が私より成瀬くんを優先するのはほんとに嫌。でも、やっぱり友達としてほんとに大事なら応援すべきだよね。朝日が笑ってくれるならそれでいい。それに、これは「作者」による試練なのかもしれない。大丈夫よ、作者さん。私はこんなことで朝日を殺すという過ちを犯したりしない。絶対に。ざまーみろだよ。
私は猛ダッシュで家に帰り、ご飯を食べ、外へ出た。今日も、視線は合わなかった。
「おはよう」
「おはよう、雫。今日は大丈夫?」
「うん、ぐっすり寝たから」
「よかった。昨日帰ったって聞いてびっくりしたよ」
「ごめんごめん」
いつもどおりを心がけて、私は朝日と歩いた。
「あのね、雫、相談なんだけど…」
「ん?なに?」
「成瀬くんの事なんだけど…髪が短い子が好きらしいの。だから、切ってみようかなと」
「そ、そうなんだ。でも、私は今の朝日のその長い綺麗な髪、好きなんだけどな」
「そうなの?どうしようかな」
「それに、髪型で好きな子を決める人はなかなかいないよ」
「それもそうだね。」
私はなぜだか成瀬が好きだからという理由で、朝日が髪を切るのがとても嫌だった。それに、私はほんとに朝日の綺麗な長い髪が好きなんだ。夏の日差しで輝いている朝日の髪が。だから、切って欲しくなんかない。