吹雪から隠れて火を囲む、二人の惚気話
(あらすじ)
山を登り、頂きを目指す男女は、突如として発生した吹雪に襲われる。幸運にも、雪と風を凌げる場を見つけた二人は、そこで火を囲んで熱を取り戻す。 ……色んな意味で。
ビューヒューと、白の急流から冷気が暗い横穴に流れ込む。
しかし、雪を被るよりは良いだろうと、そこに隠れる2人はこの場所の存在に感謝した。
「……酷い吹雪」
「ゲリラ吹雪だったら良いんだが」
この小さな穴が無ければ、この2人は今頃、雪だるまになっていたところだった。
2人の内片方、女性が壁により掛かる様に座り、防寒着に付いた雪を手で払った。男性の方は、リュックから木片を取り出し、着火の作業を始めた。真っ当な薪を使用した物には劣るが、それでも十分な時間の間、燃え上がってくれるだろう。
「手伝うよ」
「頼む」
手伝う。と言いながらも固い岩に腰を下ろしたままで居る女性は、そのまま木片の方へ手を向けた。するとあっという間に、木片の中から赤い光が生まれた。
外から流れ込む白が、この小さな赤をかき消さないよう、男性は風が来る方に立って火種を守る。狙ったように、一瞬風向きが変わり、雪を伴った空気の大鎚を彼の背中に叩きつけた。
「大丈夫?」
「上手く燃えてくれそうだ。道具を用意してくれるか」
「そういう事じゃないんだけど……了解」
彼女は微妙に納得していないような言動を示しつつも了承し、その後、座りつつもリュックを引き寄せて、その中を物色する。頑なに腰を上げたくないという様子だ。
火は木片へ燃え移り、ゆっくりと成長していく。酷く強い風と雪を被らない限り、この火は続いていくだろう。
「ほい」
気の抜けた声と共に、金属製のコップと、同じく金属製の網が男性のそばに置かれる。流石に火の近くに寄るには、腰を上げなくてはならなかった。
「ん」
「ふう、暖か……」
道具を渡したついでにか、女性は火のすぐ側に座り直す。道具を受け取った男性は、網を火の上に被せて、更にその上にコップを乗せた。
この寒さの中、熱をもたらす火から離れて座るなど、考えられない。女性は誰に言い訳するわけでもなく、内心にその文句を抑え込んで、男性の隣で暖を取り始めた。
「水を」
「はいっと」
コップの上に手をかざせば、たちまちと水が生まれ出てきた。すぐにコップに水が満たされ、火に熱されたコップは水を温め始める。
「まさか役に立つなんてね」
「この道具か」
「そう、それ」
悔しそうに言う女性は、火の上に被さっている道具を見る。
「魔法が使えるから、水も熱湯もすぐ生み出せるのに」
「現に、手の平大サイズの火も使えないしな」
「それもこれも、この吹雪のせいだ。ぶー」
見た目不相応の態度で不貞腐る女性に、男性は唇の無い口元の端を吊り上げて、微笑んだ。
しばらくすると火はより大きく燃え上がり、同様に穴蔵の中も明るく照らされ始めた。
「と言っても、網の一枚や二枚、それ程貴重じゃないし」
「実は私の立場って危うい?」
自身の魔法の腕が、実は旅の中ではさほど必要とされていないんじゃないか。と、冗談交じりでこそあれ、2割は本気の心配を交えた言葉。しかし、事実はそれと相反していた。
たった少しの火を少しの魔力で起こせるのならば、何処でも何時でも役に立つ。火は人類による原始の技術、という史実からも、その有用性は本人が思うよりも高い。
それに、水も人間にとっては必要不可欠。健康状態が平常である、という条件さえ満たせば回復する魔力を代価に、同じように何処でも水を生み出すことが出来る。この女性はそれを知る由もないが、人間の大半は水分で構成されている。人にとって、水は燃料に等しいのだ。
それらの事から、この男性は彼女の技術を有難っていた。彼女の立場は、むしろ揺るぎのない物だった。
彼は女性が隣に居ない旅路を想像して、たった今も外で吹雪いている冷気とは違う、形容しがたい寒気を感じた。しかし、顔を横に向ければ彼女はそこに居る。
やけに近い位置にある顔を、彼は見捉えながら言う。
「安心しろ、君は便利な女だ。ハハハ」
「あ、その言い方はちょっとムカつきまーす」
字面通りに受け取れば、普通であれば気分を害させる言葉。しかし彼は遠慮なくその言葉を放ち、そして彼女はにへらと笑った。
「まーね。君が魔法を使えないのは知ってるし?むしろ使ったらバラバラになるかもだし?あと脳ナシだし」
「ひでえや」
二つ目までは頷くことが出来ても、三つ目は思わず、眉も毛もない顔で顰めっ面をせざるを得なかった。その全てが真実であると関わらずに。
お互い軽口を、あるいは冗談を交換するように掛け合って、ふと、女性は考える仕草をして、言う。
「そんな脳ナシ君に、問題」
「はい?」
「この場で、一番温かいのは、何?」
突然の問いに、彼は一考する。普通に考えれば、彼らが囲んでいるこの火が正解なのだが、明らかに引っ掛けであると予想がついた。しかし、彼はあえて無難な答えを口にする。
「この火じゃないのか?」
「ぶー」
不正解の効果音か、ブーイングか、どちらとも似つかない音が彼女の唇で鳴らされた後、ニヤついた顔で彼の顔を直視する。
「正解は、君の心です」
「……」
正答を聞いた彼は、時々飲みに行っている酒場の店主による惚気話を想起した。しかし、今のこの状況は店主が話すそれではなく、あくまで自らが当人であると思い直した。
彼は気まずそうに、特に痒くもない後頭部を手で掻く。
彼女も、この言葉は少しマズかったかと目線をそらす。
「まあ、なんだ」
彼は彼女の顔を見捉えながら、言った。
「俺なんかより、君の顔の方がよっぽど熱いんじゃないか」
彼女は、これのせいで熱いんだと言わんばかりにお湯を飲み干した。
今日の帰り道、雪を被りながら帰ってきました。傘を持っていなかったので。
靴の中に雪は入るし、滑るし、寒いし、リア充がなんか抱き合ってるし……。うぼあ。
私情はこれぐらいに。
この二人は別の小説(ハーメルンにて、同じ作者名で公開)の方で出てくるメインキャラクター、その二人です。変な設定を匂わせる描画があるのも、そのせいです。
あとは……これを読んで、少しは温まってくれたならば、嬉しいです。
あ、リア充への怒りで温まるのも大歓迎ですよ。
それと、誤用や誤字など、修正するべき箇所があれば、遠慮ないご指摘をお願いします。