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流され(元)王子と幼妻ドラゴン  作者: 並兵凡太
第四章 関われドラゴンの村
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第85話 元・王子、人生初の洋上

 時に、一世一代の大冒険がほんの序章に過ぎなかった――という英雄譚や叙事詩がありますが、果たしてその中の主役の彼らはその時どんな気分だったのだろう……と思うわけです。

 ちなみに、ほとんど同じ状況になった僕はというと……まぁそうだよな、という半ば諦めに近い感情を抱いていました。唯一物語上の彼らとの相違点があるとすれば、僕はあの十歩の大冒険が序章に過ぎないと知っていたことなんですけれども。


「うみのうえのルアンさまってめずらしいね」

「僕もそう思ってるとこ」


 一面に広がる海。不安定に揺れる船。漁師さんたちの威勢のいい掛け声。さしずめ『ルアンくんと海の冒険』第二章とも言える現在の状況は僕にとって大変新鮮なものでした。


「お、なんだぁ坊主、海に出たことないのか」

「船に乗るのも人生二回目なんです」

「確かに慣れてるようには見えなかったなぁ!」


 カッカッカ、と漁師さんに笑い飛ばして貰います。えぇ、そうでしょうそうでしょう。僕の顔面は潮ではなく涙と鼻水でべちょべちょでした。

 漁師さんはそうかそうか、と数回頷くと少し難しい顔をして。


「ってぇと……漁のやり方も説明するか?」


 僕らの隣に立って網だか何かの準備をしている漁師さんがそう言うと、船の後方で櫂をさばくもう一人の方が大きく笑います。


「カルロスのことだ、何も話してねぇんだろ」

「まぁ、そうですね」

「カッカッカ、だろうと思ったぜ」


 海の男同士、お互いのやりそうなことは頭に入っているとでも言わんばかりの台詞。僕とベルもそんな感じだということを鑑みると、さすがは漁師の横の繋がりと言いますか。


「坊主も嬢ちゃんも聞きてぇだろ、やり方」

「ぜひ。……ちょっと興味あります」


 うん、と我ながらいささか素直過ぎるくらいに頷きます。

 縁がないことは我ながら重々承知ではあるのですが、実際やることになると、どんな感じなのか興味もあるわけでして。


「ハアトも聞いてみたいでしょ?」


 と僕が隣に声を掛けてみれば。


「にんげんのさかなのとりかた!」

「知りたいね」


 やっぱり好評でした。助かります。

 僕とハアトが聞きたい意志を示すと、漁師さんは鼻の下を擦ると意気揚々と話し始めてくれます。


「今からやるのは『流し網漁』ってヤツで……」


 漁師さんは小さな疑似餌のようなものを二つ、そして網の小さな切れ端を僕らの前に並べて説明してくれます。


「今俺たちが出してる二艘の船があるだろ?」

「ありますね」


 なるほど、疑似餌が船ということらしいです。漁師さんは僕の相槌を確認すると、そのまま二艘の間に網の切れ端を広げます。


「そこでだ。二艘の間に網を張って進んでいくと」

「あいだのさかな、ぜんぶとれる!」

「嬢ちゃん察しがいいじゃねぇか」


 もちろん全部ってわけじゃないんだけどな、と笑いながら漁師さんは頷き、その頭に手を伸ばそうとして――僕が制止しようとしたのと、漁師さん自身で手を静止させたのが同時。


「おっと。撫でらんねぇんだった。わりぃな坊主」

「いえ。僕も時折やらかしそうになりますから」


 自身の頭上で人間の手同士が色々やってることにハアト自身は面白くなさそうでしたが。ともかく、漁師さんはその手を引っ込めて説明を続けます。


「今回坊主たちには最後の網を引いて魚を揚げるところを手伝って貰おうかな」


 なるほど、と頷く僕。船で追い込むだとかはさすがに漁師さんのやるべきことなのはわかりましたが……僕は一つ純粋な疑問が浮かびました。


「……いずれにせよ、素人の僕たちが絡んで……例えば、上手いこといかなかったら漁師さんたちの生活は大丈夫なんでしょうか……?」


 お前たちがヘマしたせいで生活苦だ、なんて言われても困ります。いえ、もちろん最初からヘマするつもりで乗っている訳ではないのですが。ただ僕らは素人ですし……それに海上の僕なんて次の瞬間すら何が起こってるかわかったものではないですし。

 ハアトはどう考えているかわかりませんが、僕とベルに関しては多少考えたことでしょう。そんな疑問をぶつけると、漁師さんは軽く笑ってくれました。


「あぁ、いや。気にするこたぁねぇよ。……いや、気にするこたぁねぇってのは期待してねぇワケじゃねぇんだけどな?」


 漁師さんは再び網の支度に戻りながら話してくれます。


「一応いつもの分は朝捕れてんだよ。ただ明日うちの若いのの一人の祝い事があってなぁ」

「そいつがバカ食いして足りなくなったら困るってぇ寸法よ!」


 網の支度をしてくれている漁師さんの言葉を継ぐように、もう一艘の船はいつの間にかすぐ隣に近付いてきていて、その船を操る漁師さんが言葉を継ぐのでした。


「おう、そろそろ投げようや」

「おうさ、仕事といくか」


 僕が今回のお手伝いに選ばれた(?)理由を「なるほど」と感じている間にも職人さんというのは仕事が早いもので、三人の漁師で器用に網を二艘の間に広げると、またそれぞれの船を離し、航海を始めます。


