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流され(元)王子と幼妻ドラゴン  作者: 並兵凡太
第二章 僕と獣人とドラゴンと
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第31話 客人、猫と遭遇する

 いつ履行されるかわからない約束や契約というのはしたはいいものの忘れる……みたいなことよくあると思います。いえ、よくあっちゃいけないんですけれど。でも口約束だと尚更そう感じる気がします。

 しかし現実は皮肉なものでして、因果的にはどちらが先か分かりませんが――そういう約束に限って、忘れた頃に唐突な履行がなされたりするのです。

 それは僕の場合も同じでして。


「いまから! 巣! ね、ルアンさま!」

「今かぁ……」


 思わず僕の反応も滅多な休日でゴロゴロしようと思っていたのに幼い娘に外出を迫られた父親みたいになってしまうというものです。娘がいたこともないんですけどね。妹ですらいませんよ。そう言った意味では初めて身近な幼い少女であるハアトは貴重な存在かもしれません。……いや中身は父親と同い年の若年ドラゴンらしいので前言撤回です。閑話も休題です。

 ハアトはここぞとばかりに勢い付いてドヤ顔。


「よばれたらいくっていってた!」


 ちなみに今は本来の姿――つまり外見は厳めしく雄々しい黒い巨躯のドラゴンなのですが最早表情がなんとなくですが読み取れるようになってきました。ドラゴンの表情がドラゴン以外で読めるのは多分僕くらいなものでしょう。


「確かに言った気がする」


 回想で事実を確認してみます。……そう言えば僕がドラゴンの巣に行くのは『ハアトが迎えに来てくれるなら』だったのでつまるところ彼女の言うことはあながち間違ってもいません。


「だったらことわるりゆうはないね」

「今日強硬な姿勢を見せるよねハアトさん」

「さっきおもいだしたからとんできた!」

「行動力が凄い」

「きどうりょくもすごいよ」

「存じております」


 そりゃあなたに機動力で勝る生物はいないでしょうよ。デカい上に飛ぶんですから。船でも戦車でも勝ちようがありませんよ。

 駄弁っている間にもハアトさんの食事は進みまして、猪の残骸はどこぞへと消えていました。そんなのと同時に僕はまだまだ雑草が生い茂る庭を見渡します。

 本来であればそもそも通い妻制度自体ハアトの譲歩で成り立っている節があるので是も非もないのですが、しかしまだ草むしりを始めたばかりであり……いや、それは抜きにしてもそもそもベルがまだ戻らない時点で行くのは連絡が成り立たなくなるのでどうかと思います。

 僕はその旨を話すことにしました。夫婦間、隠し事はあってはいけないと言いますし。城の夫婦たちは隠し事満載でしたけど。


「ハアト、行きたいのは山々なんだけど」

「やまにあるからね」

「そうだね」

「じゃあいこう!」

「話は最後まで聞いて欲しいなー」

「じゃあきいてやろうおろかなにんげんよ」

「ありがとう偉大なるドラゴンさん。……だけどまだベルが帰ってきてないから行けないって話」


 僕としてはこれ以上ない理由なのですが、ハアトはそうでもないようで鱗の並んだ前足で僕を袂に引き寄せながらしかめっ面します。


「ベルいなくてもよくない?」

「良くない良くない」

「ハアトいるよ?」

「ベルに一言残さないといけないからさ」

「むー……ルアンさまのいこじ」


 意固地はどっちだと思わなくもないですが、この場合は僕が意固地で間違いはないでしょう。これまで一人で生きてきたと思われるハアトには分からない概念なのでしょうし。

 ただこのままごねるだけではベルがいつ戻るかも分からない状況なのでハアトが突然キレないとも限りません。そこで僕は、この状況を逆手にとってレクリエーションに興じることにしました。


「じゃあハアト、ベルが戻ってくるまで人間みたいなことしない?」

「……ものによる」

「現実主義だねぇ」


 何でもかんでも良いというわけではないようです。

 僕は比較的楽しく聞こえるように草むしりを説明します。


「で、なにするのー?」

「ここに畑を作ろうと思ってて、ハアトにはその手伝いをと」

「はたけ! にんげんのいえのちかくにばかみたいにあるやつ」

「そうだね」


 馬鹿みたいにとはとんだ形容表現ですがしかし僕からしてみてもイルエルには馬鹿みたいに畑があるように見えるので気持ちは分からなくもないです。


「ある意味人間生活の一側面としての象徴と言える気がするのだけれど、どうだろう?」

「とりあえずやってみるかな」

「前向きな検討ありがとうございます」


 何事も挑戦してみるというその姿勢、敬服すら覚えます。見習いはしませんが。僕は安寧と緩怠の上にシーツを敷いて寝ていたいタイプの人間なので。


 しかしこれで時間は潰せる、ハアトの気が変わらない内に早速作業に取り掛かろう! ……そう思ったのですが、その間を鋭く貫くような咆哮が耳に届きます。


「なんかきこえた」

「うん。……ごめんハアト、一旦人間になって欲しい」


 音を感知したハアトが鎌首をもたげそうだったので僕は慌てて彼女のスケールを小さくするように指示しました。今回は大人しく従ってくれてドラゴンの巨躯は閃光と共に幼い少女へと早変わりします。

