後日談 和泉弥生は白馬の王子様とお別れしたい。
「さて、帰って考えるか…」
委員長の告白を聞き、委員長の白い吐息を見て、何も感じなかったわけではない。もしも、弥生さんがいなかったらと思うのも、否定しがたい事実だ。
この肌寒く暗い道を少し歩くと、前の方から女性が走ってきた。
「はあ、はあ。」
「あれ、咲楽さん?」
「あ、いた。良かった~あの、弥生さんが!」
「え?弥生さん?」
嫌な予感がした。さっきのドキドキが歓喜だとするならば、このドキドキは恐怖だった。何か、あったのか?
「心配しすぎて、なんか、祭壇?を作り始めちゃって…」
「…は?祭壇?」
「とにかく、早く帰ってきて!まあ、前にもこんなことは何度かあったんだけど。」
「わ、分かった。え?前にもあったの?」
「じゃあ、車に。」
そうそうそう、この車に…って、
「えー!?」
おいおいおい、高級車じゃねーか??確か、声優さんをやっているんだったよな。
とりあえず、乗った。車は交通ルールぎりぎりのスピードで走り出した。
「私の家、そもそも金持ちなんで。町の唯一の神社なんですよ。」
「そうなんだ…」全然知らなかった…
「だから、あの家に住めるんですよ。あなたのおじいちゃんとお父さんが知り合いだったから。」
「なるほど…」
「よし、着いた!さあ、早く降りて!」
「は、はい!」
ドアを勢いよく開けると、さつきちゃんが飛び出してきた。
「お義兄ちゃん、お姉ちゃんを助けて!」
今にも泣きだしそうな和泉妹。
「…ように…よみ…かえ…」
みると、そこには祭壇があった。俺の好きなオムライスがおかれていて、その上には俺の小学生時代の写真があった。どうして、持ってるんだ?
そのわきには、弥生さんとの2ショットの写真があり、あどけない笑顔が浮かんでいた。そして、弥生さんはその祭壇の前で何かを唱えていた。
「あ、あのぉ弥生さん?」
「…へ?」
勢いよく振り返る弥生さん。
「よみ…かず…君?」
「遅くなって、すみません。」
「うわーん、よかった、よかった!」
泣きじゃくりながら俺の胸に抱き着いてきた弥生さんは、27歳の弥生さんでは決してなく、それこそ写真に写る小学6年生の女の子だった。
「また、またいなくなっちゃったのかと思って。」
「また?」
「覚えて…ない?11月のあの日。」
「11月…?」
「うん。」
「それって、13日か?」
「正確には、12日。13日は私の命日です。」
「…命…日。」
「あ、あれ?覚えてない?」
「うん。」
「そっか。やっぱり思い通りにはならないですね。」
「ごめんな。」
「いいんですよ。ねえ、よみかず君。」
「何?」
「今日何の日か知ってる?」
「何って、クリスマスじゃないの?」
「ううん。違います。」
「じゃあ、何の日だよ。」
チュッ
「…え?」
「私の王子様を、王子様と初めて意識した、初めて恋に落ちた日です。」
「…へ?」
「じゃあ、お願いします。かわちー。」
窓に向かって人を呼ぶようにして叫んだ弥生さん。なんだか、嬉しそうな、寂しそうな。その笑顔はお姉さんそのものだった。
「何が何だか、さっぱり?」
「了解しました!弥生っち!」
元気よく窓から飛び出してきたのは、河内冴姫だった。
「さ、冴姫ちゃん?」
「言ったでしょ、先輩?私、神になったんですってば。」
「いや、そうだけど…」
「じゃあ、あなたの世界に帰りましょう。行きますよ!」
「ちょちょちょ、ちょっと待って!」
「どうしたんですか?往生際が悪いですよ。まあ、ここは往生した後の世界ですけど。」
「何がなんだか、さっぱり。」
「その世界に存在するというのは、誰かが願うことで成立するんです。今回はその例みたいなものです。」
「た…とえ。」
「理解力がないですね~つまり、彼女弥生っちがお願いしたんです。成仏前に、この恋を成就させたいと。それで、先輩が呼び出されたということです。」
「そうなんだ。ちゃんと言わなくてごめんね。」
「で、でも。15年前のことはいまいち思い出せてないぞ!」
「そんなの知りません。今回の契約成立は、成仏前に成就させるってことだけなので。そして、彼女はそれを成功させた。それで終わりです。昔を思い出すのは、自分で何とかしてください。補助ぐらいはして差し上げますが。とりあえず、彼女を成仏させるので少し待っててください。」
河内冴姫は和泉弥生の頭に触れる。
「待って、冴姫ちゃん!俺はまだ離れたくない!」
「うるさいなあ、先輩。ちょっと黙っててください。ほら、弥生っちの顔をしっかり拝んでください。」
さながら聖母のような笑顔で。心残りはなさそうだった。
「ちょっと、いいかな?」
まだ状況をつかめていない、否認めようとしていない俺に手招きをする弥生さん。
「どう…したの?」
気付くと弥生さんの輪郭は歪み、頬が久しぶりの涙に驚いていた。
「よみかず君が泣くなんて久しぶりだなぁ。何年ぶりかなぁ。」
それと同様、弥生さんもまた涙を流す。
「よみかず君、最後に会えてよかった。かわちーに約束してもらえてよかった。」
「最後なんて、言わないでよ。」
「ううん。言わせて。こうやって15年もずっと成仏できないままでいたのは、私のわがままだし。やっぱりケリは、つけなくちゃ。?」
「そうだよ!俺はまだ、15年前を思い出せてない。だから、俺が思い出すまではせめて…」
「いいの。ありがとう。私がいたせいで、生きづらかったでしょ?これは、自意識過剰かな?というか、そんな過去に囚われちゃったら、ちゃんと生きられないよ?」
「でも、そんなこと言われても。」
「じゃあね。」
こうして、彼女は、時に聖母で、時に小6で、時にお姉さんな和泉弥生は、往生後の世界を去っていった。
「弥生っちのやつ、最後の最後まで言わなかったなぁ。」
「え?」
「15年前のことです。まあ、帰ってからおいおいその話を。では、手をつないでください。」
「え、ああ、うん。」
「よいしょ!」
目を開けると、そこはすでに学校だった。微に入り細を穿てば、そこはサークルの部室だった。
「お帰り、こよみ君。」
「お疲れ様だったな、暦和。」
帰ってきたのか?
「お疲れのようですねえ。そんなときに厳しいお話ですかね?」
「そうだな、河内冴姫君。」
大和と冴姫ちゃんはなぜか意気投合している。
「どういうことだ?」
「たぶん、和泉さんって、この人だよね?」
「…え?」
言葉を失った。
見せられたのは、新聞の記事。
日付は15年前の11月13日。
『踏切で事故 親子が遺体で発見』




