総集編・最終話 干支暦和は平凡な毎日と共にありたい
「では、これで私は失礼します。決断出来たらご連絡を。」
「…私たちも帰りましょうか。」
言われるがままにする他なかった。
ここからは、少しずつ話しかけてくれてはいたようだが、全く入ってこなかった。
俺はどうなりたいのか。
弥生さんとどうなりたいのか。
それは決まっている。15年前から、変わっていない。はずなのだ、しかし。
生き返らせてまで達成したいかと言われればそういうわけではない。卑怯で狡い気がしてならないからだ。ルール違反をしている気分させられる。
相手の意に反して。ルール違反をしている。
「願いって必ずしも叶うわけではありませんからね。」
この世の中に絶対はない。
努力すれば必ず成功するわけではなく。懇願すれば須く叶うわけではない。
正論はすべて善ではなく。嘘は総じて悪ではない。
正論だって人を傷つけ、嘘だって人を救う。
「だけど、意思がなければその極致に達することもないんですけどね。」
時折聞こえる卯生ちゃんの声は俺の思考を加速させる。
「意思ではなく、意志の方がニュアンス的には近いですかね。つまり、発想の転換です。」
意思ではなく、意志。
「成功した人は、必ず努力しているということです。願いが叶った人も同様にいつでもずっと常に四六時中願っていたということです。ありますか?心の底から願っていること。」
諦めない心が奇跡を起こしたと言ったら、ドラマチックで皆さん好きそうですけど、と付け加えて俺の肩を叩く。
「着きましたよ。部屋行ってもいいですか?」
「ああ、うん。汚いけどそれでもいいなら。」
「私の部屋以上に汚いところなんてありません。」
「じゃあ、どうぞ。」
部屋に入ってお茶を入れる。ありあわせのお菓子も持っていく。
「では、さっきの続きですが。私こういうの考えるの大好きなんですよ。創作の源になるので。」
彼女がそのあと述べたことは、究めすぎていて、極めすぎていて、人生の課題の半分はこれで片付けられそうだった。
「この世界は、皆が思う通りにできていると思うんです。」
思う通りに、思い通りに。成すがままに、恣に。
「やりたいようにやって、なりたいようになっています。」
その意見に苦言を呈したかった。疑義を唱えて異論をはさみたかった。
しかし、それは核心をついてきた。図星と言ってもいい。
「自分は思い通りに生きられてないという人は、理想が崇高すぎるんです。それに見合った努力もしていないのに、できると勘違いしている。そのことに疑義を呈したくなります。
「本当に努力してんのか。一度だって怠っていないのか。満足していないのか。
「もしくは、現状に満足している。満ち足りているので、それ以上は蛇足ですよね。
「つまり、私はこう言いたいのです。まず、世界は思い通りに進むということ。世の中に絶対はなく、最後は運でしかないということ。総合して、人は独りで生きられないが、その人の人生はその人の願いでしか進まないということです。」
端から見れば、独りでに幸せになって、勝手に願いは叶っていて、最終的には助かっている。気づいたら夢まで叶っていて、思い通りの世界を築く。これもすべて、自分の意志次第ということらしい。
「でも、それって今回の話とどう関わってくるんだ?」
「もちろん結婚したいと願うのは結構ですが、それは結局無駄になるということです。そのまま生きていたらハンバーガーが食べられたのに、わざわざハンバーグだけ頼んでいるみたいな。」
「・・・ん?」
「だーかーら、その必要はないんです。河内冴姫に乗せられるのは別に構いませんが。では、私は帰ります。あー、すっきりした。じゃあ、最後に一つ。河内冴姫は夢を見させる死神です。ここでいう死って言うのは、未来の死です。」
意味が分からないままに帰ってしまった。本当にどうすればいいのだろうか。
正直ここまで言われると本当に弥生さんと結婚したいのかっていうのを疑いたくなってしまう。
これも意志の弱さということなのだろうか。まあ、ここで会えたという喜びで、あるいは妹に会えたという歓びで満足しているところもあるのかもしれない。
うーん。結婚というか、そばにいたいという目的のために結婚したいという気がしてならない。
そうなると、友達でもいいのか?いや、それよりは近い方が良い。
俺は、彼女と何がしたいのか。
彼女の笑う顔が見たい。彼女の怒る顔が見たい。彼女の悩みが聞きたい。彼女の話が聞きたい。社会で働く姿が見たい。勉強している姿が見たい。困っていたら、助けたい。困ったら、頼みを乞いたい。辛そうだったら、胸を貸して、辛かったら、胸を借りたい。甘えを許して、甘えを許されて。時には叱られて、励まされて。同じように叱って、励まして。そんな風に、なりたい。
たぶんきっと、それは。
ガールフレンドなんかではなく、奥さんとも違う。
家族になりたいのかもしれない。
まあ、それは置いておくとして。俺が心の底から思うことかぁ…
一つだけ言えるのは、この夢の中での一年間は正直もう懲り懲りだな。
平凡な日々でいいや。
ありきたりな風景に、ありふれた日常、当たり前な毎日。最高じゃないか!
