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流され(元)王子と幼妻ドラゴン  作者: 並兵凡太
第二章 僕と獣人とドラゴンと
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第25話 炎のトイレ、爆誕する

 ドラゴンが魔法を使うことはベルも知っていたくらいですから、これまででも知っている人類はいたことでしょう。

 人類にはとても到達し得ない万能の技術、魔法。

 そこには無限の可能性があり、その能力を知った人は誰しも何かを試みようとしたことでしょう。……ですが。


「ルアンさまありえない」

「さすがのルアンさまとは言えデリカシーに欠けているのでは」


 その叡智の炎でうんちを燃やそうとしたのは長い人類史でも僕だけではないでしょうか。


「我ながら追い詰められてたんじゃないかなーって」


 追い詰められてたのは事実です。実際その匂いで死にかけている訳ですし。『ハアトの魔法はハアトの始末にしか使えない』という制約までクリアしてるわけですから、うんち燃やそうとするのだって許されたいじゃないですか。御社の恩赦が欲しかったんです。……匂いで頭までやられたかな、僕。


 しかしそれにしてもまた振り出しに戻った訳です。

 ハアトはあのトイレで致したい。

 僕とベルは彼女の便の匂いをどうにかしたい。


「……これは参ったな」


 閃いた『出しつつ燃やす』という奇特な案を却下されて島た僕はまた思い悩むことになります。トイレ問題以外にもっと解決すべきものがあるだろ、と言われれば確かにそうでもあるんですが、しかしここでこの問題は放棄できません。

 一人うんうん唸ってみますが、どうにもなりそうにないのでここは女性陣の知恵も借りてみようかと思います。さすがに知的生命体が三種類いる訳ですから、何かしら突破できると信じて。


「と言う訳でハアト、ベル。そちらから何か妙案はないだろうか」


 割と軽い感じで問いかけたのですが、生憎ベルは表情を曇らせるばかりです。


「妙案と言われましても……そもそも無理があるのでは?」

「そこをなんとか、ね? ほら、『譲歩と妥協』だから」

「…………考えてはみますが」

「助かるよ」


 本来であればこんな聞かん坊ではない(そもそも坊ではない、というツッコみは野暮として)のですが、無理を言っているのがハアトだということ、そして問題の核にもなっているハアトのうんちの悪臭に未だキレていることがその阻害となっているようでした。ですがまぁ考えてくれるようなので、ひとまずは任せたいと思います。何と言っても我が家の頭脳労働担当ですから。肉体労働も彼女ですけど。

 僕は自分の負担が軽くなったことに安堵しながら、もう一人の我が家の構成員にも声を掛けます。


「ハアトはどう?」

「どう、とは?」

「おしりからほのおはむりだよ?」

「そうではなくて。話聞いてた?」

「はんぶんくらい!」


 話半分ってことですか。さっきまでの話、特に内容はありませんでしたので半分も聞き逃していれば何も聞いていないのと大差ないでしょう。大丈夫かこのドラゴン?


「ハアトにも知恵を借りようかと思ってさ」

「ドラゴンのちえを? あつかましいやつだ……」


 彼女、度々ドラゴンの知恵をアピールしてきますけどこれまでの言動でその高知能が発揮された覚えが僕にはありません。魔法がそうなんでしょうか。あまりにも高度な技術は平然と行われているが故にその凄さがいまいち素人目にわかりにくい……的なアレなんでしょうか。そうだとしたら謝るんですけど。そうだとしても今は何の役にも立ちそうにありませんが。


「僕らの仲じゃないですか」

「ふうふ?」

「夫婦は協力するものだよ」

「はじめてのきょうどうさぎょーだね」

「……そうかもしれない」


 そもそも通い妻形態を決めるときの話し合いがあったのでそこで既に『初めて』は経験したはずなのですが……。もしかすると、ドラゴンのメスの『初めて』は再生するのかもしれません。深い意味はありません。


「どう? 何か考えてくれない?」

「しかたないなぁ」


 仕方ないのはこっちの台詞な気がしますが、言葉がどうあれ彼女が動いてくれればそれでいいのです。ハアトは頬杖のような角度で自身の側頭部に拳を這わせる、いわゆる『考えるポーズ』をとって何かを考え出す――と思われたのですが、すぐ口を開きます。