「おもしろいことかんがえるなー」


 初めて見る漁に海原を覗き込むハアト。僕だったら「危ないよ」と言われているところですが……まぁハアトなら大丈夫でしょう。漁師さんも笑いながら声を掛けます。


「覗いたって何も見えねぇだろ」

「うん。なにもみえない。ちょっとおもしろくない」

「嬢ちゃんはズバッと言うねぇ」


 落ちないようにな、と軽く釘を刺してから――漁師さんは何かを思い出したように、僕の方へ向き直ると。


「そう言えば坊主はしょっちゅう水に落ちたり流されたりするんだってな。カルロスから聞いたぞ」

「えぇ、まぁ……お恥ずかしい限りですけれども」


 本当に。それこそ僕は先程人生で一番恥ずかしい瞬間だった乗船風景を見られているわけですが、それもこれも僕の流され体質に起因していると思うと本当に恥ずかしい限りです。


「難儀な人生してんだなぁお前」

「漁師さんからすると本当にそうだろうなと思います」


 憐れまれています。個人的には末席の第六王子だったこともあって憐れに思われること自体は慣れているのですが、我ながらあの乗船風景は本当に憐れだったと思います。


「じゃあどうすんだ?」

「……カルロスさんには『帆に括りつけとけばいいだろ』って言われました」

「じゃあそうするか! 悪くねぇ案だろ」

「おっとこれは楽しいことになりそうだぞ」


 さすが漁師さん……なんでしょうか。案同士は似通っていたようで。


「悪ぃなぁ坊主、一応動けるようにはするからよ」


 なんてことを言われながら、僕は船に積んであったロープで僕自身の胴とマストをあれよあれよという間に括り付けられてしまったのでした。


「よし、こんなもんだろ」


 漁師さんがそう言いながら額の汗を拭えば、カルロスさんの提案通り船に括り付けられた僕の完成です。座り姿勢のまま、マストにぐるぐる巻きにされた僕。


「ルアンさま、だいぶこっけい」

「僕もそう思う。とても正規の手段で乗船した乗組員とは思えないよね」


 ハアトは興味深げに僕の周りをくるくる回ります。そりゃあ興味深いでしょうね、夫がマストに括り付けられてるところは。


「そういうの、なんていうの? ハアトもたまににんげんのふねでみたよ」

「鎖に繋がれてた?」

「じゃらじゃらしてた」

「じゃあ捕虜かな」

「ルアンさまも『ほりょ』だ!」

「違うよ? いや見た目は完全にそうなんだけどさ」


 恰好としては完全に海賊船か何かに掴まった捕虜です。漁師さんがもう少し厳つい見た目をされていたら本当に勘違いされかねません。


「ベルはどう思う? 可能なら良い方に解釈してほしい」


 僕は舳先で海風に毛並みを揺らしている獣人さんに聞いてみます。彼女は僕の様子を一瞥すると、適当な笑みを浮かべ。


「大変お似合いかと」

「僕が末っ子で良かったな!」


 元とは言え仮にも王族、この格好が似合うとは大変心外です。僕が末っ子ではなくもっとこう、王族としてのプライドとか地位が自己肯定感の礎になってそうな兄さんたちであればブチキレていても不思議ではありません。それともアレでしょうか。『流刑になった元・王族には大変お似合いの捕虜ポーズです』という意思表示でしょうか。だとしたら猶更煽られてるとしか思えません。ベルだったらあり得ます。

 そんな僕らの絶妙な心中を知ってか知らずか、漁師さんはカカと軽快に笑うと、具合を確かめてくれます。


「苦しくねぇか? あとは手足が動かせるかどうかだが」

「えーっと……大丈夫そうです」

「じゃあ問題ねぇな! 結び目も固いし、さすがにこれで大丈夫だろ」


 な! と快活な笑顔で同意を求められます。……僕の経歴書には『大型帆船をひっくり返した』が一応注意書きとしてあるのですが……うーん、あれはハアトが原因ですし言っても仕方ないことですので。


「えぇ、まぁ。ありがとうございます」


 嘘を吐かない範囲でお茶を濁しました。ロイアウム王国元・第六王子、こういう処世術は歩行より得意でございます。

 ……まぁ実際、それからしばらくの間は僕の人生初・穏やかな航海を楽しめました。マストに括り付けられていたお陰かもしれません。


「海って本当にどこまで行っても……」

「おや、ルアン様。齢十六にして『どこまで行っても海だね』なんてピュアなご感想が」

「いや、どこまで行っても塩の匂いしかしないんだねって」

「ルアン様が海上で呑気に海の感想が言える日が来ようとは……先王陛下も草葉の陰でお喜びになるでしょう」

「草場?」

「波間の陰でお喜びになるでしょう」

「ちょっと楽しそうになってるじゃん」


 まぁでも、お父様は関心薄めだったとは言え僕の流され体質はご存知でしたし、僕のことを忌み嫌っていたわけでもないので、「よかったなぁ」くらいの反応はしてそうです。

 元々結婚報告と皮膚病作戦の結果こうなったと思うと、ハアトがいなければ僕が船に乗ることなんて一生なかったでしょうし、そうしてみると彼女に感謝も……


「? ルアンさまどうしたの? しぬちょくぜん、みたいなかおして」

「もうちょっと穏便な例えが欲しかったかな」


 ……感謝をしようと思ったのですが、彼女はそんなこと意にも介さず洋上の日差しに逆鱗を煌めかせるのでした。


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