ピンポーン
あれ、来客かな?今日実は営業日じゃないんだけどな。まあでもせっかく来てもらったのに断るのは申し訳ないか。ただでさえ小遣い稼ぎしかできていないようなこの相談所だ。そんな相談所が客と日にちは選んじゃダメだよな。さあ、今日はどんな相談かな。俺にできるものだといいんだけど。この時間なら学生の可能性もあるな。あ、1月だと中学生は高校入試の時期だな。任せとけ、一応これでも学生だし。高校受験は経験済みだ。敬虔な過去問教な俺だけど、その辺の疑問を解決できるだけの知識は持ち合わせているぜ。じゃ、扉けるよ。誰かな?
「はーい。」
新しく始まる普通の日々の扉を開ける。
「こんにちは、よみかず君。」
ニコッと笑う彼女の顔は、小悪魔的にあざとく、天使のように癒され、聖母のように心が洗われる。
この笑顔。この艶のある髪の毛。触らずともわかるもちもちとした肌。健康的な肌色。未来を見据えた真っ直ぐな瞳。小鳥のさえずりのような心地よい声。寒いせいか少し赤くなっている鼻や耳。厚いコートに負けない胸。かじかんだ指先。美しい脚。そのすべてが、忘れられるはずのない、その人の装いだ。
「や、弥生さん?でも、どうして?」
「やだなあ、どんな顔してるのよ。ふふっ卯生の言ったとおりだね。」
この再会に涙は欠かせなかった。どんな再会も感動的なものだと思う瞬間だった。
「さっきに言っておくけど私死んでないからね。」
「え、だって、そんな、ええ?」
「すごい動揺の仕方。ここまでしてくれると嬉しいな。ふふっ。じゃあ、妹もいるから3人で話しましょう。」
手招きをして呼んだ先にはさっきまでいた卯生ちゃんだった。
なかなか正気を取り戻せなかった。何だこの壮大なドッキリは。
3時間後。
「説明するとだね。まず、礼奈ちゃんからその河内冴姫っていう話を聞いた私は、お姉ちゃんとまつりさんに同じ話をしたの。そしたらみんな会ってみたいねって話になったわけ。そしたら、同タイミングでよみかず君が来るって知って、じゃあ実験台に使用しよう!てことに。」
「ごめんね、私は反対したんだけど卯生ちゃんがどうしてもって。」
「だってこれが本当なら本にできるじゃん!」
「なるほど。」
「お、ようやっと受け入れてくれましたか。」
「うん、まあ。」
「じゃあ、これからどうしましょうか。3人で暮らしますか。」
「あれ、さつきちゃんは?」
「さつきちゃん?多分でっち上げじゃないですか?」
「そうか。」
「お義兄ちゃん!人生って言うのは気付いたらうまくいってるものなんだよ。過去を顧みるのも、無駄なくらい、未来を考えるのも無駄なんだよ。」
「アニメ化ラノベ作家は言うことが違うな。」
河内冴姫。
夢を見させる死神。死んだ夢を見せる神。来るはずのない未来を見せる妖精。
どうやら彼女は、俺にこのダイナミックな1年は来ないということを教えてくれたようだ。ドラマチックな人生なんてなく、思い通りの世界ほど実は平凡だっていうことを逆説的に教えてくれたようだ。
まあ、正直なところ弥生さんが生きていれば他に欲しているものはないんだけどな。
強いて言うなら、これはあながち間違っていない願望になってしまうが、そうだな。
やはり俺は、平凡な毎日と弥生さんと卯生ちゃんと共にありたい。
以上、『干支暦和は平凡な毎日と共にありたい。』でした。
いよいよ最終回を迎えました。
壮大な夢オチみたいになっちゃいましたけど、それを彼らが気付くのはいつなんでしょうかね。