「だーめだ」

「諦めるの早いなぁ」


 考えるのが面倒臭くなったのか、或いは超高速で色々思考を巡らせた結果八方塞がったのか。ハアトはその黒の長髪を土間にばら撒きながらごろんと横になりました。


「高度なドラゴンの知恵をもってしても駄目ですか」

「ルアンさま、ハアトにきたいしすぎでは?」


 期待するように煽ったのはそちらだと記憶しておりますが、当方の記憶違いでしょうか。煽られはしたもののさほど期待した覚えはないですし。

 ハアトは頬を膨らませながら、天井にその無垢な瞳を向けます。


「そもそもハアト、ハアトのうんちがそんなにくさいとおもってないもん」

「……なるほど?」

「うんちってふつう、くさいものだもん」

「……なるほど」


 簡単な感嘆詞で会話が成立しているように見せかけるのは僕の悪い癖かもしれません。ともかく、その投げやりとも言えるような本音からでも見えることはあります。いえ、なんてことはありません。ハアトにとってはそもそもこの問題は問題ですらなかった、ということです。


「となると……」


 解決策は人間側(こちら)で見つけるしかないということになります。解決方法でハアトの魔法を借りるとしても、です。

 そうと決まれば、僕は早速ベルを仰ぎます。少し時間を与えたので何か案が降って湧いてるかもしれませんし。


「ハアトは諦めたんだけど、ベルも諦める?」

「諦めて欲しいんですか?」

「ごめん、意地悪言った。……妙案どう?」

「……妙案、と言いますか」

「おお?」


 少し目を伏せて、言葉をまとめるベル。僕が期待して見ていると、ベルはそのクールビューティーな美貌も相まって冷淡に前提から覆しました。


「そもそもあのトイレを使わない、というのは?」


 一瞬、静寂が流れますが僕が聞き返すより先に床から跳ね上がった影が抗議の声を上げます。


「ベルがまたハアトにいじわるしてる! しょうわるおんな!」

「誰が性悪女よ。……そうじゃなくて」


 ハアトを睨んだ視線は性悪と言われても仕方ないくらい鋭かったのですが、ベルの真意はそこにあった訳ではないようです。彼女が続けるのを僕も無言で促します。


「ハアトが来る以前から、トイレ問題はあったじゃないですか」

「確かに」


 棒です。犬の獣人のトイレには欠かせないという棒――これは小を引っかけるためのものらしいですが――の設置如何を巡って揉めたことがありました。あの時は『いずれ解決させねばなるまい……』みたいなモノローグで結末を飾った気がしますが、なるほどその『いずれ』が今なんでしょうか。

 僕が察したのを察して(妙な読みあいみたいになってます)、ベルも小さく頷きます。


「そういうことです。ここまで問題が重なったのであれば、そもそもあのトイレを使わないという答えが適切なのでは?」

「なるほど、確かに合理的」

「お褒めに預かり光栄です……が」

「が?」


 引っかかる言い方をしたので聞き直せば、先程まで冴えわたっていた彼女の表情に影が差します。


「納屋にあったトイレはこれだけですので、特に代用が思いついていないのが現状でして」

「ははーん……」

「ルアン様、いかがでしょうか?」

「ベルが思いつかないことが僕に思いつくとでも?」

「閃きだけは信頼しております」

「全面的に信頼してほしい」


 とは言ってみましたものの、僕としても案がある訳でもないです。簡単な方法と致しましては穴掘って……みたいなのが一番簡単なんでしょうが、トイレの形式を変えたところで解決するほどやわな悪臭でもありません。それに、


