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流され(元)王子と幼妻ドラゴン  作者: 並兵凡太
第二章 僕と獣人とドラゴンと
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第43話 畑仕事、始まる

 「忘れた頃に」、なんて経験は誰しもあると思います。えぇ、例えそれが千年の時を経ようと人間が人間である限り存在するのではないでしょうな、「忘れた頃に」。

 よくあるのは失くしものです。肝心必要な時に限って見当たらないくせに、その状況が終了した瞬間に呆気なく、そして大概何故見つからなかったんだろうと頭を抱えるような簡単な形で見つかる。僕も経験があります。突然現れた他国の使者への謁見に付き添いとして呼び出されたはいいものの、僕の冠が見当たらない。これがマントとかならまだ「略式です」で済みそうなもんですけど、いやまぁ冠ともなれば失くしたではすみません、侍女とベルと必死で探しましたとも。挙句見つからず、退くに退けない僕は年の一番近くてよく頼っていた第五王子に冠を貸してもらうことでなんとかその場を凌いだのでした。あれ以上に社会的な危機を感じたのは流刑を言い渡される直前くらいなもんです。


 しかし、何故こんな話をしているかというと。


「忘れた頃に助言と共に現れる村人……なんだかエモーショナルだとは思わないですか?」


 なんてことを牧師さんが言い出したからでした。

 その自己評価が高いのか低いのかよく分からないドヤ顔に僕はしかし否定をします。


「いや忘れてませんって」

「えぇ? 結構久々に会ってません?」

「先日お酒を頂きに行ったじゃないですか、ガスパールさんへの手土産として」


 だよね、と隣に立つベルに確認すれば彼女は頷き、そして話を聞いているジョーくんは「あぁ、あれはそういうことだったのか」と一人合点しています。


「そうですか、うーむ。これではまだ先輩風が足りないかもしれませんね」

「足りてますから」


 どうやら僕らと同じように外からの移住者(この言い方が正しいかはともかく)である牧師さんは僕らに先輩風を吹かせたいようでした。牧師っていう立場があるのにまだ尊敬が足りないんでしょうか。言いませんけど。


「しかし忘れられていないようで何よりです」

「僕のことを何だと思っているんですか……」


 仮にも元王子、渡世のために人の顔と名前を覚えるのは技術として得意です。いえ、それを抜きにしてもこのイルエルに越してきてからまだ長い訳でもありませんし、よくお世話になる方は忘れようもありません。


 漁師で何かと僕らを気に掛けてくれるカルロスさん。

 カルロスさんとは仲が良いらしい、仕立ても出来る村長さん。

 どこか胡散臭いけど確かな思慮とお茶目な牧師さん。

 牧師さんの奥さんでおっとり美人な酒場のマリアさん。

 優し気でパンに話しかけるヤバい上司、アドルフさん。

 頑固な職人気質でちょっと怖い鍛冶屋のガスパールさん。

 その弟子で僕の友達、頼りがいのある好青年ジョーくん。


 ……これで主だった交友のあるイルエルの人間は全員思い出せているはずです。少ないとか言われると凹みそうになりますが何せこんな山奥にいるのだから仕方がない。

 イルエルだけではありません、もちろん城の人間関係も……関係も……大丈夫、うん。大丈夫。危うく第三王子が思い出せなくなりそうでしたがそんなことはありませんでした。三兄さんごめんなさい。


 さて僕の記憶の話はこれまでとして。

 ジョーくんは元より、ここまで懸命に歩いて来た先輩(牧師さん)もどうやら話している間に落ち着いたようで、椅子から立ち上がると我が庭を眺めます。


「そろそろ取り掛かろうかと思いますけど……ここですか?」

「見ての通りです」

「露骨に畑にする予定でしょうこれは。草むしりお疲れ様でした」


 牧師さんも頷いた通り、僕らの前にはすっかり草むしりが終わり、綺麗になった区画が広がっていました。正確な面積はわかりませんが、まぁ、取れる大きさ最大限確保したので大丈夫かと思われます。


「まぁルン坊はあんまりやってねぇけどなぁ、あっはっは」

「えぇ、ほとんど私とジョーさんの功績です」

「言わなくてもいいじゃんそれはさぁ……」


 さっそく出鼻をくじかれる気分です。いや、僕がほとんど何もやってないのは事実ですけど。死にかけた一件以降は僕も草むしりましたが、あの日であらかた終わっていたので確かにジョーくんとベルの功績が大きいのは紛れもない事実ですが。