 それを視界の端で捉えながら、耳を澄まします。


「…………だめだ、もう聞こえない。けど……」


 思い返すまでもなく、さっき聞こえたのは間違いなくベルの遠吠えでした。ただ先日ドラゴンの巣で聞いたような本気の遠吠えではなく、軽めのものでした。僕はその意図を若干察しかねて、ハアトの近くに寄りながら考えます。


「いまのがベル?」

「うん、多分間違いない」

「じゃあルアンさま、かよいづまできるね!」

「そうなんだけど……」


 ただ帰ってくるだけなら遠吠えの必要はないはずです。見ての通り彼女は落ち着いた獣人ですから、そうほいほいと遠吠えはしません。となれば、何らかの意味があるはず。


「……ちょっとハアト、僕と一緒に家の中に入ろう」

「はたけはー?」

「ちょっとお休み」

「おやすみはだいじ」


 雑談と共に少し急いで家の中へ。そして心配なので寝室までハアトを連れます。ここまで来れば取り敢えずは安心です。安心と分かれば次はやはりベルの遠吠えの意図を探らねばなりません。『遠吠え』という方法を取った以上、そのメッセージは僕に向けたものとして考えるべきです。恐らく彼女の遠吠えを他と聞き分けられるのは人類史上見ても彼女のご両親か僕、或いは僕のお母様くらいなもんですから。


「かっ、考えろ……! 考えるんだ僕」


 思わず追い詰められた決闘者みたいな台詞が出てしまいますが、構わず考えます。ベルに何かあったか、或いは僕らに何かが迫っているか。後者なら既に避難行動はとったので大丈夫ですがすると問題は前者『ベルに何かあった』場合です。

 彼女は遠吠えで助けを求めたのかもしれない。それにしてはあまりにもカジュアルで覇気のないものだった気がしますが……取り敢えずその可能性に至りました。


「その場合、僕が行くべきなのでは……!?」


 僕はハアトを落ち着かせて自分は外に出、彼女の救援に向かうことを画策します。手始めに家の周りを警戒すべく、いつもトイレの中身を捨てている窓から辺りを伺ったのですが――その時。


「……っ!」


 ――成程……っ!

 僕はベルの遠吠えの真意に気付きました。

 端的に言えば後者でした。

 そう、『僕らに何かが迫っていた』のです。

 では一体何なのか。僕はそれを目撃したわけではありませんでしたが、しかし耳で『それ』の声を聞いたので一発でわかりました。


「へぇ! じゃあおめぇもルン坊も大変なんだなぁ」


 僕と同じくらいの青年で、少し訛ったような太い声――間違いない。


「ジョーくん……っ!」


 何故彼が家に!? そんな疑問が湧いてきますが同時にベルが鳴らした警鐘の意味も正しく理解出来ました。そして理解したからには即座に動きます。


「ハアト、小さな声で話すけどよく聞いて欲しい」

「なに、あたたまって」

「改まるけど温まってはないよ」


 焦っているのでどちらかと言えば熱いくらいです。いや冷や汗をかいてるので冷たいのか? ともかく続けます。事態は一刻を争います。


「今から家にベルともう一人人間が来るんだけど、ハアトは出てこないでここで隠れてて」

「なにゆえ?」

「……っぐ」


 訳を話そうとして詰まります。『ハアトの姿を見られると困るから』と言いたいところですが今までの彼女の言動から察するにそんなことを知ったこっちゃないと思われます。

 しかし嘘を吐く訳にもいかず。


「……ハアトに気付かれるとちょっと僕らが大変になる」

「なにそれ!」


 予想通りの不服そうな反応です。しかしここで言い争っている暇はありません。ベルと共に何故ジョーくんが来たかは不明ですが……


「おーい、ルン坊」

「呼ばれた……っ!」


 呼ばれた以上出ない訳にはいきません。このまま「家の中かな?」ってなって寝室のハアトが見つかるのだけは避けねば! そう思った僕はハアトにもう一度だけ隠れるようにお願いすると、慌てて家から飛び出しました。


「だ、誰かと思えばジョーくん……!」


 外で待っていたジョーくん、そしてベルの前にあくまで平静を装いつつ躍り出た僕は白々しくもそんな口をききます。ついでにベルをちらり。彼女もハアトのことを気にしているのでしょう、微妙な面持ちです。