「やだ。ハアトはあのトイレつかいたい」


 当のドラゴンがこの様子です。可愛らしいのは素晴らしいんですが、しかしこの状態を見るにあのトイレでどうにかするしかなさそうです。

 もちろんベルは呆れていますが。


「じゃあ何? あのトイレをこれ以上改造でもする?」

「いやぁ、さすがに改造は無茶が……」

「でもあのトイレがいい! ハアトのうんちはもやせばいいじゃん!」

「燃やすまでが問題でしょ」


 気を抜けばヒートアップする我が家の女性陣。元気なのは良いんですけどね。元気が良すぎるきらいがあります。僕が止めようとするのも間に合わずベルさんも逆ギレです。


「じゃあ何? トイレで炎でもおこす?」

「ばかにしてんのかー!」

「…………いや、馬鹿にならないのでは?」


 ここで閃きというか想像してしまった辺り、僕も相当追い詰められていると見えました。我ながら正気ではない気がしますし、ベルもそうだったらしいです。


「……正気ですか?」

「正気じゃないと思う。……でも一回試してみない?」

「何を?」

「トイレの中で、炎をおこす」


 つまりはやろうとしていることはさっきと同じです。うんちを出したそばから燃やしていく。悪臭収まる。ってな具合です。

 さすがに突拍子もなさ過ぎる上に常識的でもない故か女性陣の反応が見られませんが、ともかく僕は行動あるのみと寝室のトイレを居間に運んできました。ついでに藁を一掴みしまして、ハアトが転がる土間に据えてみます。


「ベルもさっき見た通り、ハアトの魔法は着火というより発火じゃない?」

「えぇ、はい」

「よくあのたんじかんでみぬいたな」

「ロイアウム王家に同じ技は二度通じないってことです」


 一度目はめっちゃ効くんですけどね。それはそれとして、僕は掴んでいた藁をトイレの中に突っ込みます。鉢の底に棒が立ってて藁が横たわってる状況です。


「つまりこの藁を発火させて燃えるトイレの完成です」

「正気ですか?」

「閃きは狂気と紙一重だよ」


 それっぽいことを言ってみて、僕はハアトに藁へ火を点けて貰えるようにお願いします。これで上手いこと燃えるトイレが完成すれば万事解決です。


「つまりハアトはひのついたトイレでうんちするってこと?」

「……そうだね」


 改めて字面にされると凄まじいことを強いている気がします。地獄の刑罰にあってもおかしくないくらいの所業ではないでしょうか。……急に心配になったので、事前に聞いておきます。


「さすがのドラゴンと言えど火傷必至? だったら別のを考えるけど……」

「べつのあんがあるの?」

「いや、ないけども」


 どうしてわざわざ今痛い所を突いたんでしょうか。妙なところ鋭いんですよねこのドラゴン。

 僕が正直に頭を垂れると、ハアトはやれやれと言わんばかりのため息と共に頷きました。


「ドラゴンをなめてもらってはこまるよ。ほのおなんていりょくはんげんだよ」

「それは頼もしい」


 炎系の相手と戦う機会があればハアトを先頭で決定でしょう。そんな不可思議生物と戦う機会なんてドラゴンに会うより低い気がしますけど。

 僕らが見守る先で、ハアトの口元が一瞬赤い光をほのかに帯びます。すると鉢の中の藁は自ら火を上げて燃え出しました。容器より燃えやすい燃料があるからか鉢には燃え移らず、それはもういい具合に完成です。あまりにもいい具合なので、僕も感嘆の声が漏れます。


「予想以上に上手くいった……」

「えぇ……上手くいかなかったらどうするおつもりだったんですか……?」

「……新しいトイレを作る方向に変えてたかな」

「必要に駆られる形ですよねそれ」


 全くこの人は、とベルは頭を抱えますが僕としては上手くいったので万事解決です。この感じだと放置しても鉢に燃え移るわけではないようです。ベルが立てた棒も燃えそうな気配は幸いありません。……奇跡みたいな都合の良さ。


「ハアト的にはどう? 僕らは使わないからわからないけど、使えそう?」

「うーん」


 尋ねられたハアトは燃えるトイレをじっくり見つめます。白い肌と黒い髪と赤い瞳が炎に照らされて、なんというか、とても絵になります。ドラゴン・ハアトと炎のトイレット。凄く流行る気がしてきますね。


「たぶんだいじょうぶかもなーってかんじ」

「随分とふわふわしてらっしゃる」

「やってみないことには」


 また実践しないと分からないことになりました。ちなみに今からうんちが出るかどうか尋ねたところ、出るとのこと。食後だったのが良かったのでしょうか。……こうなると、試してみて解決するしかないです。