 僕がたじたじになっていると、牧師さんも意地の悪い微笑みを浮かべて素っ頓狂に驚きます。


「おやおや! これはルアンさん、懺悔が必要なのでは?」

「懺悔のハードル低すぎやしませんか?」


 神の恩寵ってそんなにほいほい出していいものでしょうか。


「低くありませんよ? 昨日は『息子の魚を一匹無断で食った』とカルロスが懺悔に訪れました」

「器が小さすぎる……」


 あの人そんな狭量なんですか。さすがに人間味に溢れるにしても度がある気がします。まぁ彼のことですからもう一匹調達するだけのことかもしれませんが。

 しかしこんな雰囲気になった以上、僕も懺悔しなければならない気がしてきました。します。


「草むしりを二人に任せてしまったことを懺悔します」

「神々は貴方をお許しになるでしょう」


 綺麗に跪いてみせた僕の額に手をかざし、何やらいい声でそんなことを宣う牧師さん。いやなんだこれ。許すも何も、むしろ許しを乞うなら後ろの二人な気がします。

 しかし二人はそれでよかったのか、或いはこれが作業開始の儀式的な役割を果たしたのかは不明ですが僕は特別これ以上咎められることはなく、いよいよもって牧師さんとジョーくんによる畑作業講座が開かれる訳です。


「まずは用意する道具、スコップと鍬です」

「スコップ?」

「えぇ」


 四人ともが堂々たる立ち姿で畑(予定地)に臨み、さぁ仕事というタイミングでしたが、しかし用意するように言われたのは意外なものでした。


「スコップと言えば、あの塹壕なんかを掘る?」

「もっと掘るものあるでしょうけど、そのスコップです」


 落とし穴とか言えばよかったか、と思いましたがこれは完全に意外でした。僕としては畑を耕すなら鍬があればいいかな、くらいだったのでスコップの用意は見て――


「えぇ、用意しております」


 ……ません、と続けるつもりだったのですが頼もしい肯定に振り返れば我が従者ベルは納屋にあったのでしょう、少し古びたスコップを一本手にしていました。


「頼もしすぎる」

「こんなこともあろうかと用意しておいて正解でした」

「勘がいいなぁベル嬢さんは!」

「えぇ、獣人ですので」


 獣人がどうこうって勘の良さでしょうかこれ。爆発物ですら用意してそうなロックさがあります。周りに頼もしい人物が多くて僕は幸せ者ですね、えぇ。

 僕がジョーくんが担いできたうちの一本を貸してもらうことで、ちゃんとスコップも人数分揃うことになりました。それを見て、牧師さんも説明を始めます。


「元が畑でない場所であれば、まずこういうスコップでざっくり掘り起こすのが手始めですね。ここは畑だったようですが、随分年月が経っているらしいのでスコップからです」

「というと、牧師さんが来る前から?」

「えぇ、直前に亡くなっていたようです」


 ベルの質問に、牧師さんは若干目を伏せながら頷きます。なるほど、それだけ使われていなかったのであれば畑じゃないも同然でしょう。事実、草むしりする前は周りの山肌と変わらなかった訳ですし。

 という訳で早速僕はスコップを地面に突き刺し――


「おぉっと、待ったルン坊」


 ジョーくんに制止されました。制止された理由は分かりませんが取り敢えず手を止めて尋ねてみます。


「スコップで耕すんじゃないの?」

「いや、合ってる。合ってるんだけどな」


 ジョーくんは小さく苦笑いすると、自らのスコップで目の前の畑予定地を軽く掘って、そして前に進みます。


「こっち側から掘っていくとこんな風にせっかく掘り起こした場所を踏んでいくことになるだろ?」

「ということは、開始地点はあっちか」


 僕は対岸、つまりこちらが畑の下限だとすれば上限を睨みます。


「そうですね、スコップは下がりながら使うのが良いでしょう」


 牧師さんがそう頷いたのを合図に僕らは移動、上限に辿り着いてから各々スコップでまずは土を荒めに掘り返し始めます。


「それなりに深めに掘って構いません、それが目的ですので」

「深めに……よっ、とぉ!」


 隣の牧師さんやジョーくんを横目で見ながら、まずスコップを突き刺して、そこから気合と共に掘り返します。さすがに後ろにひっくり返るような無様は演じませんが、これは、その、中々力が要ります。


「おぉ、良いんじゃないですか? さすが、と言ったところでしょうか」

「お褒めに預かり光栄です……っ!」


 牧師さんは僕の出自を知っているのでそういう意味での「さすが」だと思うとなんだか皮肉に聞こえないこともありません。しかし土の重いこと! 二度目をこなしながらも既に重労働の予感です。せめて掘り起こした土を勢い余ってぶちまけるような真似だけは避けねばなりません。

 横目で三人を伺えば牧師さんは僕に合わせつつといった具合、対してベルとそれについているジョーくんは僕らより速く進んでいきます。


「はっはぁ! さすがベル嬢さんだ、力仕事は男顔負けだな!」

「いえいえ、とんでもない。……おや」


 謙遜しつつもクールな表情でまた土へスコップを突き刺したベルでしたが、その表情が少し曇ります。注目していれば彼女の掘り起こした土の中に「これで人を殴れば確実に一撃で殺せる」くらいの攻撃力の塊、もとい大きめの石がごろっと混じっていたのでした。それを見た牧師さんが感嘆の声を上げます。