 一人そんなことは知らないジョーくん、腰に手を当ててにっかり笑っていました。


「ジョーくん、わざわざなんでまたこんなところに」

「そんな辺鄙(へんぴ)か? 師匠のとこからそんなに……いや変わるか」

「変わるでしょ」


 ガスパールさんの家はまだ村の一番端ですが僕らの家は完全に山の中です。いくら近いと言えど明確にエリアが違う気がします。


「そんな辺鄙なところに何故?」

「あぁ、それはなぁ」


 へへ、と痛快に鼻の下をこするジョーくん。好青年です。彼は後ろのベルを振り返りつつ、ここに来る経緯を話してくれました。


「ベル嬢さんが師匠に今畑作ってるって言ったら、師匠が俺に手伝ってこいってさぁ」

「『世間知らずのもやしと獣人では育つもんも育たんだろう』とのことです」

「相変わらず言葉が足りてねぇや。ははは」


 確かに若干言葉は足りていない気もしますが、しかし何だかガスパールさんの意外な一面を知った気がします。あのお爺さん案外良い人なのかも知れません。会った時は炎の魔神かと思うほどの殺気だったんですけど。人は見かけに寄らないのかも。


「でも手が増えるのは嬉しいね、ベル」

「えぇ。ちょうど人手不足に悩んでいたところでした」

「おぉ、じゃあちょうど良かった」


 僕らはそんな言葉を交わして、現状を確認してもらうために二人でジョーくんを畑(雑草平原)に案内します。もちろんその時に軽く耳打ちしました。


「ルアン様、ハアトは?」

「家の中。遠吠えありがとう」

「いいえ、こちらこそすみません」


 ベルの言う『すみません』はきっと「家にハアトがいると知っていたのに客人を招いたこと」なのでしょうけどそこは仕方ないでしょう。ガスパールさんもジョーくんも好意ですし。

 家の中のハアトの動向も気になりますが、しかし人手が増えて畑再建が進むのは僕らの未来にとっても救いの兆しなので僕らはこちらに気を回すことにしました。


「という訳でこれが畑の予定地なんだけど、どうかなジョーくん」

「これはまた見事な雑草畑だなぁ……草むしりからかぁ?」

「えぇ。お手を煩わせますが……」


 実際畑になる部分の八割、いや九割はまだ雑草が生い茂っていました。むしった部分も僕が途中で鍬を折りに行ったのでほとんどはベルの戦果です。……こうして思い返すと情けないな僕。

 さすがにこの進行してなさは呆れられるかに思われましたがどこまでも好青年なジョーくんはそんなこともなく、気さくに笑うと早速腰を下ろすのでした。


「いいや、構わねぇよ。草むしりは得意なんだ、へへ」

「ありがとう、助かるよ」

「いいってことよぉ」


 僕も負けじと情けない戦果を覆すべく作業にかかります。こうして僕らの草むしりは再開することとなりました。

 ジョーくん、さすが得意と豪語するだけはありましてスピードがベルを上回る段違いさです。

 僕はと言えば中々むしるのも上手くいかず、途中で千切れたりして二度手間三度手間……みたいな感じだったのですがそんな僕を見かねたのか、わざわざ寄ってきてくれて指導までしてくれます。


「いいか、ルン坊。草むしりは草を掴むんじゃなくて、根元を掴むんだぜ」

「草むしりなのに?」


 草むしりなのに草をむしってはいけない、とはまるで『根掘り葉掘り』みたいなことを思い出します。根は土に埋まってますけど葉は掘れないですからね。どういうことなんでしょうか。馬鹿にしてるんでしょうか。


「本当におめぇは口が達者だなぁ。あっはっは」

「返す言葉もないね……」


 恐らくジョーくんは本当に褒める意味で『達者』と言ったのだと思いますが、しかし僕はさっさと手を動かせと言われたような気がしました。大人しく言われた通りに、葉ではなく根元を掴んで……えいやっ!


「……うぉ。楽に抜ける」

「へっへっへ。だろぉ? これではかどるな!」

「尊敬しちゃうよジョーくん」

「やめろぃ、くすぐったい」


 なんて良いヤツ。僕が生きてきた中で出会った最高の人間かもしれません。彼が王族だったらロイアウムはもっといい国にあるでしょう。

 これでコツも掴んだ、僕は意気揚々と雑草の殲滅に取り掛かるのですがしばらくもしないうちにまたジョーくんが声を掛けてくれます。


「おっ、おめぇんち猫がいるのか!」

「……猫?」


 はて? そんな記憶はありません。いえ、猫自体はさすがの僕でも知っています。城でも愛玩動物としては犬と人気を二分していましたから。しかし僕らはここに越してきてから猫を見た覚えはありません。犬なら毎日似たようなのを見てますけれど。不審に思ってジョーくんの足元を見てみます。


「ほら、猫」


 そう指し示すジョーくんの足元には確かに猫がいました。

 ですが僕はその姿を見た瞬間に――そう、まるで家族に何か起きた虫の知らせが如く直感しました。これはただの猫ではない。

 それは全身が黒い子猫で、普通の猫よりも尾が長く爛々と光る目は赤。そして僕は見逃しませんでした。……首元できらりと光った宝石のような漆黒の鱗。


「なっ……!」


 出てくるなと言ったお願いは聞き届けられなかったようでした。待っているのが詰まらなかったのか、或いは好奇心が勝った、或いは僕らへの挑発か。

 そのいずれかは猫となった表情からは読み取れませんが、子猫――否、猫を被ったドラゴンは僕の顔を見るや否や勝ち誇ったように、一声鳴くのでした。


「にゃあ」

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