「という訳なんだけど」

「なんでこっち見たんですか」

「いや、実験する以上一番被害が高そうなベルさんにお伺いを立てないと」

「……解決するにはそれしかないんですよね?」


 問題が自身にとって一番危険なものだからか、今回のベルさんはやけに物分かりがよろしい気がします。毎度こうなら嬉しいのですが、それを言ってへそを曲げられたらたまったものではないので言いません。

 それでは早速、と僕はトイレを寝室に持って戻ろうとした――のですが、そこでベルが一声咆えました。


「ですが! ……条件があります」





「では、どうぞ」

「考えたね……」


 ベルの合図で実験が始まろうとしていましたが、僕はその聡明さ……のようなものに、冷や汗ながら尊敬を覚えていました。

 僕とハアトは家を叩き出され、庭にある死んだ井戸の近くに居ました。そこからハアト、少し離れて僕、更に離れた家の中からベルがこちらを覗く形になっていました。

 算術の問題のようにするならハアトとベルを結ぶ線分上にちょうど二対八くらいの中間点で僕がいる、といった具合です。


 ベルの付けた条件は二つでした。

 一つは、このように僕がハアトの近くで匂いに耐えられるかどうかの役、そしてベルはあの距離で大丈夫かという役をすること。

 そしてもう一つが。


「じゃあつかうよ」

「どうぞどうぞ」


 ハアトは僕に断ると、一瞬緑色の光を咥えて次の瞬間には自身を中心にした風の渦を作りだしていました。『念には念を押して、風の魔法で匂いが広がらないようにする』……これこそが、炎だけでは不十分と考えたベルの対策でした。


「さて、これで準備は万端だね」


 渦巻く突風の中心で燃え盛るトイレとたたずむドラゴン。

 ……少し意識を逸らせば神話的な光景にすら見えてきます。今からやろうとしているのは悪臭を封じ込める実験ですが。


「じゃあうんちするけど……ルアンさまあっちみてて」

「あっ、ごめん」


 僕は慌ててハアトに背を向けます。さすがに背を向けた程度で感じられなくなる匂いなら大丈夫でしょうし。このままだとデリカシーのなさに定評が付きかねません。一人の紳士としてそれは避けたい。


「ルアンさまのえっち」

「誰がえっちですか。早くしなさい」

「はーい」


 背にしているからわかりませんが、少しして彼女が小さく唸る声が。……後ろでいたいけな少女の姿の嫁が脱糞してると思うと特殊趣味ではない(断言)の僕でもうっかりしてしまいそうです。ごめんなさい。天の父に懺悔しておきます。


 ……。

 それから、少し経ちました。


 特殊趣味を延々と語ってくれた近衛兵を思い出していると、後ろからハアトの声が小さく僕の肩を叩きます。


「……ルアンさま」

「どうしたの? 振り向いていいやつ?」


 相変わらず無垢な口調なので状況が伝わりにくい気がします。このドラゴン、言葉少ななので、余計にそう思う――とか思っていたんですが、ふとハアトの言葉の意味するところがわかって、僕はぐりんと振り返ります。


「まさか!」

「やればできるこ!」


 そこには渦巻く風と中心に据えられ灰の積もったトイレ、そして破顔仁王立ちするハアト。


「ベル!」


 僕はすかさず振り返ってベルの表情を確認します。ぐりんぐりん動くもんで足首か腰かを壊しそうですがそんなこと今はどうでもいいです。

 するとベルはゆっくりこちらに歩いて来ながら、しぶしぶ僕にこう告げました。


「……藁で火をおこすこと。風と共に野外で使うこと。これが条件です」

「ということは……?」


 僕が結論を促すと、ベルは踵を返して家に戻りながら後ろ手に言い放ちました。


「好きにしてください」

「ハアト、使っていいって!」

「やったー! にんげんのトイレ!」


 果たしてこれが人間のトイレと言えるかどうかはともかくとして、僕らは試行錯誤の果てになんとか三人同じトイレを使うことになったのでした。

 ある意味これが、初めて三人が知恵を出し合って掴んだ『譲歩と妥協』の結果なのかもしれない……なんて。たまには感傷的になります。

 まぁ、端的に言えば『嫁のうんちがとんでもなく臭ぇ』って話なんですけど!

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