「おぉ、さすがですベルさん。このスコップによる作業の目的は土を掘り起こすことですが、畑の中のそういった大きい石を除くことも目的ですので」

「さすがベル」

「ルアン様もこれくらい働いてくださればいいんですよ」

「がんばりまーす……」


 せっかく褒めたのに謙遜ではなく毒が返ってきました。最近の女の子は分からないことばかりです。きっとバッドコミュニケーションだったのでしょう。

 まぁしかし、負けていられないのも事実です。僕も牧師さんのアドバイスを受け、少しの土とたくさんの汗にまみれながら作業を繰り返します。


「よいこらー!」

「気合入ってるなぁルン坊」

「土重いからね……」


 もう畑も半分か、という辺りで僕の気合の声に笑ってしまったジョーくんが声を掛けてくれます。僕も苦笑いで返すのですが、するとジョーくんはにこやかに笑ってみせてこうアドバイスしてくれました。


「おう、だったら『押し出す』イメージでやるといいぜ」

「押し出す?」


 僕が見ている前で、ジョーくんはまず斜めにスコップを突き刺します。


「土が重いのはこの状態で『ひっくり返そう』って思ってるからじゃねぇかなぁ。だからよ、ここから斜め上に押し出すイメージで……おらっ!」


 すると僕が今までやっていたような派手な土爆発は起こらず、穏健に土の掘り起こしに成功していました。なるほど、斜めに入れて斜めに出すってことでしょうか。


「斜めに入れて、斜めに……よっ!」


 見様見真似ですがやってみれば、少し拙いながらも確かにさっきまで腕に感じていた露骨な抵抗は随分と和らぎました。ジョーくんも頷いてくれます。


「おうおう、そうだよ!」

「さすがジョーくん……助かる」

「俺のお陰じゃねぇさ。誰だって最初はそうだ」


 なんという好青年。こんな人を友達に貰っていいんでしょうか僕は。最早そのジョーくんの言葉だけで頑張ろうと思えます。そして後方を見れば随分と掘り進んだ(掘り戻った?)ベルの姿も見えて。


「初めては、誰だって……かぁ」

「あっはっは! 個人差ってのもあらぁ。ベル嬢にはベル嬢のペースが、ルン坊にはルン坊のペースがあるんだよ。俺にもな!」

「そうだね、そうかも」


 ジョーくん、人間として出来過ぎている気がしますがその言葉が素直に聞こえるので最早そういう人間なんでしょう。僕も負けてられません。

 ジョーくんからコツを教わった僕は牧師さんに見守られながら掘り進み(掘り戻り)……ベルから遅れること少しして、ようやく下限、つまり元の位置まで戻ってきたのでした。


「よいこらー!」

「おやおや、お疲れ様です」


 最後の一掘りは、切ない。――なんてことは全くなく、達成感のある掛け声と共にスコップを下します。服も土をいくらか被り、そして何より絶好の日和のために汗だくです。暑い!

 そんな僕に牧師さんが続けて声を掛けてくれます。


「どうですか? 初めての農作業は」

「やってられないですね」

「おやおや、正直なことだ。でもこれこそスローライフって気がしません?」

「どうですかね……何せ初めてなもので」


 さっきまで土を投げていたので我ながら問答も投げやりです。風の噂や詩ではスローライフというのは魔法やら超技術で悠々自適どころか怠惰に豪遊、といった楽園生活を指していたような気もしないでもないですけど、少なくともそれとは遠い気がします。


「しかし、これで終わった訳で……」

「まだ半分ですルアン様。これから鍬です」

「うぐ」


 爽やかに汗を拭おうとしたらベルから鋭い一撃が入ります。なんですか彼女。今日はそういうことしか言えないのか。客人の前なのですから少しは加減して欲しいものです。

 僕はまだまだ積もっている仕事に肩を落としていたのですが、しかしそこにジョーくんがうちに続く道の方を眺めながら吉報を告げてくれます。


「いいや、その前に休憩になりそうだ!」


 その言葉に同じ方向を全員揃って見てみれば。


「みんな、お疲れさま~」


 山道をゆっくり歩いてくるのはふわふわプラチナブロンドのおっとり美人、何やら手には籠のようなものに荷物まで。その姿が目に映った瞬間、やはり真っ先に牧師さんが反応します。


「マリア!?」

「畑で頑張ってるって聞いてたから……来ちゃった~」

「来ちゃったか……」


 牧師さんとしては思うところがあるのかもしれませんが、来てしまった様子です。どうやらお店の方は誰かに任せてきたようで、僕らの仕事がひと段落しているところを見るとマリアさんは早速籠の中身を取り出しました。


「ちょうど良さそうだし、休憩にしませんか~? ほら、葡萄酒を持ってきたの~。もちろんベルちゃんには葡萄ジュース!」

「こいつぁちょうどいいや、牧師さん、構わないかな?」

「おやおや……これは……」


 計算外の展開だったようで、牧師さんは微かに眉をひそめますがマリアさんに微笑み返されると、参ったように苦笑いしました。


「ちょうど良いのは事実ですしね、休憩にしましょう」


 マリアさんの駆けつけによって、僕らの畑仕事は一時中断。こうして休憩と相成ったのでした。休憩、えぇ、とてもいい文化です。

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